第302話.能力の限界
ダンジョンという響きに異世界を感じるが、残念ながらワクワクするような高陽感はない。しかしダンジョンというならば、せめて迷宮であって欲しいという気持ちはある。真っ直ぐに下へと続く階段は、不気味なだけで地獄に続いていのかという悪いイメージしか浮かばない。
戻ることが出来ないなら進むしかないが、長く続く一直線の階段の始まりも終わりも見えなくなって、どれだけの時間が経つのだろうか。
あまり同じ光景が続くと、もう閉じ込められたことや初めて足を踏み入れたダンジョンということにも、徐々に感覚が麻痺してくる。
「なあ、ムーア!神や原初の精霊達は、アシスの何処にいるんだ?」
『急に何を聞き出すかと思ったら、どうしたの?』
「ダンジョンが、神や精霊ってことはないよな?」
姿形のあるものを産み出し、また消し去る存在がダンジョンであるならば、それはアシスの成り立ちに関係してくるのではと思える。
『そんな訳ないでしょ。神は天界で、原初の精霊は精霊界よ』
「だから、それって何処にあるんだ?地下じゃないよな?」
『そんな詳しいことは知らないわよ。天啓は上から聞こえてくるから、天でしょ!』
そう言いながら、ムーアは右手の人差し指を上に向ける。
「何処にいるか分からない相手に、供え物してるのか?」
『仕方ないでしょ!寄越せって五月蝿いんだから。供え物して静かになるなら、誰だってそっちを選ぶわよ!』
そんな話をしていると、白っぽい石でつくられていた階段が赤茶色のレンガのようなつくりに変わる。全くの変化がなかった光景だけに、同じ場所を無限ループしている感覚に陥っていたが、少しだけ安心した気持ちになる。
「先に進んだ気はするけど、それでもまだ先は見えないのか?」
『大丈夫よ、そんなに大きなダンジョンじゃないわ。きっとね!』
「どこから、その自信がくるん···」
急にフワッとした浮遊感に襲われると、感じられる空気が変わる。
「トラップか」
気付いた時にはもう手遅れで、下りるだけだった階段は消え去り、広い空間へと光景が変わる。急に無くなった階段に、下りようとしていた足は地面に弾き返されバランスを崩す。咄嗟に周りを振り返ってみるが、もうどこにも階段は見つからない。
広い空間が広がっている事だけは分かるが、リッター達の光に照らされて暗闇の中に無数の赤い光が見える。さらにリッター達の光が奥までを届くと、赤い光りもそれに合わせて表れる。
「魔物の巣か」
『蛇の巣ね』
リッターの光で絡み合う蛇達の姿を照らし出される。ナルシス·スネーク·デンズを思わせるような無数の蛇が俺達の周りを囲んでいる。ただ、その目は赤く輝き個々が魔物であることを主張している。そして単一の蛇ではなく、幾つもの種類の蛇が混ざり蠢いている。
「蠱毒か?」
互いで生存競争をしてくれるならば、まだ対処がし易い。しかし種類の違う蛇達が鎌首をもたげて、こちらを睨み付けている。
『残念ね。違うみたいよ!』
「初めてのダンジョンにしちゃ、難易度が高すぎるんじゃないか?」
『今さら、初級ダンジョンから始めるんじゃ退屈でしょ!』
そして、俺達が準備するのを蛇達は待ってはくれない。俺達は転送罠に気付けなかったが、蛇達は魔力に導かれて獲物が出てくることを待ち構えている。これ以上は睨み合う時間も与えてくれず、蛇達が一斉に飛びかかってくる。
「アースウォール」
蛇達は最小限の動きで最速のスピードへと到達して、アースウォールへと突き刺さる。頭が急所であるはずがだ躊躇することなく飛びかかり、アースウォールがハリボテであるかのように簡単に貫いてくる。
もちろんウィスプ達のサンダーストームやブロッサのポイズンミストで迎撃しているが、弾丸のように飛びかかってきた蛇達の勢いを止めることは出来ない。
ミュラーも2枚の盾を展開し、俺もマジックシールドを展開させるが、それでも無数の蛇の弾丸はそれを掻い潜ってくる。
「キリがないな!」
『何処かに逃げ道はないの?』
“逃げ道はないわ”
今までは精霊達のスキルや、古の滅びた記憶によるスキルで、戦う場所であったり状況を選択することが出来た。しかし罠に嵌まり、圧倒的な数の前に防戦一方に追い込まれている。
相手に主導権を握られ、それに合わせた防衛手段を取るしかない状況で、さらに自分達の弱さが露呈する。
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