第106話.ハーピークイーン②

「欲しいなら、喰わせてやるよ」


 ハーピーロードの剣羽根に削られた姿は、少しだけ昔の面影を感じさせる。それでも尚、ハーピークイーン身体は肥大しており、その獰猛さは失われていない。剣羽根を全身に浴びながらも、大きな口を開けて喰らいつこうとしてくる。


 俺は右手をハーピークイーンの前に差し出す。そして、ハーピークイーンが喰らいつくというよりは、俺が握りしめた拳を口へと突っ込む。

 もしこれが、喰らいつかれたならクオンやムーアが黙っては見ていないだろう。しかし、今は俺の強い意思で、ゆっくりと口に拳をねじ込む。


 ハーピークイーンも、俺の挑戦にそれなら喰らってやるとばかりに飲み込もうとしてくる。


「全部思い出して、素直になりやがれ!」


 俺が右手に魔力を流すと動きが止まる。


「テンプテーション」


 さらに魔力を流すと、ハーピークイーンの力が少しずつ抜けて、最後は力なく崩れ落ちる。口から抜けた俺の右手の拳は真っ赤に染まり、あり得ない形に変形している。

 右腕はだらりと垂れ下がり、握りしめていた拳からラミアの魔石が落ちる。


 ハーピークイーンも好きで同族を喰らっている訳ではない。そして、記憶の中で見せた笑顔と黒翼を見た後の悲しげな顔。

 避ける事の出来ない至近距離で、感情を揺り動かされたハーピークイーンは、憎悪の感情から解放される。


 止めを刺すなら、ダークの操るマジックソードでも問題ない。しかし、ハーピーロードの記憶を吸収し背中に黒翼がある俺が止めを刺すべきだと思う。


 少しずつ回復するといっても右腕の怪我は直ぐに治るレベルではない。水平に伸ばし動くとこを確認する。痛みというより痺れた感覚がするが、これくらいなら大丈夫だろう。


「マジックソード」


 より硬く、より鋭く。一瞬で終わらせる為の詠唱してのマジックソード。それをハーピークイーンの魔石目掛けて突き刺す。ハーピーロードを倒した時に、魔石の場所は見ている。


 マジックソードが魔石を貫くと、最初にハーピークイーンの肥大した身体が弾け、中から細身の姿が現れる。ハーピーロードの記憶の中で見た、本当の姿のクイーン。

 それは、ハーピーロードの記憶が嘘ではなく本当である事の証明でもある。そして黒翼がクイーンを抱きしめるように包み込むと、 魔石が砕け散り本当の消滅が始まる。





「お嬢様、もう無理しなくて良いのです!」


「でも、奪われたものを取り戻さなければなりません。これは我ら一族の願いです。今生きている者達だけでなく、襲われて亡くなった者、自信の身を捧げて亡くなった者、全ての者達の為にも!」


「今はもう誰も望んではいないのです」


「そんなはずはないわ!」


「我らは、お嬢様の笑顔を奪ってしまいました。失って始めて気付かされたのです」


「そんな事を言われても。沢山の者の命を奪ってきたのですよ。それなのに、それなのに、今さら私にどうしろと言うのですか?」


「もう、終わりにしましょう。沢山頑張ってきました。だけど、もう頑張る必要はないのです」


「何故、どうして、そんな事が簡単に言えるのですか?」


「後は、この者達に託しましょう」


 精霊と融合した不思議なヒト族。相反する魔物と精霊を吸収しても、共存しているという事実。

 そして俺のブレスレットの中にも、沢山の精霊が居る。相反する属性や相性の悪い属性の精霊も存在するが、何故か不協和音は生まれない。

 実際に触れてみて分かる、今までには無い不思議な感覚が、何かを予感させる。


 ハーピークイーンの顔からは大粒の涙が流れている。解放された事なのか、悔しさなのか後悔なのか、複雑に感情が要り混ざるが、黒翼に包まれると2人の姿はゆっくりと消えてなくなる。





「終わったよ」


『その顔は、スッキリしたみたいね」


「これが良かったかどうかは分からないけど、後悔はないよ」


『これから、どうするの?』


 最後に現れたのはハーピークイーンの本当の姿。証明することは出来ないが、ハーピーロードの見せた記憶も間違いない事実であり、少なからず迷いが生じる。


「“愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ”だったかな?」


『何、それ?』


「俺の世界の、偉いさんの言葉だよ。他の奴の失敗を見て考えろって事だったかな?」


『どういう事?何が失敗で、何が成功かも分からないわよ』


「よく考えてら、必ず最初に経験する奴が必要なんだよ。だったら俺達は、その最初なんじゃないか?そこには失敗も成功もない」


『だったら、進むしかないわね』

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