だから俺は佐伯さんに勝てない

桜もち

第1話 宿敵

 6月下旬。

 高校に入学して初めての梅雨入りは例年よりも少し遅かった。

 運動部の連中は「屋内トレーニングはつまらない」と嘆いている。


 そんな話題と同じくして今日は先日行われた中間考査の成績上位30人の結果が廊下で張り出される日だ。


 自身の名前が公表されるか気になっている者や単純に上位にどんな人がランクインされているのか興味がある者が掲示板前に集まっていた。


 そんな人混みの中、今しがた張り出された結果を俺は上だけに注目した。


『1位:佐伯 真冬(1-A)487点』

『2位:神崎 春樹(1-A)479点』

……


「くっそおおお~~~~!!」


 俺、神崎かんざき春樹はるきは周りにいる人のことを気にせず地団駄を踏んだ。

 試験前の勉強期間前から対策していたのに2位という結果を目にして悔しさのあまり血の涙を流したいほど悔しさの感情が溢れている。


 2位なら上等じゃないかと思っている奴。サンドバッグにしてやるから名乗り出ろ!!


 俺は中学までずっと学年1位をキープしてきた男なのだ。

 それが高校へ入学して最初の定期テスト首位にたてなかった。出鼻をくじかれたのだ。


 それもこれも……あの女がいるからだ。


 俺は結果を一瞥して去っていく華奢な背中を見つけ後を追いかけた。


「おい佐伯!!」


 廊下で大声で呼ぶと目の前の背中がくるっとこちらに振り向いた。

 体に対して小さい顔は整っていて表情は無感情。

 色白でシミひとつない綺麗なお人形さんを連想させる少女。

 

 彼女の名前は佐伯さえき真冬まふゆ

 俺を首位から蹴落とした張本人だ。


 俺は彼女に向かって指さしてメンチを切った。


「今度は俺が勝つ!!」


 大勢の生徒がいる中での宣戦布告。

 注目を浴びている状況で佐伯は俺の顔を見て「そう……」と呟いて去っていった。


 周りにいる生徒たちは「何、あれ?」とか「佐伯さん可哀そう」と僕に絡まれる差益を憐れむ声が聞こえた。

 そんな声を聞きながら去り際、佐伯の横顔が一瞬見えた。

 ほとんど無表情の彼女の口角が少し上がっていたのだ。


「(こいつ……僕を見て嘲笑いやがったのか~~~~!!!!)」


 俺の脳に人生最速での血液が上がった気がした。






 俺の父親は医者で個人病院で院長をしている。

 そんな父親に憧れて自分も将来は医者を志している。


 勉強は好きだ。成果がテストで目に見えた結果として返ってくるのがやりがいがあった。

 小、中学校と勉強に励み、成績はずっとトップクラス。勉学において常に順調だった。


 そんなあるとき、俺は勉学という点で初めて挫折を味わった。

 


 今通っている高校の入試でトップの成績で合格することが叶わなかったのだ。 

 入学式での新入生の代表の挨拶は成績トップの生徒がするというのが慣例だったのに俺には声がかからなかった。


 ここまでの話で察しの良い人は分かるだろう。俺ではなく声がかかったのは佐伯だった。


 ──この結果は偶然だ。次の定期考査ではこんなマグレは起きないからな!!


  壇上で挨拶をする佐伯を見上げながら心の中で恨めしく彼女に呟いた。

 しかし、高校最初の定期考査でも俺は雪辱を晴らすことはできなかった。


※※※


 中間考査が終わってから1週間が経過したある日。


 化学の授業で抜き打ちの小テストが行われた。大多数のクラスメイトは不満の声をあげていたが、それに引き換え俺は待ちに待ったとばかりに気合が入った。

 今日こそは……佐伯に勝つぞと意気込んだ。


 基本的に小テストの類は成績が分かるはずもないのだが、これは隣の席の人と交換して採点するタイプの小テスト。

 さらに憎き宿敵──佐伯は僥倖にも隣の席にいる。つまり採点できる立場のためお互いの点数を確認することができるのだ。


(この小テストで佐伯より良い点を取ってやる……!!)


「それじゃあ、始め~~」


 化学教師の佐藤はやる気なさげに開始の合図をして自身は教卓に突っ伏した。

 教師としてその怠慢な様子はいかがなものかと思うが今はそんなことよりテストに集中しよう。


 開始して数分が経った。テストの解答も折り返しに差し掛かっていたら視線の端に白い固形がストンと落ちたのが見えた。

 それは消しゴムだった。落ちた消しゴムはスーパーボールのようにバウンドして結構飛んで2つくらいすっ飛ばした先まで飛んで行ってしまった。

 消しゴムを落としたのはあろうことか佐伯だ。


 一瞥すると彼女はいつもよりも眉が下がっているように見えた。

 どうやら佐伯は代わりの消しゴムは机に出していなかったようだ。


 なので挙手して落としたものを拾ってもらおうとしたのだが、教師の佐藤は佐伯のHELPに気づく様子はなかった。


(あーあ、あれじゃ気づいてもらえないよな)


 試験監督として寝ている佐藤に対して無言の挙手で気づいてはもらえなさそうだ。まぁ、砂糖が気づかれないということは黙って席を立って拾いに行くのも仕方がないだろう。


 ──しかし、佐伯は取りに行く様子はなかった。手を下げた後はしばらくしてペンを走らせ始めた。

 

 いくら落としたものを拾いに行く理由があっても監視がなくてもテスト中に席を立つのは気が引けたのだろう。

 まぁ、これから消しゴムを使う機会が訪れなければこの場は乗り切れるだろう。


(……ってさっきからペンが止まっている気がするんだよな~~)


 ペンは持っているものの描いている様子はなさそうにしている。もしかしたら消しゴムを使いたいが、消せなくて困っているのかもしれない。


 僕は悩んで机の上に置いていた予備の消しゴムを手に取ってさっと隣の机の上に置いた。

 一瞬佐伯と目が合ったがテスト用紙をカンニングされているとは思われたくはないのですぐに自分の解答用紙に視線を戻した。


 まぁ、消しゴムがなくなったハンデで勝てても嬉しくはないからな。せめて正々堂々戦って勝つんだ。


──。

────。


 試験が終わって早速採点を終えた。

 自分の手に持つ答案は満点。……だが、これは隣の席のものに返却した。代わりに返ってきた答案は1問間違っていた。


(くっそ~~~~、ケアレスミスした!!!!)


 結局僕はまたしても佐伯に勝つことはできなかった。

 採点が終わって答案を回収して授業が終わった。しかし俺はその場から立ち上がることもできず再び負けた悔しさのあまり机を叩いていた。


「また負けた~~~~」


 俺は突っ伏して自分の感情を吐き出した。すると肩にちょんちょんと叩かれた。

 なんだと思って顔を上げると佐伯が俺の消しゴムを手のひらに載せて近づいていた。


「これ……ありがとう。助かりました」


 抑揚のない声で言われたが、彼女の顔から柔らかい雰囲気を感じて俺は毒気が抜けた。


「次は──勝つ!!」

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