第267話.牢獄
パリンッと割れる微かな感触が伝わり、岩オニの魔石は砕ける。額の魔石しか砕いてはいないが、体や脚に埋め込まれた魔石も砕け、その瞬間に体からはキラキラと光の粉が舞い上がり、少しずつ体の消滅が始まる。
ゴブリンであろうとがリッチであろうが、体の消滅の仕方は変わらず幻想的な光景を見せる。
「間に合わなかったか?」
完全に魔物化していない岩オニに止めを刺すことには、どうしても抵抗が生まれる。
魔物を殺すという事は慣れてきてしまっているが、それは消滅し姿が残らないからで、殺しているという感覚を薄れさせてくれる。しかし、魔物でなければ消滅はしてくれない。必ず行動に対しての結果として、死体が残される。
元の世界では絶対にあり得ない行動に対して、躊躇わずに行動できる方がおかしい。
『大丈夫よ。岩オニの角は消滅していないわ』
ムーアが指し示すのは、ハンソが折った角。完全に魔物化していれば、折れた角であっても存在が残ることはない。しかし角は光を放つことなく、地面の上に有り続けている。
「まだまだ覚悟が足りないな」
『カショウらしいわよ。どちらかと言えば、何の躊躇いもなく殺せるあなたを想像もしたくないわ』
そう言いながら、消滅して行く岩オニの体を見守る。残されたのは、岩オニの3本の角と右腕に埋め込まれていた魔石。岩オニの象徴となる角が残るのは理解出きるが、右腕の魔石が消えずに残ったのは少し驚きでもあった。
「岩オニが残したものは、ソースイが受け継ぐべきだろう」
『そうね、それが妥当よね』
「いえ、私は闇属性。それに黒剣と漆黒の盾がありますので、どれもが不要にものになります」
「岩オニは最後に坊主と呼んだのだから、ソースイが息子であることは間違いないだろ。残された者に返してやる事は、間違ってはないんじゃないか?」
「いえそれでも、適正のないものを持っても意味がありません」
しかし、ソースイは岩オニの残したものを受け継ぐことを頑なに固持する。
『それじゃ、属性の関係ない魔石は大丈夫なのね。はいっ、これはあなたの物で決まりね』
ムーアは有無を言わせずに、強引に魔石をソースイに渡す。ただその目には、拒否を許さない迫力がある。
『はい、後はカショウが適正を見て決めてくれるわ。もう時間切れみたいよ』
そして、ムーアが見つめる暗闇の先には、岩オニによって吹っ飛ばされたオークロードが残っている。まだ、岩オニの余韻に浸る時間も余裕もない。
残された角や武器を慌てて回収するが、金棒もハンドアックスもかなりの重量がある。恐らくは、これを振り回せるのはソースイとハンソしかいないだろう。
暗闇の奥をリッターの光が照らすと、そこに現われたのは壁一面に作られたパノプティコンのような巨大な牢獄。牢獄には複数の階層があり、下は大きな部屋で上に行くに従って小さくなっている。鉄格子の役割はラーキが果たしていたらしく、所々で枯れたラーキの根が垂れ下がっている。
そして部屋の中には、今まで散々に苦しまれてきた見覚えのある石柱と鎖が残されている。
「あの石柱の数、ここでオークを増殖させていたのか」
そして石柱の中央にも枯れたラーキの根も残っている。
『ラーキから魔力も吸い取っていたなんて。ここまでラーキを酷使するなんて、ハーフリング族は精霊の敵であるとしか言えないわ!』
「大量に集めたウィプスも何か関係しているのかもしれないな」
しかし、怒りで唖然としているムーアは言葉が出ない。それに代わるようにしてブロッサが話出す。
「それだけじゃなイワ!あんな小さな牢獄にオークは入らナイ」
ゴブリンの嗅覚で、牢獄からオーク以外の様々な臭いの痕跡を嗅ぎとる。アシスの魔物だけの臭いではなく、草原で行方知れずとなった様々な種族や獣の、強烈な死臭が漂っている。
さらに真ん中の部屋には大きな穴が開けられているが、そこからは黒い靄の臭いがする。それは間違いなくオークロードが開けた穴で間違いない。
そこからは、足音が聞こえてくる。オークロードの巨大な体格からは想像できない軽やかな足音。オークロードと岩オニが潰し合ってくれるのが理想だったが、ソースイとハンソを消耗させただけでなく手の内も晒してしまった。
「さて、色々と楽しませてもらったぞ。まだ見せていないものはあるのかな?」
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