第39話 実家が廃墟です
ヤケクソになったローラは、いっそのことモンスターが出てこないかなぁ、とすら思っていた。
だが不幸にもモンスターとは遭遇せず、予定通り故郷のミーレベルンへと到着した。
ローラと遭遇しなかったモンスターは、その幸運を神に感謝すべきだろう。
「御者さん、ありがとうございました」
ここまで送ってくれた御者に、ローラたちは礼を言っておじぎをする。
すると御者は無言で手を振り、王都に向けて馬車を走らせて行った。最後まで無口な人だった。
「ここがローラさんの故郷……とても美しい湖畔の町ですわ」
「お魚が美味しそう」
シャーロットとアンナはそれぞれの感想を口にする。
ローラも久しぶりの故郷が懐かしく、湖と町に見とれた。
湖の周りには草原と森が広がり、少し離れたところには山もある。
実に風光明媚だ。
故郷を離れて初めてその素晴らしさに気付くという話があるが、それはこういう感覚なのだろうか。
前よりも魅力的に見えた。
しかし、いつまでも町の入り口でボンヤリしていても仕方がない。
ローラは友人二人をひっぱり、実家を目指して歩き出す。
そして数ヶ月ぶりに帰ってきた我が家は……なぜか廃墟のようになっていた。
「えっと……道を間違えちゃったんでしょうか?」
などと惚けてみたが、現実は変わらない。
窓ガラスが割れ、レンガの壁に穴が空いているこの家こそ、ローラが生まれ育った家に相違ない。
一応、窓や壁の穴には内側から布が張られ、応急処置がほどこされている。
だが、何がどうなればこんな惨事が起きるのだろう。
「ロ、ローラさん……この家だけ局地的にドラゴンが襲いかかったのでしょうか……?」
「ドラゴンの怨みを買うようなことしたの?」
「いえ……お父さんとお母さんいわく、見つけたドラゴンは全部仕留めたらしいので、怨みは買ってないはずですよ。死んだら恨めませんから……」
そうローラが説明すると、二人とも「なにそれ怖い」と声を震わせた。
アンナはともかく、魔法使いの家系であるシャーロット・ガザードから見ても、今のは非常識な話だったらしい。
しかし現に、ローラの両親がドラゴンを狩りまくったという記録が冒険者ギルドに残っているはずだ。
嘘でも誇張でもない。
そういう人たちにローラは育てられたのである。
「あら? 声がすると思ったらローラじゃないの!」
そして二階のガラスのない窓から、ローラを生んでくれた人が顔を出した。
Aランク冒険者、ドーラ・エドモンズである。
「お母さん、ただいま! どうして家が壊れてるの!?」
「ああ、これね。夫婦喧嘩。ちょっと待って、今そっちに行くから」
夫婦喧嘩。
その言葉を聞いて、ローラは白目を向いた。
シャーロットとアンナも一緒に唖然としてくれた。
大賢者のところに送られてきた手紙の内容からして、父と母の間に意見の対立があるというのは分かっていたが、まさか家が半壊するほどのケンカをしていたとは。
ローラが呆れかえっている前で、母は二階からピョンと飛び降りてきた。
もう三十代の半ばになるというのに、いつまでも若いつもりでいるらしい。
実際、外見は二十代でもまだまだ通用する。
とはいえ、ローラが友達を連れてきたときくらいは、年相応の落ち着きを演じて欲しいものだ。
「おかえりなさいローラ。夏休みだから帰ってきたの? 手紙くらいちょうだいよ。あ、私が大賢者様に手紙を送ったの知ってる? 私、トーナメント見に行ったんだから。ローラったら強くなったのね。まさか魔法学科に入ってるとは思わなかったけど。ローラが楽しそうで良かったわ。お母さんとしては前衛のほうがオススメだけど、ローラの意志を尊重するわよ。あら? そちらの二人はローラのお友達? まあ、ごめんなさい、私ったら気が付かなくて」
母は一気にまくしたて、一人で納得し、そして手招きしてローラたちを家に迎え入れた。
実に懐かしいハイテンションだ。
しかし、不慣れなシャーロットとアンナは、完全に面食らった顔をしている。
無理もない。
ローラですら、たまに付いていけなくなるのだから。
「三人とも、どうしたの? 遠慮せずにあがりなさい」
「で、ではお邪魔致しますわ」
「……お邪魔します」
「あら、礼儀正しい子たちねぇ」
母ドーラはニコニコと嬉しそうに笑い、居間のテーブルにローラたちを座らせ、紅茶を出してくれた。
しかし椅子もテーブルも、一度壊れたのを釘打ちして修理した形跡がある。
ティーカップもひび割れていて、隙間から紅茶が漏れだしていた。
ローラたちは慌ててそれを飲み干す。
「あの、ローラさんのお母様。わたくし、シャーロット・ガザードと申します。ローラさんと同じ魔法学科で、寮の部屋も同じですの」
「私はアンナ・アーネット。戦士学科。放課後はよくローラと剣の練習をしている」
「これはご丁寧に。二人とも学園のトーナメントで見たわよ。最近の子は卒業する前から強いのねぇ。特にシャーロットさんの決勝戦は凄かったわ。まあ、私のローラには一歩及ばなかったみたいだけど。あ、私はドーラ・エドモンズ。ローラのお母さんよ。え、こんなに若いのに母親なのかって? お世辞が上手ねぇ、もう!」
誰もお世辞なんて言っていないのに、ドーラは幸せそうだった。
そこに水を差す理由もないので、ローラたちは沈黙とともに彼女を見守る。
そしてローラは、母親がひとしきり幸せを噛み締めた頃合いを見て、気になっていた疑問を口にした。
「ねえ、お母さん。お父さんはどこに行ったの?」
ローラがそう質問した瞬間、今までニコニコしていたドーラがムスッとした顔になる。
「あなたにお父さんなんていません! ローラのことは私が一人で産んで、一人で育てました。そういうことにしました!」
「えぇ……」
つまり処女受胎とでも言いたいのだろうか。
ありえない設定を作り出した母を見て、どうやらこの夫婦喧嘩は一筋縄ではいかないぞ、とローラは確信した。
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