第364話.魔物の力

 ラガートの放った剣羽根は、繊細にコントロールされ無駄打ちが無く、全ての剣羽根が触手の胴体に次々と突き刺さっている。しかし、手の平程の太さしかない触手の胴体であっても、体の表面に軽く刺さった程度の傷では効果がないように見える。

 魔力で出来た体は、傷を負ったとしても血や体液は流れ出ない。体の機能に支障をきたすような効果は得る為には、もっと体の奥深くに届く傷で、魔力の流れを大きく阻害しなければならない。必要なのは、繊細にコントロールされた攻撃ではなく、無駄打ちしてでも威力のある攻撃。


 しかし最初は失敗かと思った攻撃だが、剣羽根が刺さっ場所から触手の色が変わり始めだす。そして黒翼からは僅かに漂う独特な臭い。


「スライムの魔毒?」


『そうみたいね。毒を使う魔物なんて、コールとバズしかいないんだから』


 毒を操れる魔物は、スライムのコールとゴルゴンのバズしかいない。だが今のバズの力は石化の瞳だけで、それも完全に程遠い。それに左腕に宿った力が、いつもりも腰よりに陣取った黒翼に影響を与える事はない。

 だから、残されているのはスライムのコール。自由に体中を移動し、剣羽根に魔毒を帯びさせている。射出はラガートが制御してくれるのだから、コールにとっても負荷は少ない。ラガートの攻撃の脅威度を上げてくれるコールに、コールの能力を直接攻撃に活かしてくれるラガート。両者の間の利害関係が一致している。


「魔力体にも、毒の効果はあるんだな?」


『それはそうよ。精霊にだって毒の効果はあるのよ。まあ、あなたの中にコールがいるのだから無効なんでしょうけどね』


 ブロッサのように影の中で作り出した毒ではなく、コールを体に宿して俺の体内で作り出した毒。直接体に触れても、俺には何の影響もない。


「こんなところで、毒の耐性を手に入れてもな。強毒は無理なんだから、過信は出来ない」


『心配しなくても、かなりの毒の耐性になるわよ。スライムの魔毒は、ゴルゴンの影響を受けて進化したものよ。その内に、バズも毒を作り始めるわ』


 咄嗟に左手の魔石を見てしまうと、バズの瞳はウインクしてくる。それは“出来る”という肯定のウインクで間違いなく、つい今後の俺の姿を想像してしまう。瞳だけでなく、左腕に群がる無数の蛇達。もしかすると、左腕自体が蛇へと変わってしまうかもしれないが、今は考えるのは止めておこう。


『イイのかしら?ラガート達に任せておいても、しばらくは大丈夫そうよ。今後のあなたの人生設計にも大きく影響すると思うわよ』


 俺の感情の声を聞きながら、ムーアは悪戯な笑みを浮かべてくるが、それを無視して変化してゆく触手へと目を向ける。僅かなやり取りの間にも、スライムの魔毒は触手を侵食し、消滅こそしていないが完全に動きを止めている。


 しかし、タイコの湖で放出したスライムの魔毒の比べれは、剣羽根に付いた魔毒はごく僅かでしかない。強毒ではないスライムの魔毒なのに、明らかに効果が強すぎる。気合いや本気を出しても能力が倍になるような甘い世界じゃなく、純粋にこの空間では魔物の能力が高くなっている。


「やっぱり、ここでは魔物の力は絶対っぽいな」


『だから言ったでしょ。ラノウベで通用するすは魔物の力だって!』


 カチノキシダーンが簡単に倒せただけに、アシスの魔法が通用すると想い込んでしまったが、それはまだダンジョンが崩壊せずに残っていた世界だからこそなのかもしれない。


「私にも、スライムの魔毒くらいなら作れるワヨ」


 そう言いながら、翼を纏ったブロッサが現れる。ソースイ達が相手ならば、コールが寄生したのだと考えれば納得出来るが、精霊に魔物が寄生するなんてあり得るのか?


「スライムの魔毒の前に、それってコールの翼だろ?いつの間にっていうか、何時からその姿なんだ?」


「言ってなかったかシラ?イスイの街に戻ってからずっトヨ!」


 そんな話は聞いていなし、どうなるか分からない人体実験ならぬ精霊実験をしていたなんて···。


『もう過ぎたことを、とやかく言っても仕方ないわ。どの精霊でもコールを宿すことは出来ないの。私達の中じゃ、ブロッサだけなんだから』


 そして、ムーアはどの精霊もが実験済みであることをサラッと告げる。しかし、簡単にはいそうですかと納得出来る範囲を超えてしまっている。


『大丈夫よ、そんな危険なことはしていないから』

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