第12話 ウォーリー伯爵視点

「はぁ……っ」


 二人が出ていった後、私はため息をついた。煮えたぎる思いは尽きることはないが、吐いた分だけ気持ちが軽くなった。


「神よ、なぜ、あなたは私にここまでの試練を与えるのだ・・・」


 大恋愛だった。

 若い頃の私は恋愛になんて全く興味がなかった。仲間とバカをやって、賭博をやって、酒を飲む。ミシェルには見せられないようなアホな貴族だった。いつものように昼間から酒を飲み、居酒屋から出ると、道でミシェルの母、ミーシャに出会った瞬間。身体から全てのアルコールは気化して、私は彼女に恋をした。


 一目惚れだった。


 私はその場で跪き、ミーシャにプロポーズをしていた。

 ミーシャだって、町でも悪名高い私の噂くらい聞いていただろう。私たちとは関わってはいけない、そんなグループにいた私に対して、ミーシャは、


「お友だちからなら」


 と苦笑いながら答えてくれた。

 私は思わず、ミーシャを力いっぱい抱きしめて、「ありがとう」と感謝を告げると、彼女は優しく背中を撫でてくれた。それから、私は暇さえあればミーシャを連れ出して、川で釣りをしたり、馬に二人乗りして草原を走らせたり、美味しい店を探してみたり、色々なことをした。彼女はいつも嬉しそうに笑ってくれた。


 けれど、彼女の家はそれを快く思っていなかった。

 彼女の家は私の家よりも位が高く、その上、私の今までの素行の悪さ。ある日を境に、彼女は屋敷から出れなくなってしまった。


「俺が悪いのに・・・なぜ」


 私が彼女から自由を奪ってしまった。彼女は悪くないと言いたくて、彼女の屋敷を何度も訪れたが、門前払い。窓越しに彼女と目が合っても、すぐに侍女にカーテンを閉められてしまう始末。私はとうとう彼女の屋敷の前で泣き崩れた。


 でも、私は諦めなかった。ある日の夜、こっそりと彼女の屋敷の庭に忍び込み、彼女の部屋の窓に近い、木に登って、小石を窓へと投げた。


「ウォーリーっ!!?」


 私が口の前に指を立てて、シーーっと、言うと彼女は両手で自分の口を覆う。


「どうして?」


「いいかい、聞いてくれ。ミーシャ。まずは俺のせいでこんなことになって本当にすまない」


「ばーかっ」


 笑いながらミーシャは俺を怒った。申し訳なくて、俺は俯くと、


「あなたといることは、誰でもない私が決めたことよ」


 ミーシャはきれいで聡明で、しっかりした女性だった。


「強いて言えば…そうね、あなたといるのが面白かったせいよ」


 そんなことを言うので、私は笑ってしまい、私が笑うと、ミーシャも嬉しそうに笑った。


「私は、あなた以外考えられない」


 俺が言おうとしたことをミーシャに先に言われてしまった。

 

「だから、待っているわ」


 翡翠色の瞳が真っすぐ私を見つめた。

 私は浅はかな自分を責めた。

 本当は彼女を連れ去るために彼女の屋敷に忍び込んだ。ミーシャなら貧しい暮らしでも楽しんでくれると思った。けれど、それは甘えだ。ろくに働いたことがない私では賭博や酒に溺れ、自分を含めて誰も幸せにできないことを悟った。


「あぁ、待っていてくれ。キミを迎えにくるのに相応しい男になって戻ってくる」


「うん」


 ミーシャは歯を見せて、顔をくしゃっとさせて笑った。

 私は名残惜しそうにゆっくりと木を降りた。「やっぱり、今、私を連れてって」と言ってくれるのを未練がましく何度もミーシャの顔を見たが、彼女は私を信じている目だった。


(よーしっ、やってやろうじゃないか)


 それから私は心を入れ替えた。

 まず、悪い仲間と縁を切った。けじめとしてボコボコにされたが、気の良い奴らだ、それでけじめとしてくれた。そして、一人称を俺から私にして、字を覚え、経済を学び、商いを学び、外国語を習得した。悪たれの私の頭に叩き込むにはとても困難だったし、元悪たれということで、偏見やイジメなどもあり、時には辛酸をなめた。けれど、私の中には最高の女性、ミーシャが待っていると思ったらめげる暇なんて無かった。


 早く彼女を開放して、そして私が幸せにしてやるんだ。


 周りに頭を下げ、自分が損を取り、周りに利を与え、信用を積み上げ、実績を作った。そして、異例の大出世で外交の要である辺境伯を任命された。


「お待たせ」


 そう言って、彼女に会うと、彼女は私に抱き着いてくれて、私も彼女の愛と幸せを抱きしめた。

 彼女が信じてくれたから、私は頑張れた。あの言葉が無かったら、私は悪たれのままで、もしかしたら最愛のミーシャを傷つけていたかもしれない。

 そうして、私とミーシャの元にさらなる幸せを運んでくれたミシェルがやってきた。

 3人の幸せな家族。だが、ミーシャはミシェルを生んでしばらくしてから、体調を崩すことが多くなり、そして・・・・・・病に倒れた。


「ミシェルをお願いね、あなた」


「何を言っているんだ、二人で、だろっ?」


「短い人生だったけれど、あなたとミシェルのおかげで・・・とても幸せな人生だったわ」


 ミシェルはそう言って、笑顔で亡くなった。


 ミシェルは俺の、俺たちの大切な愛娘だ。

 ミシェルが幸せになれない人生など、名声など・・・・・・この国など………


「捨ててやる」


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