第20話 王都レディオンです

 ファルレオン王国の人口は約二百万人ほどと言われている。

 国土の中央部にある王都レディオンは大河に隣接しており、そこから引き込んだ水路が網の目のように走っていた。

 それを利用した物流がさかんであり、また単純に見た目が綺麗なので市民にはすこぶる評判がいい。

 ただし水路から水系モンスターが入り込むことが稀にあるので、冒険者ギルドが国の委託を受けて、いつも目を光らせている。


 ローラはそんな王都をシャーロットとアンナと並んで歩いていた。

 休日に友達と街に遊びに行く。

 そんな些細なことがたまらなく嬉しかった。


 また、今までじっくり見る機会がなかったが、こうしてノンビリ歩いていると王都の水路の美しさが分かる。

 水に太陽光が反射しキラキラ光ってとても綺麗だ。

 その上を走る船も可愛い。

 地面は色とりどりのレンガで作られていて、楽しい気分になってくる。


「私、王都がこんなに素敵な街だって知りませんでした!」


「そういえば、ローラさんは別の町から来たんでしたわね」


「はい。初めて親元を離れて暮らすのが不安だったんですけど……シャーロットさんみたいに優しい人が同室でよかったです!」


「そ、そうですか……どういたしまして!」


 シャーロットは褒めたり、礼を言ったりすると、すぐに赤くなってしまう。

 随分と照れ屋さんらしい。

 年上なのに可愛い人である。

 ローラはシャーロットのそんなところも好きだった。


「シャーロットさんは王都出身なんですか?」


「ええ。先祖代々、ガザード家は王都で魔法使いをしていますわ。というか、冒険者を志す者なら普通、ガザードの名前くらいは知っているものなのですが」


「えっと、ごめんなさい……知りませんでした」


「まあ、ローラさんは魔法嫌いのエドモンズ家ですから仕方がありませんわ。ですから、そんなに申し訳なさそうな顔をしなくても結構です」


「あれ。私そんな顔してました?」


「ローラさんはすぐ顔に出るので、感情が分かりやすいですわ」


「むむ……しかしシャーロットさんほどではないと思います!」


「わ、わたくしは感情を顔には出しませんわ! ポーカーフェイスですわ!」


「ええ!? 本気で言ってるんですかッ?」


 シャーロットがポーカーフェイスなら、この世のほとんどの人間がポーカーフェイスだ。


「そんな『こいつ何を言ってるんだ』みたいな顔をしないでくださいまし!」


「だって……」


「アンナさん。あなたは、わたくしとローラさん、どちらの感情が読み取りやすいですか? 正直に答えてくださいな」


 問われたアンナは、ローラとシャーロットの顔を交互に見つめ、そして肩をすくめる。


「どっちも同じ。思ってることがそのまま出てきてる」


「そんな……知りませんでした……」


「少し気をつけないと、戦闘中に心を読まれてしまいますわ……」


「ほら。分かりやすく落ち込んでる」


 そうアンナに指摘され、ローラとシャーロットは同時にハッとした。

 そのハッとしたのが顔に出ているのが救いがたい。

 ポーカーフェイスへの道のりは険しそうだ。


「かく言うアンナさんはどこの出身ですの?」


「多分、王都」


「多分ってどういうことですの?」


「私も詳しくは知らない。物心ついたらここにいた」


「アンナさんらしい、とぼけた回答ですわね」


「面目ない」


 アンナは誤魔化すように頭をポリポリかいた。


「そもそもアンナさんは、どうして冒険者を目指してるんですか? 私は両親の影響だし、シャーロットさんの家は代々魔法使いだから分かりますけど」


「それは恥ずかしいから秘密。いくらローラでも教えない」


「はあ……」


「謎が多いですわ」


「ミステリアスな女はモテるらしい」


「え、アンナさん、男子にモテたいんですか?」


「いや、別に」


 本当に不思議なことを言う人だなぁとローラは感心した。

 表情からも何を考えているのか読み取れない。

 だが、入学した時点であれほどの剣技を身につけていたのだ。

 きっと深い理由があるに違いない。


「それより一番の疑問は……どうして休日なのに制服を着ているのかということですわ!」


 そう。シャーロットが言うとおり、アンナは学園の制服のままだった。

 皆で初めて街に出かけるのだから、誰がどんな服を着てくるかというのも楽しみの一つだったのに。

 まさかとは思うが。


「制服は私の一張羅。あとはパジャマしかもってない」


 そのまさかだった。


 見た目に頓着しないのか。それともお金がないのか。

 冒険者を目指す理由も、その辺りにあるのかもしれない。

 ローラは怖くて聞けなかった。シャーロットも神妙な顔をしている。


「私もシャーロットに質問。そのペンダント。あんまり可愛くないのにどうして下げてるの?」


「あ、それは私も気になってました! シャーロットさん、凄くオシャレなのに、なんでペンダントだけ禍々しいんですか? 似合ってませんよ」


 今日のシャーロットの服装は、ヒラヒラのフリフリの、いかにもお嬢様といった感じだ。

 なのにペンダントは、骸骨を凝縮して丸くこねたような形をしていた。

 正直、とても不気味である。


「ま、禍々しいとか言わないでくださいな! これはガザード家に伝わる秘宝。封魔のペンダントですわ。これを装着すると精神に負荷がかかり、自然と魔力を鍛えることができるのですわ!」


「えー。せっかく遊びに来たんですから、修行とかやめましょうよー」


「やめませんわ! 封魔のペンダントのおかげでお二人と遊びながら修行もできる。外せというなら帰りますわ!」


 シャーロットは毎日毎日、授業中も放課後も全力を尽くしている。

 だから休日くらいはちゃんと休むべきだ。

 今日、こうして一緒に来てくれて、ローラは他人事ながらホッとしていた。

 なのに、そういう仕組みになっていたとは。

 もはや三百六十五日、修行をやめないつもりなのだろう。

 修行バカがここにいる。


「けど、封魔のペンダントにはちょっと興味がありますね。私もつけてみたいです!」


「ローラさんが? ふふ、いいでしょう。いくらあなたでも、慣れない精神負荷はキツいと思いますわ!」


 シャーロットは嬉々としてペンダントを貸してくれた。

 もしかしてローラが音を上げるところを見たいのかも知れない。

 そんなにキツいのか――と覚悟を決めて装着する。


「……おお、確かに心にズシッとくる感じです!」


「え、それだけですの?」


「はい。それだけですが」


「そうですか……」


 シャーロットは露骨にがっかりした様子でローラからペンダントを取り上げた。

 もっと激しい反応を期待していたらしい。


「封魔のペンダント、私もつけてみたい。ちょっとだけ貸して」


 アンナも興味深そうにペンダントを眺める。


「アンナさんはやめておいたほうがいいですわよ。戦士学科のアンナさんでは耐えられませんわ」


「そんなことはない。私は最近、ローラにちょっとだけ魔法を教わった。だから大丈夫」


「……ローラさん、本当ですの?」


「うーん……確かに魔力制御の基礎だけは教えましたけど」


 あの程度では魔法を使えるということにはならない。

 ましてシャーロットが『修行になる』と判断したほどの精神負荷には、絶対に耐えられないと思うのだが。

 もっともローラはさほど負荷を感じなかったが……自分の感覚が世の中とズレているという自覚くらいはあるのだ。


「貸して貸して」


「本当にちょっとだけですのよ?」


「やった」


 アンナはシャーロットからペンダントを受け取り、首につけた。

 その瞬間。


「ぎゃん!」


 と、叫んでぶっ倒れた。


「ア、アンナさぁぁん!」


「大変ですわ! 大変ですわ!」


 ローラとシャーロットは慌ててアンナを抱き起こし、ペンダントを外し、そして頬をペチペチと叩く。


「う、うーん……ここはどこ?」


「アンナさん、気が付いたんですね! よかったぁ」


「もう、だから言ったではありませんか。封魔のペンダントはまだアンナさんには早いのですわ」


「……まさかこれほどとは……というか、こんなものをつけて平然としているシャーロットがおかしい。どういう神経してるの?」


「人が無神経みたいな言い方をしないでくださいまし! たんに魔力の差ですわ! そもそも平然としていたのはローラさんも同じでしょう!」


「ローラがおかしいのは周知の事実だから」


「サラッと酷いこといいましたね!?」


 封魔のペンダントは再びシャーロットの首におさまった。

 アンナはちょっぴり悔しそうに口を尖らせてから起き上がり、スカートのホコリを落とす。


「ところで、あれがパジャマを買った店」


 アンナが指差す先には、大きな雑貨屋があった。

 どうやら目的地のすぐそばでぶっ倒れたらしい。


「あ、あそこに行けば……あのお可愛らしい着ぐるみパジャマが手に入るのですわね……早く、一刻も早く!」


 シャーロットは一人でパタパタと走っていく。

 もう辛抱たまらないという感じだ。

 あれで最初、今日来ないつもりだったというのだから笑わせてくれる。


「一番お可愛らしいのはシャーロット」


「同感です。シャーロットさんはとっても可愛いんですよ!」


 そんなお可愛らしいシャーロットを追いかけ、ローラとアンナも雑貨屋に向かった。

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