第188話.チェンの憂鬱

「エルフ達をどうにかして欲しいっす。もう、あっしには手に負えないっす!」


「だってな、フタガの領主への依頼だろ。だったら俺には関係ないし、与えられた仕事は全うしないとダメだろ!」


「だけど、カショウの旦那に会わせろって毎日来るっすよ。あれは普通の目じゃないっすよ」


「あの爺エルフか。せいぜい足元を掬われないように頑張ってくれよ。何かあっても、俺達は関係ないから大丈夫だけどな!」


「爺さんエルフは、俺のことを見下してくるんすよ。まるで虫ケラでも見るかのように!」


「まあ蟲人族だから、あながち間違ってはないんじゃないか」


「旦那まで、あっしの事をそんな風に言っちまいますか?だけど、そんな事を言えるのは、今だけっすよ。爺さんエルフなんて比べ物にならない相手っすよ。まあ、旦那にしたらカワイイもんでしょうけどね」


「んっ、爺エルフの事じゃないのか?あの爺さん以上に食わせ者は、そうそういないだろう」


「毎日旦那に会わせろって来る奴がいるんすよ。毎日じゃなくて、しかも朝夕の2回!」



 俺が天之美禄で意識を失っている間、俺はクオカのエルフの町の外れにある家に連れてこられている。


 クオカの町の外壁とは、精霊樹を囲む壁になる。今までに、クオカの住人以外で迷いの森を抜けてきた者はいない。その為、精霊樹から離れれば離れる程に安全な場所といえる。クオカの町でも族長の住居は精霊樹から最も離れた場所にあり、迷いの森を抜けると真っ先に族長の家にたどり着いたのはそのせいである。


 そして俺達が居る場所は、主に族長やエルフ族の住居がある場所と精霊樹を挟んで反対側になる。この場所は、主に狩猟や採取を行う為の森になる。ここは食料等を一時保管する為の家で、近くに住むエルフは居ない。


 何故ここに連れてこられたかには、幾つかの理由がある。


 1つ目は、俺達の身を守るため。エルフ族は排他的で、余所者には敏感に反応してしまう。精霊樹の危機を守った功労者であっても、部外者や他種族を嫌悪するエルフは多い。

 さらに、俺とソースイの叫び声があまりにも酷すぎたらしい。何も知らないエルフであればドーピング魔法の後遺症ではなく、リッチと戦った代償で呪われたとしか思わない。

 それ程までに与える印象が悪く、呪いが広がる前に処分すべしという過激な者が出てもおかしくない。


「そんなに、俺とソースイは酷かったのか?」


「旦那の方が、圧倒的に酷かったのかすよ。楽にしてあげた方がイイんじゃないと思うくらいに!」


 ムーアを探すが、どこにも見当たらない。それが事実であると証明している。


 2つ目は、洞穴の中で起こった事を秘匿するため。爺エルフの性格なら、少しでも他の種族より有利に立つ為の材料とするだろう。それに急に現れた迷い人が、しかも単独で精霊樹の問題を解決したとあってはエルフ族の面子が立たない。


「それなら、良くあるような話じゃないか?特別な事じゃないだろ」


「旦那、1番の理由は3つ目の理由なんすよ。もうあっしは限界なんで、旦那に任せやしたよ!」


 その時外から、コアピタンスと爺エルフの声が聞こえてくる。


「姫様、それだけはなりませんぞ!」


「うるさい、爺が悪いのでしょ。今日こそ、エルフ族族長として、ハッキリとケジメをつけます!」


 そして、チェンは後退りしながら玄関扉の方に近づいてゆく。嫌な予感、胸騒ぎ、冷や汗、五感ではない何かが異常を知らせてくる。


「チェン、待て!」


「旦那、後は任せやしたーーっ!」


 そう言うと玄関扉を開け放つ。凄い勢いで部家の中に飛び込んで来るコアピタンス。それを追いかけてくる爺エルフと、逆に遠ざかってゆくチェン。


「逃げたな!」


「逃がしませんわ!」


 俺とコアピタンスの声が重なる。朝夕の2回、毎日欠かさず俺に会い来ているのは···コアピタンス。


 チェンの言った、”旦那にしたらカワイイもんでしょうけどね”。後で、どんな意味で言ったのかハッキリさせないといけない。この落とし前は必ず付ける!


 しかし今は目の前にいる難敵と、どう相対するか。そしてコアピタンスは何を取り出そうとしている。


「姫様、それだけはダメです。それだけは、なりません」


「何を言う。元は爺が悪いのでしょう、私はその責任を取るだけです!エルフ族族長たる者が、簡単には約束を違えるようでは示しが付きません」


 そして取り出した物を頭に載せる。

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