VRソフト『リアルキッチン』

aaa168(スリーエー)

リアルキッチン



『今ならあのフルダイヴVRソフト、リアルキッチンが正月セール中! 』


『この冬休みで料理の練習をしてみませんか? 』




「……ん」



家。

寒さの続く正月休み中。

ネットサーフィン中、見つけたのはその広告だった。



「この前の健康診断、滅茶苦茶だったからな……」



若い頃は全くだったのに、三十を超えた辺りから『来た』。

腹、当たり前の様につまめる何か。皮じゃない、正真正銘脂肪だ。


原因は言わずもがな――



「アレ、だよなあ……」



荒れた食生活。


最近は自炊なんてもっての外、カップラーメンとコンビニ飯以外食べていなかった。

しかも仕事終わりの飲み会とかもあって尿酸値に血糖値に血圧に色々と爆上がりだ。



「どうせロクな事に金も使わねーし、対応したギアセットも持ってるし……買ってみるか」



正月とはいえ、母親は既に亡くなっているせいで帰省先もない。

独身貴族も謳歌して、丁度暇していたところだったわけで……。


本体のギアセットも昔やっていたVRMMOのモノに対応してると来た。

ソフトだけならセールにて8000円、今の俺じゃ安いもんだよな。


そんなわけで……流れるようにそのソフトをポチっていたのだった。





『リアルキッチンを起動します』



「うおお、スゲー……」



きっとキッチンに金をかけまくったらこんなんになるんだろうな。

白で統一された、料理番組で見る様な広いキッチン。

近代的な、恐らくオール電化のツヤツヤコンロ。

料理道具も綺麗に並べられている。


……俺のマンションのちゃちいシンクにオンボロコンロとは大違いだ。



『ようこそ、リアルキッチンへ! 』


『チュートリアルを開始します』


『まずは調理器具を触ってみましょう――』



「はいはい」



その機械音声に導かれ。

俺は、リアルキッチンをプレイしていった。






『お見事! 【卵焼き】……評価Aです! 』



「はは、そうだろそうだろ」



案外腕は鈍ってないな。

アレからチュートリアルを終えて、様々なレシピから選び作れる様になった。


一から教えてくれるモードや、身体を勝手に動かして料理を作れるモードなんてのもある。

さっき俺がやったのはマニュアルモード。説明なしに自分勝手に出来るやつだ。



「次は……何するかな。唐揚げとか作ってみてえけど……おっあった!」



『【唐揚げ】【オートモード】で開始します』



そうアナウンスが終わると、今度は勝手に身体が動き出す。

オートモード……一通り調理手順を教えてくれるモノだ。



「はは、こりゃおもしれーわ」



不思議な感覚に身を任せて。

そのまま――リアルキッチンに、俺は没頭していった。





『お疲れ様でした! 【ハンバーグ】……評価B』



「……飽きた」



アレから恐らく二時間程。

適当にメニューからレシピを選んで、5つほどやったと思う。



「結局やらねーしな……自炊」



料理自体は良い。

だが、その後の片付けとかキッチンの掃除とかが面倒なワケで。



「――ん? キッチンレイアウト変更……そういうのも出来るんだな」



『キッチンレイアウト変更【ダイニングキッチン】』



「おー……一軒家っぽいキッチンだ」



『キッチンレイアウト変更【省スペース】』



「はは、ちょっと俺のマンションと似てるな」



それを選択していくと、次々と風景が変わっていく。

VR空間って事を実感するよ――こんなにもガラっと世界が変わるんだもんな。



「……オリジナル? へえ、自分で色々弄れるのか」



『キッチンレイアウト変更【オリジナル】』


『さあ、貴方だけのキッチンレイアウトを作りましょう』



一番下。その欄を選択すると聞こえるアナウンス。

同時に部屋に何もなくなった。

リストからコンロや食器棚、シンクまで……色んな種類のモノが選べるようだ。



「やるか」



料理は一休み。

記憶を頼りに。

俺は――その、懐かしいキッチンを創る事にした。





「……適当にやってみたけど、そっくりじゃん」



ちょっと綺麗すぎるが――記憶を頼りにやった割には完成度が高い。


創ったのは、今はもう無い実家の台所。

使い古された三口のコンロに、年期の入ったフライパンに卵焼き器は流石に無理だったが。

俺にとってのキッチンは今でもコレだった。


……はは、何やってんだろ俺。



『【豆腐の味噌汁】をマニュアルモードで開始します』


「……っし、んじゃまずは水1Lに塩1キロをぶちこんで……完成! 」



マニュアルモードの為誰も俺を止められない。

比率一対一の塩水を味噌汁と言い張って、俺は【完成】ボタンを連打。



『【豆腐の味噌汁】……評価できません』


「は?」



最低評価を目指したつもりだったが、そもそも評価されなかった。

……おいおい何だか燃えてきたな。





「塩!と見せかけて砂糖を……完成!」


『【野菜炒め】……評価できません』


「くっ……」





「ヘタも全部入れてやったわ!」


『【野菜スープ】……評価B』


「なんで普通に作ったヤツよりたけーんだよ!!」




「肉じゃがにカレー粉いれよ」


『【肉じゃが】……評価できません』


「これだけで評価不可まで落ちるのか……」





「はあ、はあ……どうだ……?」



『【野菜炒め】……評価F』


「よっしゃああ!! ざまぁみろAI!」



具材を切る時、わざとサイズをバラバラにして。

野菜を洗う時は熱湯で栄養をバイバイして。

適量とか書かれた調味料は、評価不可にならないレベルで大量に入れた。



『……』


「なあ、別に怒ってくれても良いんだぜ」


『……』


「……」



襲い掛かる虚無。

俺、何やってんだろ……。


このキッチンレイアウトにしてから、何かふざけたくなったんだよな。

子供の頃みたいに。

でも――当たり前だが、この機械音声は反応なんてしてくれない。



「……流石に最後はまともに作るか」



『【お弁当】を選択しました』


『お弁当の種類を選択して下さい』


『小サイズが選択されました』


『おかず3つを選択して下さい』


『【きんぴらごぼう】【唐揚げ】【卵焼き】が選択されました』


『【お弁当】をレシピ解説モードで開始します』



「まあどうせ、弁当なんて作んねーんだけどさ……」



なんとなく頭の中に浮かんだおかずをつらつらと並べていく。

このキッチンに居たら、どうしてかそのメニューが思い浮かんだ。



「……」


『まずは野菜を洗いましょう』



現れる具材の数々。

最後だけは真面目にやろうと、俺はアナウンスに従って手を動かしていった。





「……」


『最後に、ご飯を詰めて完成です!』


「ふう、完成」


『【お弁当】……評価B』


「……なんか違う」



アレから十数分。

完成したソレを見て――思わず呟いていた。



「こんなのじゃなかっただろ――あ」



ああそうだ……子供の時、俺が好きだった弁当がそのおかずだったんだっけ。


甘辛さが丁度良いきんぴら。

大き目の、ごろっとしたにんにく醤油味の唐揚げ。

母さんが作るその二つは、どれも絶品だった。


――もう一回。

あの味に、近付ける為に。



『【お弁当】を選択しました』


『お弁当の種類を選択して下さい』


『小サイズが選択されました』


『おかず3つを選択して下さい』


『【きんぴらごぼう】【唐揚げ】【卵焼き】が選択されました』


『【お弁当】をマニュアルモードで開始します』





『【お弁当】……評価B+』


「……駄目だ」



何度やっても、幼い頃の弁当には辿り着かない。

フルダイブVRといっても味覚までは再現できないのは分かってる。

でも見た目や雰囲気からして――明らかにソレじゃないんだ。



「そりゃそうか……」



アレは母さんのレシピだし。

このリアルキッチンのレシピとは、近いようで遠い。



「くそっ、何なんだよ――」




――こんな年になって。


――本当に、今更になって。


二度とソレを食べられない事実が突き付けられる。




「母さん……」




――最後だ。

もう一度だけ作ってみよう。

あの時を、思い出しながら。



『【お弁当】をマニュアルモードで開始します』





「……」



実家を真似たキッチンの中、俺は遠い過去を振り返る。


仕事前。

朝早く起きて、弁当を作る母親の姿を見た事があった。


その時――母さんは具材に何を使ってた?

調味料はどんなモノを入れてた?

調理器具はどんな風に使ってた?



「……良い匂いだったよな」



ぱちぱちと油が跳ねる音。

丁寧に、リズム良く切られる野菜。

ふんわりと香る醤油の匂いとか。



ゆっくりと。

このキッチンに、母親の姿を重ねていく。



「……」



気付けばあの頃の情景が浮かんできて――



《――「塩の代わりに砂糖入れちゃっていい!?」――》


《――「駄目に決まってるでしょ!」――》



そういえば、そんなちょっかいもかけてたっけ。



《――「ヘタ捨てちゃうのもったいないじゃん!」――》


《――「じゃあ食べる?」――》


《――「うう……」――》



たまには困らせようとして、反撃されて。



《――「この唐揚げ、カレー粉入れたら美味しいんじゃない?」――》


《――「あはは! 案外ありかも」――》



そんな、馬鹿みたいな提案にも乗ってくれたりして――




『――手伝ってあげる』




いつの間にか――自然と手が動いていた。

レシピなんて知らないはずなのに、手際良くきんぴらと唐揚げを作っていく。


にんにくを刻む包丁はリズム良く。

鶏肉の皮が信じられない程に上手く剥ける。

こんにゃくが機械の様に均等に切れる。


まるで調理器具を――誰かが一緒に持ってくれているかの様に。



「……あとのおかずは卵焼きだけか」


『うん。あとは任せたからね』


「ああ」



ぼんやりとした意識の中。いつの間にか二つのおかずはもう弁当箱の中。


――仕上げだ。

俺は卵をボウルに割って、菜箸でかき混ぜて。

味付けは塩だけ。


油はキッチンペーパーでまんべんなく。

卵焼き機は予熱が肝心。勇気を出して火は強火で。


ひっくり返す時は優しく丁寧に。

焦らず三回程に卵液を注ぎ込んで。

その都度油を広げてあげて、じっくり火を通す。

側面もしっかり火を通して――



「――よし、と」



コレだけは……今も昔も変わらなかった。

こっそりとネットで検索して、練習したそのメニューを。


『あの頃』の様に。

まるで誰かに見せつける様に。

さっきから聞こえてくる、懐かしい声に向けて。



『相変わらず、卵焼きだけは上手だねぇ』


「……はは、だろ。どんだけ作ったと思ってんだ」


『あの頃……一人になったお母さんを楽させる為に練習してくれたの?』


「そんなんじゃねーっての」


『ふふっ、大人になっても素直じゃないなぁ』



それは、きっと夢の出来事なんだ。

朧気な意識の中。

最後の弁当のおかず……卵焼きを弁当箱に移す。



『……ね』


「何だよ」


『身体、大事にしなさいよ』



その時。

本当に……俺の横に、あの時の彼女が居るかのような感覚が俺を覆った。



「――ッ!!」



――――違う。

これは、夢の中なんかじゃない。

今――母さんが、ここに居るんだ!



この『リアルキッチン』に――



「――お、おい!」


「居るんだろ――そこに! 」


「なあ! 出てきてくれよ!! 」


「なあ……」


「……礼もロクに言えてねえんだよ――っ」



結局俺は、夢から現実へと呼び覚まされた。


空しく響く俺の声。

誰も答えず、静寂だけがVR空間に残る。


そのまま――心の隙を埋めるように、ご飯を詰めて完成した。



『お見事! 【お弁当】……評価Aです! 』


「はは、コレがそんな低いわけねえだろうが――」



と思えば、響いたアナウンス。

俺は目の前の弁当箱を眺めて呟き返す。




《――『身体、大事にしなさいよ』――》




思い出すのは懐かしい声。

夢ではない。

それはきっと――この正月に、帰って来た彼女が掛けてくれた言葉なんだ。




「……大丈夫」


「俺は元気にやってるよ、母さん」


「なんて……今の有様じゃ信じてもらえないよな」



はは、コレからやる事が山積みだよ。

濁ったシンクにギトギトのコンロを掃除して、忘れない内にこの弁当のレシピも練習して。

もちろんスーパーに材料も買いに行かないと。

今度はVRじゃなく――俺の家の台所で、料理がしてみたい。




……ああそうだった。

母さんの墓掃除、今年は念入りにやってあげないとな。




《リアルキッチンを終了します》

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