十話 分裂

 ジャングルは次第に暗くなりかけていた。夜が近づいているらしい。

 校舎へと戻ってきた時、神矢たちは眉根を寄せた。

 玄関口に二人、門番のように三年の問題児グループのうちの二人が座っていた。それぞれ、いつの間にか作成した釘バットを持っている。

 二人は立ち上がり、神矢たちを見据えた。

 見張りを立てることにしたのか。そう思い、通ろうとしたその時、バットの先を神矢の胸に突き出して、制止した。

「食料はちゃんと持ってきたんだろうな?」

 偉そうに言ってくる。

「いや、今回は食料はなしだ。早く入れてくれ。疲れてるんだ」神矢は疲れた声で言った。

「食料がなかったら駄目だ。持ってくるまで、入ることは許さねえ」

 その言葉に耳を疑った。

「何言ってるの? 早く入れなさい。わたしたち今日は大変な目にあったのよ」

 鮎川が二人の前に立って言った。

「ああ、先生と女子は入っていいぜ。いろいろしてもらうことあるしな」

 ニヤニヤして言う二人。

 ますますもってわけがわからない。

「不思議そうだな。教えてやろう。おまえらがいない間、この校舎は俺たちのもんになったんだよ」

「ちょっとどういうことよ!」

 雪野が神矢の後ろから怒鳴った。

「簡単な話だ。ここでは強い者が生き残る。俺たちは選ばれた人間なんだ。選ばれた人間には城が必要だろ? だからこの校舎を俺たちの城にした。教師も、他の生徒たちも俺たちの下僕になるか、それが気に入らないヤツには出て行ってもらったよ」

 言っている意味が分からない。このような暴挙をあの矢吹がするだろうか。

「……お前らの頭は、矢吹さんか?」神矢は訊ねた。

「矢吹? あんなヤツに頭なんか務まるか。俺らの頭は、初めから浦賀うらがさんだ」

 浦賀。神矢の知らない名前だ。もっとも、クラスメイトの名前すらあやふやなのだが。

「で、お前らはどうすんだ? 俺らの下僕になんのか?」

「この状況で何言ってんだ! みんなで力併せないと!」

 言う九条に、馬鹿にした笑みを浮かべる二人。

「別に俺らは俺らだけで充分なんだよ」

 どこからそんな自信がくるのだろうか。

 神矢は少し考えた。

 先程の探索でみな疲れている。安全な場所は、今のところこの校舎以外にはない。

 こんな奴らに従いたくないが。

「少し待ってくれないか。みんなと相談する」

「いいぜ」

 神矢の言葉に、二人はニヤニヤして頷いた。「ま、下僕になる以外、道はないけどな」

 その言葉に雪野は彼らを睨み付けた。

 彼らから少し離れて、神矢たちは話しあった。

「何なのあいつら! サイッテー!」

 雪野は憤慨している。当然と言えば当然か。

「他の生徒や先生はどうしたんだろうな? あいつらのいいなりか?」

 腕を組んで九条は彼らを睨みつけた。

 神矢は顎に手を当てて少し考え、鮎川に訊ねた。

「先生、浦賀ってどんな生徒か知ってますか?」

 鮎川は神矢たちの顔を見て、答えた。

浦賀直人うらがなおと。三年なんだけど学校で一番の問題児よ。我が儘ですぐ暴力振るって、過去何度も補導されているわ。人を刺したって話もある。暴力団と繋がりがあるとかないとか。さらに、暴走族の頭らしいわよ。まあ、どこまでホントの話かわからないけど、先生たちが彼を恐れてるのは間違いないわね」

「……おいおい、まじか? そんな漫画かドラマの設定みたいなやつ実際にいるんか」

 九条は唖然とした。

「……そういや聞いたことある」と、それまで黙っていた野上が口を開いた。

 神矢は完全に野上の存在を忘れていた。いても存在感が薄い人間というものを初めて体験した。

 そんな神矢をよそに、彼は続けた。

「この学校で絶対に目をつけられてはならない人がいるって。それが浦賀って人かよ。最近も逮捕されたって聞いたけど、釈放されたのか? 何で夏休みの学校にいるんだよ!」

「事の経緯から、赤点組ということだろ。そんな補導とか謹慎とかされていたら、出席日数とか足りないんだろうな。ま、補習に来ているということ自体が不思議だけど」

 神矢が言うと、鮎川は頷いた。

「……彼が何を考えているかはわからないけど、とりあえずは卒業しておこうって気があったんじゃないかしら」

「そんな奴退学させればいいのに」と雪野。

「そうだよ。何でそんな奴置いておくんだよ」野上が便乗した。

「報復を恐れたんだろ? 本当に暴走族の頭で、なおかつ暴力団とかと知り合いだったら、退学なんかさせたらどんなことするか」

「……神矢君の言う通りよ。情けない話だけどね」

 雪野たちは納得いかないまでも、鮎川の悔しそうな顔を見て何も言わなかった。

「……矢吹さんはその浦賀に反抗しなかったのかな?」

 神矢は誰に聞くともなく口にした。

「やられたか逃げたんじゃないか? あの矢吹って三年生も強そうだけど、暴力団と関わりがあるようなヤツになんて関わりになりたくないだろう」

 野上がそう言ったが、神矢は腑に落ちなかった。

 とりあえず思考を切り替える事にする。

「……さて、そんな人が今あの校舎を仕切っているわけだが、みんなはどうしたい? その人の下僕になる?」

「冗談じゃないわよ! それこそどんなことされるかわかんないじゃない!」

 神矢の言葉に雪野は猛反対した。

「だけど、夜のジャングルは危険だ。校舎に入らないと」

 九条が言い、雪野は口をつぐんだ。

 さて、どうするか。

 思案する神矢の足元で、何か小さい物が飛んできた。足元を見ると、どこからか小石が飛んできていた。

「こっちだ」

 小さい声に振り向くと、少し離れて木に隠れて手招きしている男子生徒がいた。神矢たちは彼に近付いた。

「お前ら、あいつらの仲間にはならないんだよな? だったらいい場所があるんだが、どうする?」

「君は、あの校舎から追い出されたのか?」

 九条の問いに、生徒は頷いた。

「半数ぐらいはあいつらについていけず、校舎を出たよ。ちょうど、探索グループの一つが、いい場所を見つけたって話をしていたから、みんなそっちに移動したんだ」

「いい場所?」

「行けばわかるよ」

 神矢はみんなと目配せし、頷いた。

 彼は坂木幸治さかきこうじといって、三年だと自己紹介した。陸上部で今年の夏の大会に賭けていたらしい。休憩で校舎内に入って、巻き込まれたという。

「まさかこんな事になるなんてな」

 自嘲気味に坂木は言った。

「みんなそう思ってる」

 九条が言って、坂木は「……そうだな」と頭を掻いた。



 三十分程歩いただろうか。校舎からやや北西に向かい、所々木の枝が折ってあってそれを目印に辿っていく。やがて、大きな岩山が見えてきた。その切り立った岩山の根本にその場所はあった。

「洞窟か?」と、九条。

 岩の壁にぽっかりと空いた洞窟。中から光が漏れていた。入り口に三人見張りがいる。体育教師の菅原に、男子生徒二人だ。

「中入ったらびっくりするぜ」

 坂木の後について行くと、見張りの三人が頷いた。

「校舎の様子はもう知っているな。ま、とりあえず中入れ」

 中に通されて、神矢たちは驚嘆した。

「な、なんじゃこりゃ?」

「すっごーい! 何これ!」

 唖然とする九条。興奮する雪野。

 洞窟内は体育館の半分程の広さがあり、岩の天井、壁、地面が淡く光を放っている。その中で、生徒たちが火を炊いて、さらに明かりを確保している。煙は天井の岩の隙間からうまいこと逃げていっているようだ。これならば、一酸化炭素中毒にならずに済みそうだ。

「……凄いわね。洞窟なのに明るい」

 鮎川が周囲を見回して言った。

「あ、鮎川先生!」

 同じクラスの上原綾香と宍戸凜が近寄ってきた。

「すごいでしょ。ここ」

 上原が目を輝かせて言った。実際、周囲の光が目に映ってキラキラしている。

「先生、魚あるよ。食べよ」宍戸が鮎川の腕を引っ張った。

「他の探索グループが川で取ってきたんだよ」

 上原の言葉に見に行くと、数匹の大きな魚を口に棒で挿して、炎で焼いていた。

「……まさか、鮭か?」

 神矢たちはまた驚いた。

「そうなの。あの矢吹って人が採ったんだって。この洞窟もあの人が見つけたんだってさ」

 上原が、奥の方で壁に背を預け、林檎をかじっている彼を指差した。果物も探索グループの一つが発見したらしい。

 神矢は九条と一緒に矢吹に近づいた。

「すごいな。こんな場所があるなんて。あの鮭も君が採ったんだって?」

 九条が感心したが、矢吹は無言で林檎をかじった。

 神矢は彼に訊ねた。

「校舎はいったいどうなったんです?」

「説明は受けただろ? 聞いた通りだ」

「黙って、その浦賀ってヤツに校舎を渡したんですか?」

 矢吹はギロリと神矢を睨み付けた。

「アイツはずっと校舎の中で隠れていやがったんだ。おそらく、俺がいなくなるのを待っていたんだろう。俺が探索に行っている間に姿を現して、校舎の連中を牛耳ったわけだ。教師どもは浦賀を恐れているし、他の生徒らも同様だ。校舎に帰ってきた俺たちは、探索でかなり体力を消耗していた。下手にやりあうわけにはいかなかったんだよ。それに、浦賀の手下はけっこういたし、武器のほとんどもあいつらが占領していた」

「……探索用に集めた武器が裏目に出たのか」

 神矢は歯噛みした。

「まったく何考えてんだ。そんなことしている場合じゃないだろうが」舌打ちする九条。

「……いえ、むしろこんな状況だからこそ、その浦賀って人は行動に出たんじゃないですか?」

 神矢の言葉に、矢吹が「ほぉ」と感嘆の声を漏らす。

「何故そう思う?」

「浦賀の素性は鮎川先生に聞きました。族の頭もやっているそうですね。そんな人が今まで校舎内に隠れていて、矢吹さんがいない時を見計らって、手下を従えて武器を独占して校舎を乗っ取った。浦賀がどんな人物か知らなくても、それだけで充分に危険な人物だという事はわかります。おそらく、独占欲が強く自分の思う通りに事を進める人物ではないでしょうか。そして、おそらく状況判断も早い。昨日一日で周囲の状況確認をして、今日探索グループが増えて校舎内が手薄な時を狙ったとしか思えません」

 矢吹は神矢の顔を値踏みする様に見た。

「ふん、正解だ。あのクソ野郎はとんでもなく傲慢で頭の回転も速く、そしてイカれてやがんだよ。こういった状況を嬉々として楽しんでいるだろうな」

 それを聞いて、九条は大きくため息をついた。

「……全く次から次へと。まだ二日目だぞ」

 九条の気持ちは皆同じだろう。問題が更に降り積もってきている。

 陰鬱な空気を変えるべく、神矢は話題を変える事にした。

「ところで」神矢は辺りを見回した。奥の方に、さらに洞窟の穴が三ヶ所あるが木の枝やら石やらでバリケードがしてある。

「あの奥は?」

「まだ見てない。何があるかわからんが、とりあえず塞いだ。それなりに頑丈に作ったつもりだが、大型の獣とかいたら壊されるな。今夜は見張りを立てておくが、お前らも異変を感じたら直ぐに言え」

 矢吹は言って、林檎の芯を足元に捨てた。

「俺はもう休む。向こうに行ってろ」

 神矢たちは言われて彼から離れた。

 その後、鮎川たちに勧められて鮭を食べて、神矢たちも休むことにした。

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