第73話 迷子です!

 アンナを追いかけていたら、いつの間にか森の中に来てしまった。

 そして残念なことに、アンナを見失ってしまった。

 有り体に言うと、まかれたのだ。


「ぐぬぬ……街中でバレちゃった時点で、こっちの負けだったみたいですね」


「はぁ……はぁ……こんな疲れる思いをしたのに、残念であります……」


 ローラとシャーロットに見事付いてきたミサキだが、全身汗だくで、今にも倒れそうなほど疲労困憊だった。

 とはいえ、筋力強化したローラたちに付いてきただけでも凄いのだ。

 体力が限界を迎えるのは、仕方のないことである。


「アンナさんがいないんじゃ、ここにいても意味ありませんね。帰りましょう……」


「そうですわね。そろそろ日も暮れますし」


「お腹が減ったであります。それに夕飯時までに学食に帰ってお仕事しないと叱られてしまうであります」


 ローラたちは王都に帰ろうとした。

 だが、そこで問題が発生する。


「え、私たち、あっちから来ましたよね?」


「いえいえ。絶対にこちらですわ」


「二人とも違うであります。獣人の勘を信じるであります」


 三人が三人とも別の方角を指差した。

 これは困った。

 森で迷子になるなど、冒険者の卵として恥ずかしい。

 いくら戦闘力に優れていても、家に帰ることができないのでは意味がない。

 その辺の子供にも劣る。

 まあ、ローラは実際に子供なのだが。


「ハクは王都がどっちか分かりますか?」


 ローラはダメ元で頭の上のハクに尋ねてみた。

 するとハクは「ぴー」と自信満々な鳴き声を出し、パタパタと飛んでいく。


「おー、どうやらあっちが王都らしいですよ!」


「……本当ですの? わたくしたちが指差したどの方角とも違いますわ」


「いや、しかしハク様は神獣であります。信じる者は救われるでありますよ」


 ローラたち三人は、ハクのお尻を追いかけた。

 そして三分ほど歩くと、大きなリンゴの木が現れた。

 赤々とした果実がとても美味しそうだ。

 ハクは、そのリンゴの果実をもぎ取って、シャリシャリと食べている。


「……ハク。リンゴを食べたかっただけなんですか?」


「ぴー」


「はあ……期待したわたくしたちが馬鹿でしたわ」


「ま、待つであります。このまま真っ直ぐ進めば、王都があるかもしれないでありますよ!」


「ですがミサキさん。来る途中、リンゴの木なんて見ませんでしたわ。こんな立派なリンゴの木があったら絶対に印象に残っていますわ」


「う、それは……」


 言いよどんだミサキにトドメを刺すように、シャーロットは勝ち誇る。


「つまり、わたくしたちは完全に迷子と言うことですわ!」


 ババーンと効果音が聞こえそうなほどシャーロットは胸を反らす。

 しかし、冷静に考えると全く自慢になっていない。

 如何なる論理でシャーロットが自慢げな顔をしているのかローラの知るところではないが、早くしないと本当に夜になってしまう。遊んでいる場合ではない。

 森の奥深くで野宿するなどローラは嫌だ。

 プロの冒険者ならそういうことも日常茶飯事なのだろう。だが彼らは事前に準備をしてから冒険に出る。

 一方、ローラたちは放課後に走り回っていたら、いつの間にかここにいたという最悪の状況だ。まるで話が違う。


「と、とりあえず食料を確保しましょう!」


 ローラは、せめて自分だけでも冷静にならねば、と気張る。


「あらローラさん。食料なら目の前にありますわよ」


 シャーロットはハクを指差す。


「え、ええ! ハクを食べちゃうんですか!?」


「違いますわ! リンゴです! 目の前にリンゴの木があるのですから、食糧問題は初めからないと言いたかったのです!」


「……ああ、なるほど! じゃあ、次は方角を確かめないと。前、授業で習いましたよ。森で迷ったときは、切り株の年輪を見るんです!」


「ローラさん。年輪はその場所の環境で変わってくるので、確実ではないとも習ったでしょう」


「じゃあ、じゃあ、私たちはどっちに行けばいいんですかぁ!」


「落ち着いてくださいまし。食料があるので、次は水ですわ。そして寝床の確保。明日の朝、改めて王都を目指すのですわ」


 シャーロットは年長者らしく、テキパキと計画を建てる。

 ローラは「おおっ」と感心する。

 やはりシャーロットは素敵なお姉さんだ。

 実に頼りになる――と、ローラが思ったそのとき。


「ロラえもん殿。シャーロット殿。今思ったのでありますが、あっちに太陽が沈んでいるのだから、あっちが西なのは確実でありますよ」


 ミサキが今までの流れをぶったぎって、根本的な解決策を口にした。


「それに、お二人は空を飛べるであります。空から見れば、王都がどっちかなんて考えるまでもないであります」


 そうだった。

 ローラとシャーロットは飛べるのだ。

 すっかり忘れていた。

 なにせ普段、人間が空を飛んでいる場面に出くわす機会が少ないので、自分でも忘れてしまうのだ。


 それにしても、太陽の沈む方角は完全に盲点だった。

 もしやミサキは天才なのでは……?


「……ローラさん。お互い、道に迷っても冷静でいられるようになりたいものですわ」


「はい……全くです」


 現実逃避をしている場合ではなかった。

 こんなことでは立派な冒険者になれない。

 猛省である。


「ぴー」


 ローラとシャーロットが自分の判断力に重大な欠陥を見つけて落ち込んでいるとき、神獣ハクは四つ目のリンゴにかぶりつき、幸せそうな顔をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る