六十一話 樹洞

 巨大樹の周りを歩いていくと、人の背より少し高い所に、大きな空洞があるのを発見した。

「……黒河、その中を見てくれ」

 神矢が言うと、黒河が驚いた。

「え? 俺っすか? 中に何かいたらどうするんですか」

「お前危険な事大好きなんだろ? だからお前にやらせてやる」

「……うっわ、神矢先輩、けっこう黒いトコありますね」

 そう言いながらも、黒河は面白そうだ。

「了解っす。では」黒河は、「よっ」とジャンプして、空洞の淵に手をかけて体を持ち上げて足をかけて中を覗いた。

「うお! スッゲェ! 神矢先輩、来てください! マジ凄えっすよ!」

 そう言って、黒河は中に入ってしまった。

 あのバカ、と思わないでもなかったが、黒河だから気にしない事にして、神矢も同じようにして樹を登り、空洞の中を見た。

「……これは」

 神矢もまた驚愕した。

 樹木の中はポッカリと大きな樹洞と化していた。十階建くらいのマンションが建ちそうな広さだ。

 樹の中なのに、やや低い位置に地面があり芝生の絨毯になっている。壁にはいくつかの大きい隙間があり、外の光が入ってきていて中は相当明るい。

 神矢も中に降り立って、改めて周囲を見回した。

 樹の壁はところどころ穴が空いていて、外の様子を覗きみることができる。その穴の一つから、九条たちの姿が見えた。樹の空洞入り口近くまで来ていたので、神矢は入り口から声をかけた。

「九条さん。コッチです。見に来てください」

 頭上から声をかけられて、九条たちは驚いた。

 そして二人も樹の中に入ってきて、あんぐりと口を開けた。

「……出たよ。地底不思議発見」

 九条の言葉に林が「うまいこと言うなぁ」と感心していた。

「いや、不思議ではないかも知れないな」

 思案顔になり、九条が説明をしてくれた。

 非常に太い大木の場合、年月がたつと根元の中心部分は時間がたちすぎて分解が進み、大きな洞となる場合がある。古木は自ら空洞を作ることで代謝を減らし、それが長寿の秘訣ともなる。よって洞があることは自然なことなので、不思議ではないのだ。

「まあ、この樹の場合、限度が過ぎているけどな。やっぱり地底不思議発見の一つに認定だな」

 神矢たちは、しばらく周囲を樹の中を見て周り、得体の知れない生物や、その他の危険がないかを確認した。

「ここは安全そうだ。……ここ、新しい拠点に出来そうじゃないか?」

 言う九条に神矢は頷いた。それは、神矢も考えていた。

 校舎、洞窟、樹の洞と三箇所に拠点にがあれば、この先の探索範囲がかなり広がる。これはこれで大収穫ではないだろうか。

 もっとも、ここを拠点にするにしても、それの準備にサバンナを何回か往復しなければならない。

 果たしてそれが可能なのか。巨大キングコブラやラーテルベアなどの危険生物のいる地域を通って、資材を運搬するのは相当困難なのは目に見えている。

 必要最低限の資材と道具だけを運べば、二、三回で済むかも知れないが、危険なのは変わらない。

 さらにここを拠点にするのならば、人員を連れてくる必要がある。

 問題は山積みだ。

 そして、何より直近の問題として、ここまで来たはいいが、帰りもまた危険だということだった。

「……とりあえず、そろそろ校舎か洞窟に帰らないと暗くなってくる時間になります。一日、ここで過ごすのもいいですけど、どうしますか?」

 神矢は九条に訊いた。

「いったん戻ろうか。矢吹くんたちも心配しているだろうし、ライオンたちもマタタビ効果がまだ残っているかもしれない。

 ……巨大蛇やラーテルの存在にも気をつけなければならないが、あいつらはデカいし一応遠目にもわかるしな」

「ウソだろ! また行くのかよ!」

 林が悲鳴に近い声で頭を抱える。

「じゃあ、林はここで待機していたらいいだろ? ついでに、その辺の探索も頼むわ」

「……黒河てめえ! 俺を呼び捨てにするとはいい度胸だな。先輩に対する口の聞き方がなってねーようだ」

「俺もね、最初は浦賀さんの側近てことで林のことは認めていたんだよ。けどなあ、さっきあんだけ情けない姿を見せられたら、そりゃ失望もして見下してしまうのも無理もないと思うんだよな」

 林の顔がみるみる怒りに染まっていき、こめかみに青筋を浮かべた。

「殺す」言って、黒河へと殴りかかった。

 それを余裕で後ろに避ける黒河。林は振り抜いた拳を途中でとめて、そこからさらに半歩踏み出して裏拳で黒河の側頭部を狙った。

 余裕の顔だった黒河の顔が驚きに変わり、咄嗟に右腕を上げてそれをガードする。それでも、林の攻撃は威力があったらしく、黒河はガードしたまま身体を少し傾かせた。

 黒河の額から汗が一筋流れた。

「……マジか林、お前こんなに強かったの?」

「気づいたところでもう遅え!」

 そして、二人の戦いが始まった。

「おい、お前ら! いい加減に!」九条が止めようとしたが、神矢は九条を制止した。

「九条さん、少し様子を見てみましょう」

「神矢くん? 何を言っている。こんな所でケンカしている場合じゃないだろう」

「少しだけです。それが確認できたら、二人を止めましょう」

「それ? それって何だ?」

「二人の……いや、俺たちの身体に起きている変化についてですよ」

「……変化だと? 神矢くん、何を言っているんだ」

 九条は気づいていないのか。

 神矢は少しだけ説明することにした。

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