第19話 着ぐるみパジャマです
「まったくもう、アンナさんのせいで無駄な体力を使ってしまいましたわ」
「シャーロットが可愛い声を出すのが悪い。謝罪と賠償を要求する」
「どうして被害者であるわたくしがそんなことを!」
「まあまあ。お風呂くらいは静かにゆっくりつかりましょうよ」
ローラがそうなだめると、ようやくシャーロットは静まり、大人しく肩まで湯船につかった。
それにしても寮の大浴場は本当に広い。
実家の風呂では脚を伸ばすことはできなかった。
それがこの大浴場では、何人も並んで入ることができるし、羞恥心さえ無視すれば泳げるほどだ。
「ばしゃばしゃ」
「こら、アンナさん! 泳がないでください、はしたないですわ!」
羞恥心が欠けている人がいた。
ちょっと羨ましい。
「ところでシャーロットさん。アンナさんにくすぐられる前から随分と疲れた顔をしていましたけど。一体なにをしてきたんですか? 魔力も消費してるみたいだし……怪しいです!」
「あ、怪しくなどありませんわ。ただちょっと自主練をしていただけですわ」
シャーロットは妙に慌てている。
怪しい。
「本当に? 本当にただの自主練ですか? 何か秘密の必殺技の特訓をしているとかでは……面白そうです! 混ぜてください、混ぜてくださーい」
「仮に秘密の必殺技だとしたら、なおのこと秘密ですわ。ローラさん。あなたとわたくしは確かに友達ですが、同時にライバルでもあるのです。手の内を晒したりはしませんわ」
「ライバルであると同時に友達……えへへ、シャーロットさんと友達!」
「そっちに反応しますの!?」
「だって、シャーロットさんの口から友達って言ってもらったことなかったので。とっても嬉しいです。これからも友達でいてくださいね!」
「うぐっ……わ、分かりましたわ……ですが、ライバルもやめませんわ!」
「はい! ところで……なんか体中ピンクですけど、のぼせたんですか?」
秘密の特訓で疲れたところにアンナの耳ふー攻撃を喰らったのだから、もう体力はゼロのはずだ。
倒れる前に休んで欲しい。
「そ、そうですわ、のぼせたのですわ。鼻血が出そうですわ!」
「え、それは大変です! 早くあがらないと!」
「いえ……大丈夫ですわ。ローラさんの顔を見ていれば治ります!」
「はあ、そうですか」
自分の顔にそんな効能があるとは知らなかった。
しかし、その割にシャーロットはどんどん赤くなっていく気がする。
というより、だんだんローラのほうがのぼせてきた。
「私はもうあがるので、シャーロットさんは好きなだけ浸かっててくださいね」
「それなら、わたくしもあがりますわ」
「じゃあ私も」
結局、三人一緒に大浴場から出て、脱衣場でパジャマに着替える。
ここは女子寮だ。
男子に見られる心配がないので、廊下をパジャマで歩いても問題ない。
「おや? アンナさん、随分と可愛いパジャマですね!」
「この前、街で見つけた」
アンナのパジャマは猫の着ぐるみパジャマだった。
こんな可愛いものが売っているなんて流石は王都だ。
ローラの故郷では絶対にお目にかかれない。
「アンナさん……お、お可愛らしいですわぁ……」
そんなアンナを見たシャーロットは、目を輝かせて抱きついた。
なにせシャーロットは、ぬいぐるみを抱かないと眠れないほど、ぬいぐるみが好きなのだ。
そして今のアンナはぬいぐるみそのもの。
興奮するのも無理はない。
「どういたしまして。気に入ったなら、次の休みの日、一緒に買いに行く?」
「おー。それはいい考えです。私も着ぐるみパジャマ欲しいです! 三人でお揃いです! 何ならパジャマパーティーとかしましょうよ!」
ローラ、シャーロット、アンナがそれぞれ動物の着ぐるみパジャマを着て、ベッドの上でダラダラして、お菓子を食べて、どうでもいいようなことを語り合う。
想像しただけで楽しそうだ。
まさにローラが憧れていた学園生活。
「うっ……着ぐるみパジャマは魅力的ですが……わたくしは休日だからと遊んでいる場合では……」
「えー、どうしてですか? 休日なんだから遊んだっていいじゃないですか。ま、まさか休日まで特訓するつもりなんですか?」
「当然ですわ! そうでもしないとローラさんに追いつけませんから!」
シャーロットの言葉に、ローラは言い返せなかった。
彼女と仲良くしたい。だが同時によきライバルでもいて欲しい。
そして彼女は、よきライバルたらんと全力で努力している。
邪魔などできない。
「分かりました……じゃあシャーロットさんに似合いそうなパジャマを買ってきますね!」
「お願いしますわ!」
かなり力強くお願いされてしまった。
「……無理しないで一緒に来ればいいのに」
アンナはボソリと言う。
ローラも同感だった。
「誘惑しないでください! あなたたちが遊んでいる間に、わたくしは前に進んで、一歩でも追いつくのですわ!」
そう叫ぶシャーロットは涙目になっていた。
本当は遊びに行きたくて行きたくてたまらないのだろう。
それでも行かないと宣言しているということは、相当の決意を秘めている。
これはやはり説得しても無駄だ。
「アンナさん。シャーロットさんは本気です。残念ですが、私たちだけで行きましょう」
「シャーロットとも仲良くなりたかったのに。がっかり」
「う……」
とりあえずローラとアンナだけで街に行く約束をして、その日は解散になった。
そして当日。
ローラはガタゴトという音で目を覚ました。
壁掛け時計を見ると、アンナとの待ち合わせにはまだ早い。
このガタゴトという音はなんだろう。
それにいつもは目を覚ますとシャーロットに抱きつかれているのに、今日はその感触がない。
不思議に思って体を起こすと、そこには色々な服を並べて「うんうん」唸っているシャーロットがいた。
「……朝から何をやってるんですかぁ?」
「ロ、ローラさん!? こ、これは違うのです! 修行をさぼってでもお二人と遊びに行きたくなったとかではく、そのために何を着ていこうか悩んでいるわけでもなく……その、えっと……」
シャーロットは一生懸命に言い訳をしようとしていた。
果たしてこの状況からどんな気の利いたことを言ってくれるのかと、ローラは少々イジワルな気持ちでシャーロットの台詞を待つ。
だが何も思いつかなかったらしく、シャーロットはうつむき、そしてついに泣き出してしまった。
「わ、わたくしも連れて行ってくださいまし~~」
「初めっから無理しなきゃいいのに……」
相手が年上だというのに、ローラはついタメ口で返してしまった。
早朝に起こされ、ちょっと不機嫌だったのだ。
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