四十三話 新たな問題

 地底生活二十日目。

 校舎組と洞窟組に再び分かれて三日目の朝。

 浦賀との戦いで傷ついた身体を早瀬に見てもらったのだが、その傷を見て彼女は唖然とした。

「……嘘でしょ? あれだけ深かった肩の傷が、たった三日で塞がっている。信じられない」

「だから言っただろう? この洞窟は、いや、この地底は色々とおかしいんだよ」

 隣で順番待ちをしていた矢吹が自分の脇腹を軽く叩いて言った。

「ホレ、俺も軽く叩いたくらいなら殆ど痛くないしな。軽い運動も余裕でできるぜ」

 神矢の傷を見た後、早瀬は矢吹の状態も確認して、信じられないといったふうに目を閉じて頭を横に振った。

「……触った感じ、確かに肋骨も治りかけているっぽいわね。レントゲンが撮れないから何とも言えないけど」

 早瀬は深くため息をついた。

「そう言えば、わたしもここに来てから身体の調子が良いわね……。校舎では妊娠初期の症状が辛かったのに、ここでは全然大丈夫になったわ。ご飯も普通に食べれているし。……いったい何なのよここ?」

 そんな早瀬に、神矢と矢吹は言ってやった。

「考えるだけ無駄ですよ」と。



 洞窟前広場では、みんながそれぞれ役割分担で作業を行なっていた。

 元洞窟組が校舎組だった者に、洞窟内でのルールや、作業内容を教えている姿が見られた。

「いいか。ここでは、木炭を作っているんだ」

「何でわざわざ炭作るんだよ。燃やすならその辺に木材いっぱいあるじゃねーか」

「これだから素人は。いいか、炭ってのはだな、様々なメリットがあるんだよ。バーベキューを考えてみろ。木材と違って、煙は少ないし高温でかつ長持ちするだろ? 火力の調整もしやすい。そして、炭火で焼いた物は普通に焼くのよりも旨い」

「……なるほど。確かにな」

 今度は広場とジャングルとの境界に竹で作成した格子状柵の管理をしている生徒たちの声が聞こえてきた。

「この柵は重要だぞ。動物の侵入を許さないようにガッチリと設置しなきゃならん。格子状の結び目が緩んでないか、千切れてないかの確認を毎日しっかりとするんだ」

「……本格的だな。だけどよ、竹だと大型の動物にはあまり意味ないだろう?」

「まあな。けど、それ以外だったら有効なんだ。それに大型でも少しでも食い止めれば、隙間から竹槍とかで突いて攻撃できるだろ?」

「……なるほど。確かに」

 そしてまた一方では。洞窟前広場のジャングル側で草むしりしている組がいる。

「……何で草むしりなんだよ。意味わかんねぇ」

「文句言うなよ。これも大事な作業なんだ。この辺りは長い草が多いだろ? 少しでも見晴らしを良くして、猛獣とか蛇とかが隠れ潜まないようにするためなんだよ。あとは、危険な虫とかも見つけやすくするためもある。今でこそ、洞窟前はそこそこ広場になってきたけど、最初は狭かったんだぜ」

「マジかよ。こんな地道な作業、よくやってんなお前ら……」

「矢吹さんの指示だからな。あの人は、周りの事をよく考えてくれてるよ。頼れるリーダーだ」

 そんな会話を耳にして、矢吹は顰めっ面で頭を掻いた。

「だそうですよ。頼れるリーダー」

「止めろ。殴るぞ」

 神矢の言葉に、矢吹が睨みつけてきた。

 九条が洞窟組でなくなり、神矢はいつの間にか矢吹と行動するようになっていた。校舎奪還以降、矢吹が時々「見回りに付き合え」と誘ってくるようになった。

 ふと、女子たちが数人集まっているのに気づいた。何やら深刻そうな顔をしている。

「……もう残り少ないわ。校舎内の誰か持ってないかな」

「早めに対策取らないと、汚れたら大変よ。替もないんだから」

「……そうね。ただでさえ洗って干している間は、スースーするし外へ出れないし」

「こういう時って、昔の人はどうしていたんだろ? あぁ、歴史の授業真面目に聞いとけば良かった」

「いや、授業でそんな事学ばないでしょ!」

「……こんな事男子たちには相談できないし。あーもう、どうしたらいいの?」

 矢吹が近づいて声をかけた。「どうした? 問題発生か?」

 女子たちは驚いて矢吹を見た。

「や、矢吹くん! あ、いや、なんでもないのよなんでも!」

「なんでもないのにそんな深刻そうな顔をするか。それに、どんな些細なことでも報告しろと言ってあるだろう。さあ、何かあったか言え」

 矢吹の言う事は正論だ。だが、女子たちはそんな矢吹をギロリと睨みつけた。

「矢吹くん、あなたは確かに頼れるリーダーだと思うわ。強いし問題児たちもうまくまとめているし、校舎も取り返してくれたし凄く感謝している。でも、前から思っていたけどそんなあなたには欠けているものがある」

「……何だと?」

 女子の一人が矢吹に正面きって言った。

「デリカシーが無いのよあなたには! 女には女の都合というものがあるのよ!」

 その迫力に狼狽する矢吹。

 神矢は先程の女子たちの会話からヒントを探そうとした。歴史の授業……違う。洗って干している間? 替がない? という事は衣類関係か。いや、まだ何かある。男子に相談出来ない? そして、女の都合。デリカシー云々。……ああ、なるほど。そういうことか。

「デリカシーがないってどういうことだ? ハッキリ言わないとわからないだろうが」

「矢吹さん矢吹さん」

 神矢は矢吹の服を引っ張って、それ以上聞くなという意味合いを込めて、首を横に振った。

「トイレ問題の時に、九条さんが言っていた言葉を思い出してください」

 女は男が思う以上にデリカシーに関して過敏である。そして、団結した女子程恐ろしいものはない。

 その時の九条を思い出したのか、矢吹は目の前の女子たちを見て、少しばかり後退りをした。

「わ、わかった。これ以上は聞かない。俺は分別ある男だからな。よし、行くぞ神矢」

 そう言って、矢吹はスタスタと女子たちから離れた。

 後をついていく神矢を見て、「結局なんなんだ?」と聞いてきた。彼はこういう事には疎いらしい。

「早い話が」神矢は周りを見て誰も聞いていないのを確認して、「たぶん、生理ですよ」と伝えた。

 矢吹はそれを聞いて鼻白んだ。

「な、なるほどな。そりゃ女の口からハッキリとは言えねーわな。だが、そうだとして何が問題なんだ?」

 何故自分がこんな事を説明しなければならないのか。神矢はそう思いながらも、やはり周囲を気にして簡潔に説明した。

「いいですか? 月のモノは血が出ます。だから下着を汚さないように生理用品を使います。ですが、ここではそんなモノ売ってません。となると、生理用品がなくなると毎回下着が血で汚れるわけです。替の下着もありませんし洗って干している間は、何も履いていないわけです。男子の目も気になるでしょうし、迂闊に動けなくなるわけですよ」

「……なるほど。そういうことか。確かにそりゃ問題だな」

「他人事じゃないですよ。オレたちも、服は学生服かジャージしかないし、下着の替えはないんですから」

 神矢は困り顔でため息をついた。

 この洞窟内では身体の調子が良くなる効果がある。食材も豊かで栄養もおそらく問題なく摂取できているだろう。加えて、あの地底温泉では、女子たちの美肌効果、血行促進効果も抜群だ。当然、それらは男子たちの股間の方にも影響が出ている。

 菅原たちが女子たちを襲うという事件はまだみんなの記憶に新しい。だから、みんな必死に欲望を理性で抑えているが、女子たちの美肌を見て反応しては、自分で処理する者が多い。

 しかし、夜の生理現象はどうしようもなかった。思春期真っ盛りの高校生一同に、個人差はあれどそれは平等にやってくる。夜中に目を覚まして、下着を洗いに行く生徒の多い事。神矢もその一人ではあるのだが。

「……何か対策を考えないと駄目ですね」

 神矢は本気でそう思ったのだった。

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