予め追放されていた者たち

寄賀あける

 託宣 

 ある日、神の託宣たくせんがあった。人よ、地球から逃げよ。逃げ延びて命を繋げ ――


 それは地球上の各地にあらわれ、人々を混乱の渦に陥れた。


 逃げろと神が言うのだから、逃げた方がいいという者、逃げろと言われても逃げ場所がないという者、そもそも神なんか存在しないという者、託宣はきっと誰かのいたずらだという者、地球から逃げなければならない理由が示されていないという者、地球は滅亡するのだと騒ぎ立てる者、人の数ほど意見や惑いや諦めや模索が存在した事だろう。


 その中でも、神はいない、誰かの悪戯だ、と言う説は、いち早く消えていった。地球各地で同時多発的に生じた出来事、そんな事ができるのは神だけだと誰かが言ったからだ。


 新手のテロだと言う者もいたがどこのテロ組織も自分たちの仕業ではないと宣言し、来るべき時が来たとの諦念にテロ行動を伴わない自死に及ぶ者が後を絶たなかった。


 そこに新種のウイルスが発見され、これが人類滅亡の引き金と、まことしやかにささやかれ始めれば託宣を信じない訳に行かなくなる。


 混乱の中、結局は発言力の強いものが人類を制する。発言力とは、軍事力であり経済力であり技術力である。


 発言力が伯仲する数か国が緊急に地球政府を発足し、善後策を練ることにした。


 地球政府は全人類がその決定に従う事を強要したが否を唱えられるほど力を有する国はなかった。むしろ自力での対策を諦め、地球政府に生き残りの道を託した。


 記録に残る限り、人類は宇宙に憧れている。古くは星に願い、星の動きで未来が判ると信じ、いつか遠く離れた星に立つことを望み、そして励んだ。


 その結果、神の託宣がなされたころには近場の星にはすでに降り立ち、さらに遠い星を目指し人類が生存できる星を探し、新たな街を建設することさえも夢想していた。その星を足掛かりに、さらに遠くの宇宙を目指そうと考えていたのだ。


 だが夢想は夢想に過ぎず、具体的には何も決まっていない。実現できるかどうかも怪しい。それでも地球政府は宇宙への逃避行に人類の存続を掛けることにした。


 水や空気の循環システムは既に発明され実用化されている。宇宙船の中に農場や工場を建設する見通しも立った。宇宙船の中で、人々は地球にいた頃と同じような生活が送れるようになるだろう。


 そうして命をつなぎ、なんとか新しい星を見つけ出し、そこで再出発を図ろうと考えた。


 新種のウイルスとの戦いは初めから放棄し、その分、長期航行可能な宇宙船の建造を急いだ。何しろ全人類を地球から避難させるのだ。何艘もの宇宙船が必要となる。


 新種のウイルスに関して地球政府は公言しないものの、好都合と思っていた。感染した者を宇宙船に乗せるつもりはない。宇宙船の中で感染症が発生すれば、それこそ人類は滅亡する。そして死者が多ければ多いほど、宇宙船に乗せねばならない人数は減るのだ。それだけ早く地球を飛び立てる。


 やがて地球政府の思惑通り、新種ウイルスの感染症が広がり人口が半分に減るころ、ようやく宇宙船の乗船可能人数と人口の均衡がとれる。


 地球政府は厳重な感染者の炙り出しの後、非感染者のみ宇宙船に乗せ、憧れの宇宙へと飛び立っていった。


 人のほかには乗せられるだけの食料と水、そして一部の家畜と有益性の高い農産物の種子だけを積み込んだ。勿論、家畜も感染していないことを確認した。ただ、残念なのはすべての宇宙船に蟻や蜘蛛、そんな小さな虫が紛れ込んでいることに気が付かなかったことだ。


 宇宙船が遠く空に消える頃、地球では神がその姿を見送っていた。遥かな空に人類が消えていく。


「思ったよりも時間が掛かった……」


神がポツリと呟く。もっと早く、宇宙へ旅立つ力を持つと思っていた。それを待っているのがどれほど退屈だったことか。あとは虫たちがさまざまなウイルスをばら撒いて、始末を付けてくれるだろう。世話を焼くのが面倒になった私のペットたちよ、さらば。


 今度はどんな生き物にしよう、そう考えると神は嬉しくなった。そして思った。


 人類には宇宙に憧れる心をプログラミングした。それは地球から追い出すときのためだ。できるだけ地球は死体で汚したくない。


「さて、なにがいいかな……」


追い出すときのためのプログラム、それを考えるのが神の楽しみだった。

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予め追放されていた者たち 寄賀あける @akeru_yoga

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