第26話 ブラッド・レイゼンビ―

 鷲尾工場奥にあるコバキオマル運営指令室。

部屋の壁に設置された巨大モニターには魔物との戦いの記録映像が映し出されていた。

「あれが他の偽骸ぎがいか。この地球に来ているとはな」


 モニターに映し出されている白い偽骸ぎがいを見つめ、権五郎がつぶやく。

 司令室内は出撃による工場の破壊、コバキオマル帰還場所の打ち合わせなどで従業員たちがあわただしく動いていた。その中で最高責任者の権五郎だけは白い偽骸ぎがいを見つめるだけで何もしていなかった。


「司令! 司君たち帰ってきますけど、工場にまた収容していいですか⁉ 屋根ないですけど」

「構わん、とりあえずはそうするしかないだろう。そのうち地下にでもドックを作る」

「それを作るのは多分僕なんですけどね……」


 鷲尾がため息とともに権五郎の後ろを通り過ぎようとすると、権五郎に首根っこを掴まれる。


「君は作業をしている場合ではないだろう。先ほどから司の通信が鳴りやんでいないぞ」


 通信が入っていることを知らせる赤いランプが連続して点滅している。司が連続して通信ボタンを押しているのだろう。


「彼が帰ってきてから話しますよ」

「ふむ、司の父親のことも話すのか?」


 じろりと権五郎が鷲尾に探るような視線を向ける。

「話さざるを得ないでしょうね。この機体、ユニグリフィスは……」


 モニターに映る白い偽骸ぎがい、ユニグリフィスを見上げる鷲尾。


「彼の機体なのだから」


             ×   ×   ×


 コバキオマルが鷲尾工場の上空まで到着した。

 壊れた天井の下には誘導灯が点灯し、そこに着陸するように地上の従業員たちがハンドサインを送っている。

 難なく鷲尾工場の中心に着地し、司はコバキオマルを膝立ちの姿勢にさせるとコックピットハッチを開け放った。


『あっ、司さん、待って! あんたがいなくなるとコバキオマルは……』


 火伊奈の静止も聞かずにコバキオマルを飛び降りる。

 鷲尾を探して工場中を駆け巡り、工場の奥にある扉を開ける。


「……! 鷲尾さん、説明してもらおうか」


 睨みつけるように指令室にいた鷲尾を見る。


「そうだね。君には知る権利はあると思う。君の父親のことについてね」

「父親? どうして俺の親父が出てくるんだ。あんたの仲間のロボットが出て俺たちは必要ないって言い放ったんだぞ。あんたは俺を道化にしたんだぞ!」

「僕は知らなかったよ。池井戸玲がまだ自分の偽骸ぎがいを持っていて、それで魔王を止めに来るなんて」


 池井戸、れい―――?


 池井戸玲は親父の名前だ。あのイノセンティアの巨人に乗っていたのが親父?


「どういうことだ? あんた親父と知り合いだったのか? 適当を言うなよ。あんたと親父が話しているところなんて見たことがないぞ」

「そりゃ、仲が悪いからね。僕と彼は同じデルタウッド小隊の仲間ではあったけど、僕は彼を許していない。だから、司令の知り合いだったとしてもわざわざ自分から話しかけようとはしなかった」

「許さないって、デルタウッド小隊……? 親父は普通のサラリーマンだぞ。今は東京に出張に出ているだけの、普通の中年だぞ」

「今は普通だね。普通のこの世界の人間としてこの世界に根を張って生きている。家庭を持って、本当にふざけている。あんなことをしでかしておいて」


 鷲尾の手がわなわなと震えている。怒りがこみあげてきているようだ。


「鷲尾さん、もしかして本当に親父はイノセンティア人なのか?」


 信じられないし、想像もつかないが、鷲尾の反応はいつもと違って冷静さを欠いている。よほど親父たいして恨みを持っていないと思いだして拳を振るわせたりしないと思うほどに。


「池井戸玲はイノセンティアでの名前をブラッド・レイゼンビー。そして、僕の本当の名前はホーク・ダールトン。同じデルタウッド小隊の仲間で、共にセトの戦場で義骸を駆り、魔王を追い詰めた同志さ」


 鷲尾の手の震えがやんでいった。そして大きくため息を吐き、言い放った。


「ふぅ……そして彼は、デルタウッド隊長が魔王に剣を突き立てた時、その剣を打ち払って魔王をこの世界に逃がした、張本人なんだ」

「え……」


 悪寒が走った。

 鷲尾は冷静になったようにじっと司を見つめている。


「だから彼を許す気にはなれない。僕の仲間を何人も犠牲にした魔王を助けて、この世界を危機に陥れたブラッド・レイゼンビーを。そして、今まで偽骸ぎがいを隠しておきながら今になってのこのこ出てきた彼とあのユニグリフィスを」

「嘘だろ、おいおい……」

「司?」


 フラフラと部屋の隅に歩き、そこにあったパイプ椅子に力を一気に抜いて腰を落とす。

 頭を抱えてしまう。

 信じられないことを一気に聞いて頭がパンクしそうだ。


「火伊奈と唯を呼んでくれ、今後の方針を決める」


 権五郎は頭を抱える司を一瞥し、放置と判断すると近くの従業員へ指示を飛ばした。


「とりあえず、私たちはあの偽骸ぎがいをどう判断すればいいのかね。玲君、いや、ブラッド・レイゼンビーとはどのような男なのだ?」


 心配そうに司を見つめている鷲尾に尋ねる。


「優しく、正義感の強い男でした。魔王を助けるまでは誰よりも信用できる男だと。それに、彼は今回一応魔王を止めに来ていたようですのでこちらの人間社会に害をなそうとはしていないと判断します」

「そうか……とりあえずは味方か」


 再びモニターに映るユニグリフィスの姿に目をやる。

 夜空に浮かぶユニグリフィスの姿は天使のようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る