第266話.オニか魔物か
岩オニの右手と左手が争う不思議な攻防が繰り広げられるが、右手が左手を振り払うと手刀で左腕に埋め込まれた魔石を叩く。
パキッ
魔石にヒビが入ると、左手は力なく垂れ下がってっしまう。
岩オニの前腕に埋め込まれた魔石は、目のような形で3cm程しか表に出ておらず、腕の中に隠された大きさまでは分からない。しかしそれだけでも中位の魔物クラス以上の魔石の大きさがあり、簡単に破壊するとことは難しい。それを手刀で狙いピンポイントで魔石だけを破壊してしまうのは、岩オニが力だけではなく技量を備えていることを教えてくれる。
「それでも力だけで砕けるなら、上位種の魔石ではなそうだな」
『そうね。ポジティブに考えたらそうなるかしら』
そして邪魔する左手を排除すると、再び金棒に手を伸ばそうとするが、脚や体が言うことを聞かない。手を伸ばすが、体は屈まず足も曲がってはくれない。
今度は右手がガクガクと震え出し、それが全身に伝わるように広がる。
『怒りだけでなく、幾つもの恐怖の感情の声が混ざっているわね』
「岩オニと怒りと、体に埋め込まれた幾つもの魔石の恐怖だろうな」
「ヴォオオオオオオオオーーーーッ」
三度、岩オニが咆哮する。それは、怒りの咆哮でなく己を鼓舞する為の咆哮。そして右手の渾身の一撃が額の魔石を直撃する。
ドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッ
1発だけでなく2発3発と繰り返し魔石を殴り付ける鈍い音が響き渡る。額も拳も血に染まるが、それはどちらから流れている血なのかは分からない。
その奇行が繰り返される度に魔石の支配から解放されるかのように岩オニの怒りの感情は強くなる。
ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ
しかし魔石の支配から解放されても、自身の体にダメージを与えてしまっている。感情は強くなっても、次第に殴り付ける拳の力は弱くなり、そして右手の動きが止まる。
「終わったのか?」
これだけの攻撃を受ければ魔石は無事で済まないと思うが、額は潰れた肉と血にまみれ原形を留めておらず、魔石がどうなっているかは分からない。
再び岩オニの感情の声が小さくなり、怒りの感情が小さくなる。
『いや、まだ終わっていないわね。声が小さくなるだけで、岩オニの感情は変わっていないわ』
岩オニの額の魔石が怪しく輝く。血にまみれている事で、さらに不気味な恐ろしさを醸し出す。
「あれだけの衝撃でも魔石は無事なのか···」
左腕の魔石を破壊した手刀とは比べ物にならないくらいの衝撃を受けても、額の魔石が破壊出来ていない。それは魔石が上位の魔物である可能性が高く、力だけでは破壊することは難しい。せめて魔力を帯びた金棒であれば可能だったかもしれない。
遂に右腕が力なく、ダラリと下に落ちる。そして、岩オニが自身を取り戻す唯一の機会が失われてしまう。
「魔石をコワ···ハヤ···ク···ロ」
最後に聞こえた、岩オニの消えるような言葉。そして残された時間は少ない。再び岩オニの意識が消えてしまえば、また狂暴な殺戮兵器が復活してしまう。
『願いを叶えてあげるの?』
「今魔石を壊せば、岩オニの体は元に戻ると思うか?」
『残念だけど、それは難しいと思うわ』
それだけでなく魔物化し操られた事であっても、岩オニがやってきた事は理解しているのだろう。そして、済んでしまったことは元には戻せない。
「元に戻れたとして、生きたいと願っているのだろうか?」
『残念だけど、それは無いと思うわ』
そして、タカオの廃鉱でのオルキャンの姿がフラッシュバックする。オルキャンは完全に魔物と化した為に、魔石を砕かれれば存在した一切の痕跡を残さずに消滅してしまった。今ならまだ、全てではないが岩オニの存在や痕跡は残す事が出来る。
「ソースイは、どう思うんだ?」
「元の体に戻る事はないでしょう。限りなく可能性が低い話を論じても、実りは少ないかと思います」
「分かったよ。岩オニを倒す理由は、残された物を有効に使う。それで良いんだな?」
俺の言葉に、ソースイは黙って頷く。それは父親である岩オニを殺すことを肯定し、それを出来るのは俺しかいない。
まだダメージを負って動けない岩オニの額にマジックソードを突き立てるが、一瞬だけ躊躇いが生まれる。ほぼ魔物化しているが、完全に魔物となったわけではない。
「小僧、早くしろ。坊主が見ているだろ」
最後の力を振り絞った岩オニにの声に動かされ、俺のマジックソードは額の魔石を砕く。
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