第84話 悪は許しません

 王都のどこからでも見えるような大火事だったので、夜中にもかかわらず衛兵がやってきた。

 とはいえ、鎮火したあとに来ても、事情聴取くらいしか衛兵の仕事はない。


 教会の人たちは、火事の原因に心当たりはないと答える。

 火の不始末など絶対にしていない。

 そもそも炎はブドウ畑で燃え広がったのだ。

 そんなところに火種などあるはずもない。

 しかも炎は驚くほどの勢いで、一気に教会の周りを焼き尽くしたという。

 まるで油がまいてあったかのように。

 実際、ローラが火事を見つけたとき、いきなり大きな炎が窓から見えたのだ。


「誰かが火を付けた可能性が高いわけか……仮に放火だったとして、犯人に心当たりは?」


 衛兵にそう質問された神父とベラは、チンピラたちのことを話した。

 どう考えても彼らに出せるような金額じゃないのに、債権を買い集めたこと。

 それを使って、教会からの立ち退きを迫ってきたこと。

 借金を返したら、その日のうちに火事が起きたこと。


「なるほど、怪しいな……分かりました。そのチンピラたちのことを調べてみましょう。とにかく、全員が無事でよかった」


 衛兵は帰っていく。

 火が消えたことで、野次馬たちもとっくに飽きて解散していた。

 ローラたちは、外壁が黒く焦げた教会の前で立ち尽くした。


 教会が石造りだったおかげで、あれだけの炎でも中は無事だった。

 もっとも、ローラたちが来るのがもう少し遅れたら、火が中まで回っていたかもしれない。

 なんにせよ、一瞬にして炎で囲まれ、逃げ出すことも消火することもできないというのは、想像するだけで恐ろしい。

 早めに消火できて本当によかった。


「ふぅ……なにはともあれ、命が助かっただけでもよかったわ。本当に死ぬかと思ったもの……皆、駆けつけてくれてありがとう。一日に二度も助けられちゃったわね」


 ベラは気丈に笑ってみせるが、その声は少し震えていた。

 しかし抱きついてくる子供たちの手前、しっかりした姿を見せなければいけないのだろう。


「いえ、もっと早く火を消せていたら、ブドウ畑も助かったかもしれないのに……ごめんなさい」


「ローラちゃん。そこは謝るところじゃないわよ。それにブドウ畑は本当に一瞬で燃えちゃったの。たとえローラちゃんが教会にいたとしても間に合わなかったわ」


「そうですか……でも、まさかこんなことになるなんて……」


 ローラは彼女らに何と声をかけてよいか分からなかった。

 命こそ助かったが、ブドウ畑がなくなった以上、今年のワイン造りは不可能。

 食いぶちを稼ぐ手段を失ってしまったのだ。


「なぁに。五体満足ですから、何とかなるでしょう。ブドウは一から植え直して頑張ります。明日からの食べ物は、私が信者の皆さんに頭を下げて回って、寄付してもらいましょう。みっともないですが、子供たちを飢えさせるわけにはいきませんからね」


 神父は冷静な口調で語った。

 冴えない印象の人だが、一番の年長者だけあり、とても落ち着いている。

 伊達に歳は取っていないらしい。

 急に頼りがいのある人に見えてきた。


「神父様。私がモンスターを狩って稼ぐから、大丈夫」


「アンナさん。そんなことをする必要はありませんわ。お金なら、このシャーロット・ガザードにお任せを!」


「でも、シャーロットからは既に沢山借りてるから……これ以上迷惑かけたくない」


「迷惑なんてとんでもありませんわ! むしろ、このまま見過ごせと言われる方が迷惑! せめてワイン畑が復活するまでは支援させていただきますわ!」


「私も学食から食材をコッソリ持ってくるであります。ちょっとくらいならバレないであります」


 頼りになる人たちだ。

 これならワインの収入がなくても、孤児院はやっていける。

 あとは放火した犯人を捕まえねばならないが、それは衛兵がやってくれるはず。

 とりあえず今日のところは安心して寝てもいいだろう。

 ローラは我が事のように安堵した。

 が、ふと大切なことを思い出す。


「そうだ! ニワトリさんたちはどうなったんです!?」


「ぴぃ!」


 ニワトリと聞いて、ローラの腕の中でうつらうつらとしていたハクも顔を上げた。


「あれだけの火事だったから、ニワトリ小屋はもう……」


 ベラはうつむいて呟く。


「そんな! だってあんなに美味しい卵を産んでくれたのに!」


 ローラは自分の目で確かめるため、ニワトリ小屋まで走って行った。

 卵を拾い集めたのは、今朝の話だ。

 あのときは立派なニワトリ小屋が確かにあった。

 しかし、同じ場所に行っても、黒焦げになった木片が転がっているだけだった。


「そ、そんな……」


「ぴー!」


 ハクはローラの腕から飛び降り、ニワトリ小屋の残骸の上に立つ。

 そして木片を退かす。

 その下から、ニワトリが出てきた。

 もちろん、動かない。

 焦げ臭い匂いがする。


「ぴぃ……」


 ハクはニワトリの死体を前に泣いていた。

 かつてオイセ村で親の死を前にしたときのように、涙を流した。


 それを見てローラは拳を握りしめる。

 こんなに頭にきたのは、生まれて初めてかもしれない。

 絶対に犯人を見つけてやる。


「ハク。行きましょう。ニワトリさんたちのためにも、泣いている場合じゃありません。悪党は、倒さないと!」


        △


 一方、その頃。

 正義感とは無関係に、怒りで燃えている大人が二人いた。

 彼女らは密かに教会ワインのファンであった。

 毎年十一月中旬ごろに出荷される教会ヌーヴォーはかかさず買っているし、何年かしてから出回る熟成したワインも大好きだ。

 しかし、その教会のワイン畑が火事で燃えてしまった。

 聞けば、放火らしい。

 どこの誰が、何のために。

 如何なる理由であろうと、如何なる相手であろうと、決して許してはならない。

 邪悪なる犯人に鉄槌を下すのだ。


 今、ファルレオン王国最大の権力者と、最強の魔法使いが立ち上がる。

 すなわち、女王と大賢者である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る