第189話.エルフの矜持
「これで、どうかしら♪」
目の前には、ネコ耳姿のコアピタンスがいる。取り出したのはネコ耳カチューシャで、自信ありげな声とは裏腹に、顔はかなり紅潮して恥ずかしいのがありありと伝わってくる。
そして膝を付き、崩れ落ちる爺エルフ。
「うああっ、何て事に!姫様は穢れてしまわれた。もう、エルフとしての矜持はないという事なのか?」
「これで、問題はありませんわね。今日から私もカショウ様の下女でございます!」
「姫様、それはなりません!エルフ族族長ともあろう方が、こんな迷い人でどこのヒト族とも知れぬ男の下女に成り下がるなんて。絶対にあってはなりませんぞ」
「カショウ様に協力をお願いしたのに、何故責任を取らせようとする声が上がるのですか?約束を違えたのは、私達の方ですよ。その代償はエルフ族族長の地位、忘れたわけではありませんよね?」
「姫様の命令は違えたかもしれませんが、私が送った手紙に間違いはございません。ですので、カショウ殿との約束を違えた事にはなりません」
そこで初めてコアピタンスは気付かされる。手紙は爺の書いたものにすり替えられているのだと。
「爺、私の手紙を偽ったのですか?」
「エルフ族のためを思えばこそです」
そこに絡んできたのは、下風に立つ事を良しとしないエルフ族のプライド。そしてコアピタンスの本音で書かれた助けを求める手紙は、爺エルフによって建前の責任を取れという内容に変わってしまっている。
「そんな理屈が通ると思うのですか?」
「しかし、契約にも問題はありませんぞ」
そう言うと、爺エルフはムーアの方を見る。そしてムーアも何も言わずに、縦に首を振り爺エルフの言葉を肯定する。
「そんなのは詭弁です。私はもう族長を降りたのです」
「また、そんな我が儘を。エルフ族を率いるのは、姫様しかおられません」
「ダビデ兄さんが居るでしょう!」
「あんな奴はダメです。正統な血筋ではありません!」
「ディードも居るのよ。族長に相応しいのは兄さんの方よ!」
「ディードは危険過ぎます。きっとエルフ族を破滅へと導きます。絶対にそれはなりません!」
「あのさ、もう解決したのかな?この家を借りてるのは分かってるけど、終わったならもう帰ってくれないか?」
俺の突き放した言葉に、コアピタンスの瞳が潤み始める。
「カショウ様まで、そんな···。もう、こうしてやる」
両手を広げ、手の平をゆっくりと頭に近づける。今にも泣き出しそうな顔だが、強い覚悟を感じる。
「姫様、それだけは絶対になりませんぞ!」
「爺、これが私の覚悟です」
「姫様、姫様、姫様ーーーっ!」
そして、コアピタンスが自身のエルフの耳を隠す。
「うあああーーーっ、姫様が、姫様が狂ってしまわれた!」
俺は今、何を見せられているのだろうか?ネコ耳カチューシャを付けたエルフが自分の耳を隠し、それを見た爺エルフが発狂しそうになっている。
「カオスだ···」
『カショウ、あなたは大変な事をしてしまったのよ。ちゃんと責任を取れるの?』
「何の?どうして?」
『良く聞いて。エルフの矜持ともいえる尖った耳を否定したのよ。あまつさえ、私の耳はネコ耳よと他種族の耳を受け入れたの。それもヒト族であるあなたに迎合してね!』
「それって俺の責任なのか?」
コアピタンスの目からは今にも涙がこぼれ落ちそうで、紅潮した顔は一瞬にして青ざめてしまっている。
『カショウ、厳しい事を言うけれど生存競争をしているのよ。途中段階がどんなに良くても、問われるのは結果が全てでしょ。結果がダメならそこで終わり。予期せぬ結果であっても、こちらに利があるなら迷わず受け入れるべきよ。そうじゃないかしら?』
腕を組んで勝ち誇ったように、俺を見下ろしてくる。身長はムーアの方が少し大きいくらいだが、何故か物凄く大きく見えてしまう。
「俺にどうしろって言うんだよ」
『今にも心が折れて壊れてしまいそうな、エルフの姫様がいるのよ。後はあなた次第じゃない♪』
しかしムーアが俺をそそのかす声に、先に反応したのは爺エルフ。はっとしたのか、急に立ち上がると大きな声で叫びながらコアピタンスに向かって走り出す。
「それは、ならん!ヒト族に迎合してネコ耳になったなんぞ知られては、エルフ族にとっての汚点でしかない。ましてやネコ耳なんて、絶対にあってはならん!」
俺もムーアも嫌な予感がしたが、叫び始めた爺エルフを止める事は出来ない。
「ネコ耳絶対なの!馬鹿にする奴は許さない!」
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