第27話 ヤル気が出てきた

 カミラはジャラジャラとした袋に頬を擦りながら、ご満悦だった。


「んー、ザッコーダの賞金は手に入ったし、しばらくの生活費は大丈夫ね」


 宿屋や周囲に被害を与えぬようにとザッコーダを遠くへぶっとばしての一騎打ちを行ったカミラ。

 結果的に傷一つなく完勝し、さらにはザッコーダを討伐した賞金を手にしてご機嫌だった。


「さすがにレベルは上がらなかったか~……50まであと一つ……エイセイと1エッチすれば……かァ……う~……」


 階段組織として成り上がろうとするカミラにとって、レベルとは重要な要素。

 そして、一つ上の階まであと一歩というところ。

 そんなカミラにとって「英成と1回セックスすればレベルが1上がる」というのは悪魔の誘いのようであり、頭を悩ませた。


「エイセイか~……ま、ただのスケベ野郎ってだけじゃないかも? だけど……わかんないけどな~……っと。とりあえず、これでオルタに何かおいしいお菓子でも買って、じっくり考えようか……って、アラ?」


 そんなカミラが宿屋へ帰ろうとしたところ、宿屋の前に人だかりが見えた。


「なんだろ? エイセイとセツカがド派手にザッコーダの部下を蹴散らしたのかな?」


 カミラは気になって中をのぞき見る。

 すると……


「あれって……エイセイに……アクメル? エイセイったら、何をしてるの? うわ、ボロボロ! しかも、セツカも……って、なんで!? 戦ってるの!?」


 カミラは、慌てて帽子を深々と被って、顔を隠した。


「おっと、アクメルに見られたら、流石に私の正体もバレるし……どういうこと? ってか、どういう状況なの?」


 カミラがこそこそと覗き見る。

 そこには地面に突っ伏して顔を腕で覆い隠している英成、そして刹華がいた。


「くそ……なんだよこいつ……つえーよ……マジでつえー……刹華……無事か?」

「大丈夫です……美人に対して容赦ないものです……」


 まるで歯が立たない。

 それは、英成と刹華両方にとって生まれて初めての経験だった。

 かつて街では最強の一人だった英成に、あらゆる武道の大会で全国クラスの実績を持つ達人の刹華。



「俺はたった一人で四王者の地位に登った。立ちふさがる奴は握り潰す。テメェの力だけで俺は登ってった。なのに……なんだよこのザマは……なんだったんだ……あの街の俺は……」


「これが異世界……いずれ異世界に行けた時に大活躍できるよう幼少期より積み重ねてきた私の武が……修練が……一切……」



 英成だけの誇り。

 刹華の積み重ねてきた自信。

 その全てがアッサリと砕け散った。


「そう落ち込むことはないぞ? 我より数歳年下なのだと思うが、それでレベル20以上は大したものだ。ただ、相手が悪く、そして貴様らの戦いへの想いが軽かった……それだけの話」


 傷一つつかず、汗一つかかず、剣士でありながらもその剣を使わずに拳だけで英成と刹華を制圧したアクメル。

 その「これ以上反逆は許さない」と感じられる、全身から発する威圧感に、英成と刹華は寒気がした。



「けっ……この世界には何一つ俺の知るものがねえ……そう、思ってたが……その人を見下した眼だけは知っているとは……皮肉なもんだぜ……」


「私は人生で初めてですよ……ここまで手も足も出ずに人から見下されるのは……」



 顔を上げた英成と刹華の目の前に立つアクメルは吠える。



「貴様らには、何の重さも感じぬ!」



 アクメルの声が英成と刹華の背中に重くのしかかった。



「十八年前、『魔王軍団組織』に立ち向かった『勇者一味組織』を始めとする、全世界の戦士達の壮絶なる戦い、そして多くの犠牲により掴み取った正義の勝利! 我は、いや、我々はそんな彼らの掴んだ勝利のもとに今を生きているのだ! だが、この世には未だにそれを汚す者共が溢れている! 増え続ける階段組織や魔王軍団と同じ十階組織や高階組織! 挙句の果てには一年前には『真魔王』を名乗り『真魔王軍団』を立ち上げるような馬鹿が現れる始末! その馬鹿どもの犠牲になるのは罪なき今を平和に生きる者たちだ! 何故彼らが犠牲にならねばならぬ! なぜ貴様たちの欲望のために不幸になる者が居る! 許されるはずがない! だから守るのだ! 全てのものから全ての人を守るのだ! それが我の騎士道であり―――」


「おとーさんとセツカママを怒るのもケンカもメー! アクメルのばかー!」


「しめいッ……ええっ! ようやくキメるとこだったのに!」



 涙でクシャクシャのオルタにアクメルの演説が遮られたのだった。

 小さな体でめいっぱい両手を広げ、震えならがもオルタはアクメルを睨んだ。


「あ、いや、少女よ、そのだな、貴君が父を慕う気持ちは素晴らしいが、人は悪いことをしたら誰かに怒られなければならぬのだ。だ、だからな、こ、これは貴君のためでもだな」

「おとーさんは、ワルじゃないもん! セツカママもぜんぜんワルじゃないもん!」

「な、なに?」

「おかーさん言ってたもん。おとーさんは寂しがりやでひねくれてるしらんぼーだけど、ちょびっとだけイイところもあるチョイワルだって!」


 その瞬間、宿屋の庭にいる全員が呆気に取られた表情で固まった。


「って……なんのフォローにもなってねーだろうが、クソガキィ」


 オルタの言葉に英成は痛みを忘れてオルタの頭を掴んだ。


「おとーさん!」


 その瞬間、涙で腫れたオルタの表情が笑顔で晴れた。


「だから、俺はお前のおとーさんじゃねえっての!」

「おとーさん! おとーさん! だいじょうぶ! 痛いの痛いの飛んでく!」

「こんのガキは、人がガラにもなく色々と考えてたってのに全部台無しにしやがって」

「だって、おとーさんがイジメられて怒られてたから」

「んなのんきな話じゃねえ!」


 オルタは場の空気をぶち壊した。


「おい、青年よ。我も無垢な娘の前で貴様を討伐するのは心が痛む。ここは貴様の娘に免じて戦いを止めにし、大人しく投降はできないだろうか? 女性を辱めた罪は許しがたいが、流石に死刑までは―――」


 オルタを見て、事を穏便に済ませようとしたのか、アクメルは降伏を求めてきた。

 だが、


「ふざけんな。潔く屈服することなんて俺の不良人生にはありえねえ。不良が簡単に誰かの下に着いちまったら、他の四王者に笑われちまう」


 英成は中指突き立てた。

 例え殺されたとしても、不良としての意地だけは貫き通すつもりだった。


「この後におよんで潔さすらないとは。ならば、散れ!」


 アクメルは終わらせに来るつもりだ。

 最後に反抗を見せたものの、英成も「これまでか……」と覚悟をした。


「おとーさんはつよいもん! かつのおとーさん!」


 だが、自分ですら勝てないと既に思い込んでいた英成を信じる者が居た。

 子供だからこそ、何の打算もない純粋な目。

 どこまでも信じきった目で、英成を見ていた。


「オルタ……お前……」

「おとーさん?」

「どうして……どうしてお前はそんなに俺を信じているんだ?」


 いつもなら五月蝿いと怒鳴っていた。邪魔だと思ってどかしていた。

 だが、今だけは違った。涙で潤みながらも、揺るぎない光を宿した瞳が英成を射抜く。



「だって、だって、おとーさんにやってできないこと一つもないんだもん!」



 英成には初めてのことだった。ここまで自分を信頼する者の存在が。


「くはは……笑えてきた……」


 英成は、何故か笑っていた。

 これまで何事にも反発し、荒れて生きてきた。

 そんな自分を心の底から信じ抜いている子供が居たのだ。


「俺を理解する奴なんて……四王者と刹華だけだと思っていたが……ここにも一人いやがるとはな」

「英成くん……」


 悪い気がしなかった。

 拳を握る。アクメルに比べたら何とも小さく軽い拳だが、英成は力強く握る。


「おとーさん、かつよね! おとーさんのほうがつおいでしょ!」


 オルタは、ぎゅーっと、英成の足にしがみ付いて離れなかった。


「何度も言わすな。邪魔すんじゃねえ……俺は今、うれしいんだよ」


 英成は笑った。

 この状況下でありながら、むしろイキイキとした凶暴な眼光を浮かべている。


「俺のガキだと言い張るなら、黙って見てろ」

「あう」

「皮肉にもテメェのおかげで、俺は今、久々に生きがいを感じてんだよ!」


 英成は優しくオルタを引きはがし、頭を軽く叩いた。


「オルタ、お前は間違ってねえ。それを証明してやるよ。このままじゃ、四王者にも笑われちまうからな。そう……あの街で俺たちは最強だったんだからな!」


 英成は再び立ち上がり、そして構える。

 その姿に、アクメルは怪訝な顔を浮かべる。



「愚かな……言っておくが、これ以上反抗するというのなら、幼女の前では気が引けるが……もう少し手荒に激しくさせてもらう。よいな!」


「カカカ、手加減されてたってのもショックだぜ。だが、構わねえよ。どうせなら俺をぶっ壊すぐらいやってみやがれ! その代わり……それでテメエが負けたら、テメエ、一発ヤラせてくれよ! つか、俺の女になれ! カカカ」


「……は?」



 それは、英成にとってただの口を突いて出たひねくれた挑発でもあったのだが……



「お、おお、お、おん、な?」


「ああ。お前が負けたら俺の女! 俺のセフレ! 愛人! いっぱいエッチな事させてもらうぜ?」


「ふぁ……ふぁ……あぅ……あ」


「キスをたくさんして、そのオッパイを死ぬほど堪能させてもらって、そのムッチリした太腿や尻も含めて全身余すことなくスリスリ舐め舐めさせてもらって、異世界の女騎士様にピンクの象さんを見せてやらァ!」


「―――――ッ!?」


「人をここまでボコボコにした上にさらにやろうってんだから、それぐらいの覚悟で俺をぶちのめしてみやがれ!」


「ふふふふ、ぷ、ぷじゃけるなァ!」



 それは、英成にも、そして刹華、震えていたレミやファソラや、いつの間にか宿屋の周りに集まっていた街の住民たちにも驚きであった。

 そもそも、女騎士アクメル相手に「俺の女になれ」というのもあまりにも無礼と驚くものであったが、その言葉にアクメルが……キリッと凛々しく、そして威風堂々とした大人の女のオーラを出すアクメルが、少女のように顔を真っ赤にしてアタフタしたからだ。


「わ、我を、おお、女にして、え、え、エッチするなど、ふざけるな! だ、大体、わ、我のような闘いしか能のない筋肉女に、そ、そのような、げ、ゲテモノ食いの男が、い、いや、とにかく……我は誇り高き騎士! 女扱いするなど、恥を知れ! 我を愚弄するな!」


 と、明らかに動揺しまくった様子でキリッとできていないキリッとした表情。

 その様子に英成はニタリ。 


「へぇ……かわい――」

「ガチホレデスカ?」


 そんな英成に、刹華は狂気の目で立ち上がる。


「カカカ、ヤル気が更に出てきたってことだ」

「まったくあなたという人は……しかしそれならばなおのこと……私も負けられませんね」


 先ほどまで異世界のレベル違いの相手に屈服し、威圧感に平伏しそうになった二人だが、再び立ち上がり、それどころかその瞳はこの状況下でもヤル気に満ちていた。


「な、き、きさまら……」


 その予想外の二人の様子に、動揺していたアクメルはさらに戸惑っている様子であり……



「へぇ……まだやるんだ……いいじゃん、見せてみなよ。エイセイ。セツカ」



 そんな戦いの行方を、カミラは高みの見物で面白そうに眺めていた。

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