第158話.作戦名ハンソ

 無属性は無臭なのか···。自分自身を気にしたことがないから、感じなかったが、確かに臭いはしない。

“臭い”というべきか“匂い”なのかは悩ましいが、嗅覚スキルでも何も見えてこない。


 なぜかクオンが出てきて、俺の匂いを嗅ぎに出てくる。もちろん匂いはしないが、それだけに俺の身体に顔を近付けてくる。しかも暗闇の中で、妙な背徳感を感じる。

 俺は何もしていないし、どちらかと言えばされた側のはずだが、嫌な視線を感じる。


『カショウさん、だだ漏れですよ。しっかりして下さいね』


 暗闇でハッキリと見えていないはずだが、俺の心の声は精霊達には伝わっているみたいで、ムーアの丁寧な口調が恐ろしい。


「触手が臭いを感じているなら、光は大丈夫なんだろ。取り敢えず、光を頼む」


 半ば強引に話題を変えて、ウィプス達とリッターを呼び出すが、目の前に立つムーアの笑顔が怖くて思わず視線をを反らしてしまう。


「なあブロッサ、オネアミスの毒に火は危険なのか?」


「爆発を起こすから、火は絶対ダメ。ましてや洞穴の中だから逃げ場はナイ。だから私に任セテ」


「そうだな、毒は毒の専門家に任せるよ」


『カショウッ、見て!』


「ハイッ」


 機嫌の悪かったムーアの突然の呼び掛けに思わず直立してムーアの方を見てしまうが、俺の行動は直ぐに指差しで否定される。


『私じゃなくて、あれ!』


 そこには、崩れ落ちたアースウォール。そして、その奥には今までは無かった溝が出来ている。


「もしかして、あれって」


『たぶん、そうじゃないかしら』


 酸が落ちた場所は、ぽっかりと穴が空いている。あの僅かな時間で、俺の身長以上の穴が出来てしまっている。


「オネアミスの毒だけじゃなくて、酸も危険だぞ。よく俺のアースウォールで持ちこたえられたな」


『カショウの魔力で出来たアースウォールだから大丈夫だったのかもしれないわね。どう思うガーラ?』


 ムーアに話を振られる前から、ガーラは興味深そうに溶けたアースウォールと地面の臭いを嗅いでいる。そして何回か舐めたかと思うと、合一の大樹の時のように躊躇いもなく齧り始める。


「洞穴の土、溶けやすい」


 そう言うと、急にブレスレットの中に戻ってしまう。


「エトッ、エトッ、エトッ······ントーーッ」


 ブレスレットの中で、ハンソの嫌がる声が聞こえ、最後は悲鳴に変わる。そして、何事もなかったかのようにガーラが姿を現す。


「ハンソ、溶けない。大丈夫!」


『そう、溶けないハンソを囮にして、カショウが本体を仕留める作戦ね。オネアミスの毒はブロッサに任せれば、十分行けそうね!』


 俺は何も言っていないが、俺の後ろにブロッサが並び、さらに精霊やソースイ達が続くように並ぶ。これ以上の代替案がなければ、多数決をひっくり返す事は出来そうにもない。

 そして、1番の活躍の場を与えられたハンソを召喚する。


「ントッ、ントッ、ントッ、ントッ」


 必死に何か訴えかけているが、いつも通りで何を言っているか分からない。良き理解者であるソースイも、こちらから顔を逸らしている。もう、ハンソもどうする事も出来ない。



 その間にも、目の前を何本もの触手が通りすぎ、絡めとったスケルトンを抱えて戻ってゆく。ガシャガシャと音を立て逃げるスケルトンは急激に数を減らし、本体の近付く音が聞こえてくる。


 ズザザザザッ、ズザザザザッ、ズザザザザッ


 体を引きずるような音をたてて移動速度は遅い。さらに、触手に絡めとったスケルトンを捕食しているから、時折止まり動かなくなる。それでも確実にこちらへと近付いてきている。



「ントッ、ントッ、ントッ、ントッ」


 もう時間はないが、ハンソはいつものフレーズを繰り返している。


「ハンソ、俺がウィンドトルネードで触手を出来るだけ切ってやる。後は3つの中から好きな方を選ばせてやる」


 1つ目は、通路に出て左に行く方法。囮になるが、まだ残っているスケルトンもいるか。直接狙われるのは可能性は低いが、スケルトンと一緒に逃げる事になる。


 2つ目は、通路に出て右に行く方法。酸はハンソを溶かす事が出来ない···らしいから、積極的に攻撃に出て、囮の役割をする。


 3つ目は、俺のウィンドトルネードと一緒に本体に飛ばされる方法。酸に溶かされないなら、攻撃手段としては申し分ない。


「ハンソ、どうする。どれを選ぶ?」


 3つという時点でハンソの意思は関係なくなっているが、ハンソが気付く事はない。

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