第255話.解放
「お願い、私を解放して」
天井から繰り返し、ラーキの声が聞こえる。ラーキの花畑からはかなりの距離が離れているが、こんなところまでに根が広がっていることに驚かされる。
しかし、解放しろといわれてもエルフ族の寿命を糧に召喚されているのだから、俺にはどうすることも出来ない。
「俺は契約者じゃないぞ。それは出来ない」
「苦しい。もう耐えられないの、お願い」
ラーキの感情の声は、さらに切迫したものに変わる。そして、天井からは降ってくる小石に混ざり、パラパラとラーキの有刺鉄線のような根が混ざり始める。俺の魔法を受けてもビクともしなかった根は、今は手に触れるだけで粉々に砕け散ってしまう。
「黒い靄に侵された湿原の水を大量に吸ってるルワ」
ブロッサは、消滅した後に残る微かな異臭に気付く。そして、ブロッサの暗い表情が深刻さを物語っている。
「ブロッサ、何とか助けてやることは出来ないのか?」
「範囲が広すぎるし、もう手の出しようが無いくらいに状態は悪いワ。それに、今は治せる薬も無いノ」
さらに大きく天井が大きく崩壊し、そこには黒く変色したラーキの根がビッシリと付着している。
「カショウ、ボクから見ても手遅れだよ。ラーキは全てが繋がった1つの存在なんだ。これだけ枯れてしまえば、もうラーキ全体に広がっている」
ナルキは、レーシーに侵食されたことのあるだけに、どこまでが助かる限界なのかも分かっているのかもしれない。
『カショウ、もう消滅が始まっているの。諦めるしかないのよ』
助けることが出来ないのら、残された手段はラーキの言う通りに、存在が消滅する前に召喚契約を終わらせてやるしかない。
「ムーア、召喚契約を解除することは出来ないのか?」
『こればっかりは、私だけじゃ無理よ。エルフ族とラーキで結ばれた契約なのだから』
そこにコアが影から姿を現す。いつもの柔らかな笑みはなく、その表情は厳しい。夫婦の契りで俺とコアは繋がっているのだから、ラーキの声はコアにも届いている。
「こんな契約は、エルフ族族長として私は認めません!」
呟くような小さな声だが、凛とした声は精霊達に緊張感を走らせる。それは、初めて見せるエルフ族族長としての顔。
「ムーア、私なら契約を終わらせれるのね!」
『ええ、強いていえばコアでなければラーキを解放することは出来ないわ。でもクオカのエルフ族の事は大丈夫なの?』
契約解除すればオヤの草原からラーキは消え、クオカの森を守るものは無くなる。そうなれば、エルフ族もそこを縄張りにする精霊達も再び魔物の驚異にさらされる。
「このまま放置すれば、さらなる災厄が訪れます。これ以上放置する事は許されません!」
『必ずエルフ族の血が流れるわよ。そこにコアは居るとは限らないのよ!その覚悟はあるの?』
「私がクオカの街を出ていたからこそ、この事態に対応出来たのです。そうでなければ、もっと大変な事になっていたわ。それに、クオカにはダビデ兄さんが居る」
それでも、ムーアの顔は厳しく納得していない。
「ムーア、コアの覚悟も十分に分かったから、その辺でいいだろ」
『いえ、まだダメよ!肝心の事を聞いていないわ』
「私が一番に優先するのは旦那様よ。それに偽りはないわ」
その答えにムーアは頷くと、御神酒を撒き祈りを捧げる。
『コア、今ならば僅かだけどエルフの寿命が残る。それはどうするつもりなの?』
「そうですね。余った寿命は、ラーキの種として残してください。それであれば、対等な契約になるでしょう」
『やっぱり優しいのね。まあ、私は嫌いじゃないわ』
ラーキの種が残れば、再びラーキの畑をつくれる可能性は残る。ただ今までのように、放置するのでなく自分達で手間暇かけて育てなければならない。
そしてムーアの祈りが終わると、目の前にラーキの精霊が現れる。
「ありがとう、新しい契約者さん。私の名付けをお願いするわ」
「えっ、どういう事なんだ、ムーア!ラーキに、一体何をしたんだ?」
『このままだと契約は解除されるけど、ラーキの消耗は激しいわ。助けてあげるには、この手段しかないわ』
「確かに、旦那様は助けてやれないかと仰いました」
ムーアとコアが揃ってニヤリと笑みを浮かべる。
『早く名付けしないと、生き埋めになるわよ!』
「ミクだよ、ミク」
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