第71話 ようやく宿題が終わりました
夏休みが終わって、丁度一週間が経った。
流石に皆の心から夏休み気分が抜けており、生徒たちは立派な冒険者になるため、日々、勉学に励んでいる。
ところが、ローラたちの夏休みはまだ終わっていなかった。
もちろん、ちゃんと毎朝起きて、授業には出ている。
一日中遊んでいてもいいという夏休みの醍醐味は、他の生徒と一緒に終わっている。
終わっていないのは夏休みの宿題だ。
生徒としては一番無用の、忌まわしき文化だ。
夏休みの宿題が夏休み中に終わらなかった時点で、もうそれは夏休みの宿題ではないのだから、夏休みの宿題は自動的に片付いたということにならないだろうか。
ローラは真剣にそう思ったが、あまり説得力のある論法ではなさそうだ。
少なくとも教師好みではなかった。
よって、真剣に頑張るしかない。
幸いにも、あと少しで片付く。
だが同時に、期限もあと少しだった。
本来、二学期が始まったと同時に提出しなければいけないものを、エミリア先生に頼み込んで、何とか一週間延ばしてもらったのだ。
つまり、今日がその日だ。
デッドライン。
今日中に終わらせないと、先生たちにどんなお仕置きをされるか分からない。
以前、ローラは職員室の窓ガラスを割ったことがあるが、そのときはお尻ペンペンだった。
今回はその程度では済まないだろう。
自分の部屋では何となく集中できないので、放課後、学食の片隅を陣取って頭を使う日々だ。
ローラの向かいにはアンナが座り、同じように宿題と格闘していた。
しかし、この学食で宿題をやっているのは、その二人だけ。
そう。二人だけなのだ。
「ああ~~、やはりここのイチゴパフェは絶品ですわぁ」
ローラとアンナが知恵熱が出そうなほど頑張っている横で、一人優雅にパフェを食べるシャーロット。
なんと彼女は、五日も前に夏休みの宿題を終わらせ、早々にこのデスゲームから抜けていた。
いつも三人一緒だったのに。今度も一緒だと思っていたのに。
「シャーロットさんの裏切り者!」
「ふふふ……何を仰いますのローラさん。わたくしたちは友達であると同時にライバル! 勝負事で手を抜くようなぬるい関係ではありませんわ!」
一体、いつから夏休みの宿題は勝負事になったのだろうか。
しかし、ここでシャーロットを責めても始まらない。
未来は自分の力で切り開くのだ!
「私もとっとと宿題を片付けて、安心してオムレツを食べるのです!」
もちろん、宿題が終わっていないうちからもオムレツは食べていたが、オムレツの味を真に味わうには、『心の平穏』が必要だった。
ローラは宿題を完璧に仕上げ、心の平穏を手に入れてみせる。
「ぴー」
テーブルの上を転がって遊んでいたハクが、励ますような声を出す。
ローラの元気は倍増だ。
「頑張れ頑張れ」
アンナも応援してくれる。
これで元気四倍だ!
「って、アンナさんは私の応援してないで、自分の宿題をやらないと」
「私はたった今、終わった」
「なっ!?」
アンナだけは仲間だと思っていたのに、まさか置いていかれるとは……。
この世は無常だ。
とはいえ、今日が提出期限なのだから、のんびりしている場合ではないというのも分かる。
「私もラストスパートです。うりゃぁ!」
リヴァイアサンやベヒモスと戦ったときですら出さなかった掛け声とともに、ローラは宿題に襲いかかった。
ペンがきらめく。
このまま一気に終わらせてやる。
――と、気合いを入れたのはよかったが、難しい問題が出現し、手が止まってしまう。
「だ、誰か写させてください!」
「駄目ですわ。自分の力でやらないと意味がありませんわ」
「そう。ローラのためにならない」
「そんな……正論を言うなんて酷いです!」
「正論は正しいから正論なのですわ! さあ、どうしても分からないのならわたくしが教えてさし上げますから、まずは自分の力で頑張ってくださいまし!」
「ふぇぇ……」
正論で攻撃されたローラは、まるで反撃できなかった。
むすっとふくれて宿題と睨めっこするしかない。
「ロラえもん殿、頑張ってるでありますなぁ」
そこへ獣人のミサキがやってきた。
ミサキは本来、山の上にある獣人の里『オイセ村』で生活している巫女だ。
だが、祭るべき神獣ハクの卵が大雨で流され、しかも孵化すると同時にローラを見てしまい、母親だと勘違いしてしまうという事件があった。
そのせいでハクは、こうしてローラと一緒にギルドレア冒険者学園で暮らしている。
そこでミサキもまた獣人の里を離れ、学生寮の空いている部屋に住むことにしたのだ。
目的は神獣ハクのお側にいることだが、ハクの世話は基本的にローラがやっている。
なので、暇なミサキは普段、学食で働いている。
二学期が始まった途端、学食に獣人の店員が出現し、生徒たちは軽いパニックに陥っていた。
しかしミサキのキャラのせいか、今は普通に受け入れられている。
むしろマスコットとして人気があるくらいだ。
「頑張っているロラえもん殿には、私がミルクティを奢ってあげるであります。甘いものを飲んで、頭に栄養を送るであります」
そう言ってミサキはローラの前にティーカップを置く。
彼女の心遣いにローラは感激した。
こうした気配りができるから、生徒たちにすんなり受け入れてもらえたのであろう。
「ありがとうございますミサキさん。あれ、でも学食のメニューってもともと無料ですよね……奢ったことになってませんよ!」
「バレてしまったであります。まあ、私が煎れたのは確かなので、遠慮せず飲むでありますよ」
「はあ……いただきます」
感激が半減したが、脳が甘いものを欲していたのは確かだ。
ありがたくいただこう。
「さあ。ロラえもん殿が宿題を頑張っている間、ハク様は私と遊ぶであります」
「ぴー」
ミサキはエプロン姿のままハクを腕に抱き、ローラの隣に座った。
ミルクティの差し入れは口実で、ハクと遊ぶのが目的だったのかもしれない。
「ミサキさんは本当にハクが好きなのですわね」
「無論であります。ハク様を崇め奉るのがミサキの役目であります。それに、とても可愛いであります!」
それにはローラも同意だ。ハクは可愛い。
もはや犬猫より可愛いとすら思っている。
ローラの頭によじ登ってきて座り込むのも、その辺を自由気ままに歩き回っている姿も、何もかも可愛い。
しかし、ローラ以外の者にもすぐ懐いてしまうのが玉にきずだ。
最初はローラから少し引き離されただけで泣きわめいていたのに。
今となっては、自分を可愛がってくれる者になら簡単になびいてしまう。
尻軽神獣め。
「むぅぅ」
「ローラ。ハクをとられて嫉妬してる」
アンナがローラの顔を見ながら呟く。
「嫉妬なんてしてませんよー。私は宿題で忙しいですからねー」
「ああ……嫉妬するローラさんもお可愛らしいですわぁ!」
「ぴぃ?」
ハクはミサキの腕の中で、不思議そうな顔をしていた。
と、そこへエミリアがやってきた。
「ああ、いたいた。ねえローラさん。早く宿題を提出してちょうだい。私、いい加減に帰りたいのよ。あとアンナさんも。私が剣士学科の先生に渡しておくから」
いつの間にか窓から見える景色が、夜の闇に沈み始めていた。
学食には魔法の明かりが灯る。
「私はついさっき終わった」
アンナは宿題ノートを差し出した。
エミリアそれをパラパラめくり、満足そうに頷く。
「偉いわ。夏休み中に終わらせていたらもっと偉かったけど。それで、ローラさんは?」
「わ、私はあともう少し……」
「まだ終わってなかったの!? もう、呑気にミルクティを飲んでる場合じゃないでしょ!」
「これは脳に栄養を送るためです……ちゃんと真面目にやっています!」
実のところ、ミルクティで少しまったりしていたのだが、それを誤魔化すためにローラは猛烈に宿題と向き合った。
エミリアが学食から去るまで、猛烈モードを続けてやる気をアピールしなくては。
「……エミリア先生。いつまでそこにいるんですか?」
「もちろん、ローラさんの宿題が終わるまで待つわ。終わらないと帰れないもの」
「ふぇぇ」
ローラはずっと猛烈モードを続けるしかなかった。
そして約一時間後、宿題は無事に片付いた。
これで本格的に二学期が始まる。
果たして、どんなことが待ち受けているのだろう。
ローラは今から楽しみだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます