第382話.ヒカリスライム
磯の香りだと思って少し元の世界の知識をひけらかしたら、ダンジョンで採れるのは野菜だった。俺が落ち込むと、逆に俄然としてムーアがやる気を出してくる。
『さあ、カショウ!早くダンジョン野菜を見に行きましょう!』
しかし、ムーアの行動が少し変わった。今までのムーアならば好奇心が勝つと、俺よりも先行することが多かった。だが始まりのダンジョンを出てからは、何故か俺の手を引き一緒に行動しようとする。
それにはセージが影響している気がするが、その肝心のセージは影の中でコアからの教育中。誰も居ない場所であれば問題ないが、まだ外には出すには十分な教育を施す必要があるらしい。
迷い人である俺はどうしようもないが、セージは完全にラノウベの存在なのだから直ぐには順応出来ない。
「やっぱり俺の記憶だと、海だとしか思えないんだよな」
ダンジョンの中だが次第に風は強くなり、風に乗る磯の香りも濃さを増す。足元の木の根の上にも、薄っすらと砂が堆積し始めれば、やはり海しかない。
「ダンジョンの水は、そのまま飲み水となっているんですよ。海水なんて使って野菜なんて作れないですよ」
それでも地面は完全に床は砂に覆われて、まだまだ磯の香りは強さを増す。どうしても頭の中では元の世界の海を意識してしまう。視覚だけでなく他の感覚で認識したものは、よりアシスに来ても鮮明な感覚として残っている。
「百聞は一見に如かずですね。そろそろ、光りが見えてきました」
壁に設けられた燭台からではなく、洞窟の奥からは光が射し込んでくる。火の灯りではなく、陽の光に近い明るさ。そして、洞窟の天井や壁にもポツポツと光る塊が見える。人為的に設置した魔道具にしては、配置される位置は規則性がなく、放つ光にも差があり安定してない。
「ホーソン、あの灯りは何なんだ?マジックアイテムにしてはムラがあるようにみえるけど?」
「ああ、あれはヒカリスライムらしいです。魔力を吸収して、光を放つ魔物ですね」
魔物という響きに、一瞬身構えてしまう。コールはタイコの湖の地下にいて、ゴルゴンの魔力を吸収して進化した存在でもある。
「スライムって、大丈夫なのか?放置しておけば、どんな変異を起こすか分からないだろ」
「ヒカリスライムはすでに変異した存在なんです。集めて瓶に入れておけば、灯りになります。魔力が切れれば、消滅してなくなってくれるので便利な魔物ですよ。ダンジョンの外に出れば長く生きられないので、そこだけが欠点ですね」
「それでも、魔物なら襲いかかってきたりするだろ」
「危険を感じれば、光を放ちます。光を放つことが、威嚇でもあり攻撃なんです。進化次第では有益になる、スライムの中でも有益な魔物ですね」
「ダンジョンの中に、ショッピングモールが出来るのも納得したよ。ヒカリスライムなら、子供に怪我すらさせれない」
ヒカリスライムでも、リッター達程にの光を集めれるのならば、攻撃手段になるかもしれない。
魔物も精霊と同じで魔力を糧とする。体に蓄積出来る魔力量が多ければ、より強い力を行使出来る。それはスキルを行使するだけでなく、体を動かすにも魔力を消費する。
それがスライムであれば、どうなるか?骨や筋肉·外骨格すらないスライムであれば、体を動かすにも全ての細胞が連動して動かなければならない。コールのように上位種になれば自由に動けるかもしれないが、ヒカリスライムはまだ下位種で動きは遅い。だが、まだまだ下位種でありコールには遠く及ばない。
だから、天井や壁にへばりついて動かないスライムは、驚異となり得ない。
「まあ、それでも水のダンジョンに多くの魔力が流れ込んでいるなら、ヒカリスライムも進化する可能性はあるのだろ」
「野菜が良く育つ。今のところ、恩恵の方が強いみたいですね」
やっぱり何が精霊で、何が魔物なのかは良く分からない。縄張りに侵入されて危害を与える精霊と、危害を加えようとして恩恵を与える魔物。どちらが魔物で、どちらが精霊と呼べるのか?
そして洞窟を抜けると、目の前に広がるのは広大な砂浜に燦々と注ぐ光。天井には隙間なくヒカリスライムがへばりついて、ここには夜が訪れることはないだろう。洞窟の出口こそ、何もない開けた場所だが、遠くには幾つもの畑が見える。
「これが、ダンジョン農場なのか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます