六十二話 変化
思えば、最初に違和感を覚えたのは、サバンナ横断メンバーを決める時に行ったテストだった。
この地底に来てみんな逞しく成長していると、その時はそう思ったが、よくよく考えればたった一月程であそこまで身体能力が向上するのは、やや不自然だと思えてきた。
さらに、先ほど林がラーテルベアに追いかけられていた時もそうだ。
いくら距離があったとはいえ、通常なら人間の脚で四足歩行の獣に追われて逃げ切れるものではない。にも関わらず、林はギリギリだったとは言え、ラーテルに追いつかれる事はなかった。そして、神矢たちの誘導でコブラをラーテルにぶつけたことによって危機を脱し、その後全速力でこの森までやってきた。
「九条さん、あのラーテルがいた場所からこの森までどれくらいの距離があると思います?」
神矢の問いに、九条は怪訝な顔になりつつも少し考え、
「無我夢中で走っていたから何とも言えないが、一キロ半から二キロくらいはあったんじゃないか?」
神矢もそれくらいだと思った。
「不思議に思いませんでしたか?」
九条は手を挙げて降参のポーズをした。
「悪いが何を言いたいのかさっぱりわからん。ハッキリ言ってくれ」
「わかりました。では、ハッキリ言います。俺たちの身体は、この地底で身体能力がかなり強化されていると思われます」
神矢は、目の前で戦う林と黒河を見ながらそう言って、九条に説明をした。
人間が全速力で走れる距離は、オリンピック選手でも四百メートル程で、そこから徐々にスピードが落ちていくと言われている。それなのに、神矢たちは全速力でスピードを落とす事なく二キロ弱の距離を走り抜けたのだ。脚の筋繊維が断裂してもおかしくないことをしたのである。
それに至らなかったとしても、筋肉疲労でしばらくは動けなくなるはずだった。なのに、その後数十分休んだだけで回復して歩いて回っている。
黒河は、神矢たちに悪運が強いと言った。果たして悪運だけで、四人もの人間があの危機的状況から逃げ出せるものだろうか。全員の身体能力が強化されていたから、どうにかなった部分もあるのではないか。
「それを確かめるために、二人のケンカを少しみようとしたわけか」
神矢の説明を受けて、九条は腕を組んで唸った。
「……確かに言われてみれば、地上の時よりも随分と調子は良い。力も有り余っている感覚があるしな」
そうこうしている間にも、林と黒河のケンカは続いている。
両者ともほぼ互角。いや、やや林の方が優勢か。
お互い殴り合って、顔がアザだらけになっていて鼻血や口からも血が出ている。
「は、はやひへんぱい、なかなかやるじゃないれすか。侮っていまひたよ」
「い、今ごろ気づいたのかよ。だが、おまえも、予想外の強さで驚いたぜ……。くそ、今年の後輩どもはどいつもこいつもどうなってやがる」
神矢は九条に言った。
「そろそろ、止めましょうか」
「そうだな」
既にお互いダメージを受けている二人を止めるのに、それほど苦労はなかった。
結論として、二人の身体能力は数日前よりも確かに上がっていた。林とは浦賀との一度やりあっているが、あの時よりも遥かに洗練された動きになっていた。
黒河に関しては、元の実力を知らないが、それでも林とやりあえるだけの実力を見れば、彼も身体能力は強化されているはずだった。
林と黒河を座らせて少し休ませていたが、三十分程ですぐに立ち上がり、彼らも自分の身体の変化に驚いた。
「おいおい、殴られた箇所がもう痛くねぇ……。身体を動かしても大丈夫そうだ」
「俺もだ。一体どうなってんだ? あの洞窟以上に回復が早いぞ?」
その言葉に、九条がこの樹洞内を見回して言った。
「おそらく、この樹の中にいるからじゃないか? この樹全体から感じる生命力が、俺たちにも影響しているのかもしれないな」
その仮説に神矢も同意した。
「さらに付け加えるなら、普段俺たちが食べているこの地底の食材だけど、どれもこれも異常な旨みを持っている。栄養価も相当あるだろう。食事効果で、いろいろと身体の機能も向上している可能性も捨てられない」
「……食事効果で回復機能アップって、マジでゲームの世界だな」
林がそう言ったが、神矢の見解は違った。今まで、この地底世界での不思議生物や不思議現象について、考えた所で無駄だと思ってはいても、やはりどうにかして理屈や理論を考えてしまっている。
言った所で確証もないし、ただの憶測でしかない。
それでも尚、自分の中で納得のいく答えを出してしまうのだ。
ここは地球の内部の世界である。さまざまな不思議な現象、植物、動物が、地上と似通いつつも異なった生態として息づいている。どれもこれも、地上よりも一つ上の進化形態だと思えた。
何故、このような進化形態となったのか。それは、地球内エネルギーによるものではないかと推測した。
地球の中心にある核のエネルギー。当然、地球表面よりも内部の方が核のエネルギーに近い。そのエネルギーに充てられて、生物たちの生態が違ったものになっているではないだろうか。そして、それらの一部を一ヶ月ほど食し続けた神矢たちもまた、その恩恵を受けている可能性がある。
その考えを皆と共有するつもりはなかった。自身の身体の変化を知れば不安に思う者も出てくる。
林の言葉のように、ゲーム感覚で食事による身体強化、くらいの気持ちでいた方が楽なのだ。
この事を考えると、偏差値が大したことのないこの高校で良かった。下手に賢い高校生たちだったら、色々と神矢のように憶測や議論を出して、難しく考え過ぎていたかも知れない。
二人が回復した所で、神矢たちは樹の外へと出る事にした。
そして、再びサバンナの方を見る。
「……生きて帰れるだろうか」
林がそんな不安を漏らした時だった。
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