第157話.オネアミスの毒

 あまり使うことがなかった気配探知だが、改めて使えるようになっていて良かったと感じる。

 微かにする刺激臭だけでなく触手が膨らみを感じた事で、何かを出そうとしているのが分かった。刺激臭という事は酸あたりだろうと予想がつくが、この距離からでも感じられる臭いは、かなり危険である事は間違いない。


「アースウォール」


 触手から酸が放出される前に、通路を塞ぐ程の壁を作り出す。幸いにも触手から吐き出された酸は、ミストやブレスではなかったのでアースウォールに阻まれてしまう。しかし酸に触れた瞬間に、アースウォールはブシュブシュと音を立てて溶け始める。30cmはあった壁は波打って歪み、アースウォールではなくカーテンのような状態で立っている。もう次の攻撃には耐えられそうにもない。


 次に備えて、自然と精霊樹の杖を握る手に力が入る。まだマジックシールドでは小さくて全体をカバー出来ないから、今は魔法で対抗するしかない。

 土属性は相性が悪く、水属性は酸を薄めてはくれるが床全体に広げてしまう。風属性でも撒き散らすだけになるだろうから、火属性しか方法はないのか?


「守るか、攻めるか···」


 ボソッと呟いた言葉に、楽しそうにムーアが反応する。


『あら、逃げる選択肢はないのね♪』


「後退りしたヤツはいないだろ。これでも気を使ってるんだぞ!」


 気配探知スキルで壁がグニャリと崩れ落ちるのが分かる。覚悟を決めて精霊樹の杖に魔力を流すが、触手は俺達に気付く素振りを見せずに、追い越していゆくスケルトン達を追いかけ始める。


「壁が崩れたのを、俺達が倒れたと勘違いしてくれたか?」


『そうね、暗闇に棲む魔物が何を感じ取っているかが分かれば、対応しやすくなるわね』


「普通なら熱とか音だったり振動なんだろうけど、それなら俺達を見逃すはずはないよな」


「カショウ、火は使わないデ。多分理由は、この臭いのせいヨ!」


 そこにブロッサが入ってくる。今まではあまり会話に入ってこなかったが、ヒト型になってからは積極的に会話に入ってくる。もともと好奇心が強く、迷いの樹の毒を身体に取り込んでしまうくらいだから、これが本来のブロッサの姿なのかもしれない。


「下がっていて、危ないわ」


 そう言うと、ブロッサが崩れたアースウォールの前まで進み、大きく深呼吸しする。


「デトックス」


 そして魔法を唱えると、漂ってた刺激臭が無くなり、地面から聞こえていたプスプスという音が止まる。


「これで、大丈夫よ!」


「ブロッサ、何が起こってたんだ?」


「オネアミスの毒ヨ!」


 触手が放ったのは酸で間違いないが、問題なのはアースウォールや地面を溶かす時に発生した気体。酸の刺激臭に消されてしまうが、僅かに甘い臭いが混ざっている。しかし、酸の臭いがなくても分からない程の微かな臭いでしかない。


「よく分かったな。俺の臭覚スキルでも、ブロッサから言われて初めて気付けるくらいの微かな臭いだぞ。それを吸ったらどうなるんだ?」


「全身の肉がただれテ、一瞬で溶け落ちるワ。スケルトンの出来上がりネ」


「臭いを感じ取れたって事は···、少しは俺も吸ってる事になるけど?」


「多分、カショウは大丈夫。無属性の身体には、毒がどんな影響を与えようとしても与えれるものがナイ。私がどんな毒を持ち込んでもカショウは平気だモノ。心配ならオネアミスの毒を再現してみるから吸ってミル?」


 冗談かと思いたいが、ブロッサの声は真剣そのもので、それもかなり本気っぽい。


「それは遠慮しておくよ。今は時間がないしな!」


「そうね、それは残念ネ。今度ゆっくりと実験しまショウ♪」


 暗闇の中だが、ブロッサの目が輝いている気がする。というか、少なからずもう実験しているのだと思う。その中でもオネアミスの毒が、どの程度に位置付けされているのかは怖くて聞くことが出来ない。


「触手は、オネアミスの毒さえ発生すれば大丈夫という絶対的な自信のあるってわけか」


「私も経験したことがあるから分かるけど、大抵の生き物は死んでしまうくらいの結構厄介な毒ヨ。だから、あの触手は私たちの事を確認しなかっタ」


「つまり触手は、臭いが分かるって事だな」


「臭いを消す方法があれば、触手は気付く事が出来ないのか。試してみたいけど、イイ方法は思い付かないな」


『それなら、簡単ね。カショウが近付けばイイのよ!』


「ムーア、なんでそうなるんだ?」


『だって、無属性のあなは無臭よ。私たちはどうしても属性を帯びているけど、あなたなら心配いらないわ。自分の臭いを嗅いでご覧なさい!』

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