第46話 穴あき


 カミラとノヴィナーガ。

 不良と悪。

 

「ひはは、随分イカした女じゃねえの。レベルも50越え。怖い怖い。だが、オイラたち男の領域に踏み込むのは、でしゃばりすぎだぞ?」

「何が男よ。なら、あんたの玉を砕いて、女にしてやろうかしら?」


 世の常識からはみ出した二人がぶつかった。


「ひははははは、やってみろい! 『地獄魔法』炎熱地獄!」

「ウィンドストーム!」


 突如、炎と暴風が真っ向からぶつかりあった。

 ノヴィナーガの手から発せられた業火とカミラの生み出した業風。


「っつ……これが、かつて魔王ノヴィヒドが使ったと言われる、伝説の魔法。『地獄魔法』?」


 カミラの起こした暴風は確かに炎をかき消した。

 だが、全てを消し去ったわけではなかった。


「お姉ちゃん! ……うっ」


 その地獄の爪痕は、ハッキリとカミラに刻み込まれていた。

 カミラの黒棒を持つ右腕が、大きな火傷で黒ずんでいた。


「ありゃりゃ……乙女の柔肌にやってくれんじゃない……にしても、あんた……レベルいくつ?」

「ひ・み・ちゅ♪」

「あっそ……なら、ボコった後に鎧をひん剥いてから確認するわ!」


 カミラの表情は笑ってはいるが、脂汗のようなものが全身から溢れ出ている。


「いーねー、気の強い女は。簡単に、泣いて媚びてくれるなよ?」


 歪んだ笑みを浮かべ、ノヴィナーガはカミラを手招きする。


「来な。久々のタイマンだが、段違いだってのを教えてやるよ」

「ッ、たかが四階のくせに、未来の最上階を見下ろすんじゃないわ!」 


 カミラが動く。


「ジャイロスラスト!」

「おほっ、こりゃあすごい」

「ッ、躱した!」


 高速回転の突きを連続で繰り出す。

 ノヴィナーガはヒラヒラと躱す。

 しかし、当たらなくとも止まることはない。それどころか、カミラの突きが加速していく。

 その怒涛の攻めに、ノヴィナーガは一切の手出しができない。


「すごい、さすがカミラ様!」

「魔王が一切近寄れない」


 傍目に見れば、カミラが圧倒しているように見える。だが、実際はそうではない。


「違う。お姉ちゃんは既に全力の突きを放っている。でも、魔王は傷一つ負わない」


 攻めているのはカミラだが、余裕があるのはノヴィナーガであると、マキナは見抜く。


「チンピラの剣やケンカとは違う。荒れてるようで、実はかなり洗練された動きだね」

「そう? 伝説の槍使いが家族に居たもんだからね」

「なるほど。だが、所詮は鉛玉一発いくらの価値しかねえ」

「はあ?」

「世界の価値観をひっくり返すほどのものはねえ」

「魔王なんて太古の異物の名を受け継ぐあんたに言われたくないわね!」


 カミラが腰を捻り、全体重を乗せた一撃を放つ。


「暴風を纏いし一撃! ジャイロインパクト!」


 一撃決まれば、粉々に相手を砕くほどの勢い。

 だが……



「お姉ちゃん、気を付けて! そいつの持っている―――」


「ッ!?」



 マキナが叫ぶ。その瞬間、カミラは眼を見開いた。


「ばきゅーん」

「っ!? せいっ!」

 

 ノヴィナーガの手にいつの間にか握られていた短筒。

 それを見た瞬間、カミラは咄嗟にノヴィナーガの手首をはじきながら距離を取った。



「おっ……」


「ふぅ……なに? その筒。なんか嫌な予感がしたんだけど……そして……なんか小さいものが飛び出したように見えたけど……」


「へぇ~……妹と違って勘が働くんだねぇ。大したもんだ。」



 武器を見破られたノヴィナーガ。だが、笑みは変わらない。

 構わず短筒をカミラに向ける。


「ほれ、ばきゅーんばきゅーんばきゅーん」

「くらうか!」


 筒から放たれる小さな礫。それをカミラは黒棒ですべてを弾いた。


「なんか良く分かんないけど、種が分かっちゃえば見切れないこともないわ!」

「へ~、さすがファンタジー。ニューナンブじゃダメか……なら」


 マキナと違いその実践経験豊富ゆえの勘やレベルでノヴィナーガの武器攻撃を弾くカミラ。

 だが、ノヴィナーガは笑みを止めることなく、短筒をあっさりと投げ捨て、次の瞬間何もない空間からその手に新たな道具を……


「アサルトライフルで♪ ばきゅーんから~、ズドドドドドド!」

「ッッ!?」


 礫の激しい連射。先ほどとは比べ物にならない威力の。

 まるで壁のように押し寄せてくる礫。だが、カミラは……



「なろおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「おっほー! やっる~!」



 黒棒を風車のように勢いよく回して、それすらも弾く……が……


「うおおお、すげーぞ!」

「カミラティ姫が……カミラティ姫が帰ってこられた!」

「姫様! どうか、そのお力で魔王を!」


 カミラの奮闘に、絶望に染まっていた民たちの表情に希望が見え、歓声が上がったそのときだった。


「ひははは、ここでウゼーパンピー共をドドドドド♪」

「ちょっ!?」


 ノヴィナーガは次の瞬間、その手に持っていた武器を周りにいた民へ向けて放ったのだ。

 これには予想外だったカミラは、慌てて駆けだす。

 考えたわけではなく、無我夢中で飛び込み……



「あら、お人よし♪」


「お姉ちゃんッ!?」


「「「「「あ………………」」」」」



 民たちの前に飛び込んだカミラ。


「が、あ、ああああ!?」


 放たれた攻撃を弾く余裕などなかった。

 露出した肌を数多に裂いて、穴を空け、大量の血にまみれてカミラは倒れこんだ。



「お、お姉ちゃん! い、いや! お姉ちゃん、お姉ちゃん!」


「「「「「ひ、姫様ああああああああ!!!???」」」」」



 次の瞬間、民も兵士も関係なく発狂したような悲鳴が街中に響き渡った。

 その声を全身に浴びながら……



「血統も魔力も伝説すらも、鉛玉で壊せちまう。この世界の価値なんざ、そんなもんだよ……だけど、それでいい! 前の世界でできなかったことを、この世界では何のためらいもなくできる! 試せる! 実行できる! 絶望と怨嗟の声をいくらでも聞ける! あはぁ♥」



 両手を広げて、ノヴィナーガは恍惚な表情を浮かべた。


「つっ、ぐっ……あ、がは……」

「……ん? お?」


 倒れこみ、夥しい血を流しながら僅かに動くカミラ。

 その様子に気づいて、ノヴィナーガは感嘆した。


「おっほ、すげ。魔力で強化したアサルトライフルをフルオートでくらって、即死どころか息あるとはな。流石にガンジョーだねぇ、この世界の女も。ベッドの上ではどいつもこいつも柔らかいくせによ~」


 自分の意思では立とうとしているのに、立ち上がることができない。それどころか、血がまるで止まることなく、カミラの意識が遠のき始めた。


「な、なんなの? ずいぶん恐ろしい武器ね……」


 ノヴィナーガは、引き金に指を入れてクルクルと回しながら、ニタニタと見下ろす。


「銃で撃たれて泣き叫ばないのは流石だね。普通は極道でも泣き叫ぶほどだ。だが……」

「えっ……?」

「女のクセにその反抗的な目は、イラっとくる」 


 次の瞬間、さらに乾いた音が響いた。


「つあああああああああ!」


 ただでさえ動かないカミラのもう足、そして腕が撃ち抜かれた。


「あ、あぁ……なんてこと……お、おねえちゃん……」


 顔を青くし、ついにはその瞳に涙を浮かべるマキナ。

 それでさらに気を良くしたのか、ノヴィナーガの笑みは止まらなかった。


「うう……ぐう……あ……が……」


 瀕死のカミラ。全身が痙攣したかのように跳ねている。


「カミラティ様ああああ!」

「よくも姫様を……殺してやるゥ、魔王!」


 怒り狂った騎士達の剣も魔法もノヴィナーガまでは届かない。


「オラァ、魔王はあんなに活躍してんだ! オレらもやんぞ!」

「オオオオオ!」


 ノヴィナーガがカミラを倒したことで士気が上がった階段組織たちが立ちはだかる。

 マキナも何とか戒めから逃れようとするが、鎖が皮膚に食い込むだけだった。

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