第381話.元の世界の知識

 ムーアが落ちた石壁の破片を、俺に寄越してくる。リンゴクオージの力の影響を考えると、ダンジョンのものにあまり触れたくないが、ムーアに強引に押し付けられれば拒否出来ない。


 ムーアに小太刀を使う技量や力はなく、それでも簡単に壊せてしまうのだから、石壁が魔石で出来ていないのは想像出来る。それでも、始まりのダンジョンで起こした大きな破壊は、次の行動に移ることを躊躇わせる。


『時間をかけても、何も変わらないわよ』


「ああ、分かってるって」


 マジックソードをナイフに作り変えると、石壁の破片へと突き立てる。


 カツッという軽い音と共に、破片は砕ける。ナイフが刺さったよりは、ぶつかった衝撃で大小幾つかの破片となる。そして小さな欠片であっても、俺の手から零れ落ちるだけで、消滅することはない。


『魔石じゃない証明よ。安心したでしょ』


「これなら、ダンジョンの中でも気を遣わずに済むよ」


『少なくても低層は大丈夫そうってことよ』


 ダンジョンを破壊してしまう大きな問題は解消された。さらにダンジョンの奥へと進むと、その心配が無用だったことを知る。


 最初に変化があったの石壁で、積み上げられた石の縁に沿うように、ビッシリと木の根がはみ出ている。その時点で、石壁の奥には植物があり、この石壁の隙間をこじ開けている。植物の根に簡単に侵入を許してしまうようなら、それはダンジョンではない。

 さらに奥へと進むと木の根はさらに成長し、石壁だけでなく石畳にまで生存範囲を広げ、全てを覆い隠してし始める。


 その根の上を多くの冒険者は何も気にせず歩いているが、木の根に僅か綻びもなく生命力は強い。


 ダンジョンの奥からは吹き込む風には、微かに臭いが混ざる。


「磯の臭いがする」


『ふーん、この臭いが分かるの?』


「俺の居た、元の世界の記憶だけどな」


 まだアシスに来て海を見たことはなく、元の世界の記憶でしかない。永きを生きる精霊であっても、アシス中を彷徨い歩く精霊は少なく、ムーアやブロッサは海については、知識程度でしか知らない。


「ホーソン、水のダンジョンにはアシスの生き物が住んでるのか?」


「カショウ殿、何故それが分かったのですか?トーヤの幾つかのダンジョンには、植物だけでなく生き物がいます」


 何が常識で、何が非常識かの境目が分からない中で、初めて俺の···元の世界の知識が驚かれた瞬間でもある。


 そして、この街の特殊性がよく分かった。水のダンジョンの恩恵は、トーヤの水源としてだけでなく、食料供給にも影響している。

 大きな都市となるには、食料供給が大きな問題となる。だから、トーヤの街に入るまで、こんなに建物がビッシリと並んだ大きな街だとは思っていなかった。


 トーヤの街に来る途中も、穀倉地帯となる場所どころか、田畑は全く見かけなかった。それどころかトーヤの街の中に入っても、家畜を飼っている光景や穀物や野菜を育てている光景は見かけない。ビッシリと並んだ建物では、せいぜい家庭菜園くらいのものしか作れない。


 その疑問を解消するのも、やはりダンジョン。


 これだけの大きな街で、外壁に囲まれた街の中で自給自足出来てしまう。雪の積もる冬場であっても、外からの食料や水の供給·備蓄の心配がない。


「どうして、分かったのですか?」


「元の世界の知識だよ。俺の知識も捨てたもんじゃないな」


 その答えは磯の臭い。死臭やプランクトンが原因となり臭いが発生する。臭いがするということは、すなわち水の中に住む生物も豊富であるという証拠で、臭いも強烈なものではない。


『そうね。貴方の居た世界の知識も、悪くはなさそうね。貴方の居た世界のね!』


 ホーソンは関心しているが、何故かムーアは俺の知識を認めたがらない。契約関係にあれば、契約主は優秀であることに越したことはないはずだが、自身の方が有能であろうとしたがる。


「ここは、俺を褒めても問題ないだろ。少なくとも、俺しか知らない知識なら、それは俺の知識だろ!それに、磯の風なら海。海なら、俺は詳しいぞ!」


『じゃあ、海に何があるのかしら?』


 それでも俺の知識を認めたくないムーアは、俺を疑い質問を投げてくる。


「海水は塩辛いし、何といっても魚だよ。それに蟹なんかもイイな。いくら食べなくても大丈夫なだと言っても、味覚が無くなった訳じゃないしな!」


「カショウ殿、残念ですけど水のダンジョンで採れるのは、野菜です」


「···」

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