ディープグラウンド〜地底学園サバイバル〜

巧 裕

プロローグ 予兆

 チャイムが鳴った瞬間、生徒たちは歓喜の声をあげた。

「よっしゃあ! 今、この瞬間から夏休みだぁ!」

 早速仲の良い者同士が集まり、夏休みの予定の相談を始める。

「コレより、我は修羅と化す。オンラインでひたすらモンスター狩るぞ!」

「同じくオレもゲーム三昧だな。銃撃戦が俺を待っているぜ」

「馬鹿野郎! 夏と言えば海! 海といえば水着! 水着と言えば女だろうが! 俺はこの夏大人になる!」

 男子たちのテンションが高い。

 女子生徒たちもそれぞれ仲間で集まって、旅行の計画を話しあっている。

 その姿を見て、担任の鮎川翔子あゆかわしょうこは、彼らに現実を教えた。

「浮かれるのもいいけど、ハメを外しすぎないで。それと、期末テストで赤点取った人は、夏休みは補習だから」

「……うぁぁ…そうだったぁ。何故オレは勉強をしなかったんだぁ……」

「……先生は鬼か! 高校生活の大切な青春の一ページである夏休みに勉強をしろとか鬼畜の所業!」

「勉強しなかったあんたたちが悪いんでしょうが。ちゃんと補習来なさいよ」

 そう言って、鮎川は教室を出る前に、今日欠席した生徒の机を見た。

 神矢祐稀かみやゆうき。彼もまた、夏休みに補習が決定している。彼の家庭の事情は把握しているが、果たして補習には来れるだろうか。

 成績は問題ないのだ。ただ、家の事情で休みがちであり、出席日数がすこし足りないための補習だった。

 職員室に向かいながら、鮎川は小さく息を吐いた。一部生徒たちは休みだが、教師はすることがある。

 生徒たちの補習。部活動の顧問としての仕事。

 大人に夏休みはない。あるとすれば、盆休みくらいか。

 盆休みには何をしようかな。実家にでも帰ろうか。そんな事を考えながら職員室に入った。その瞬間、女性教師の悲鳴が聞こえた。

「何だ? どうしましました?」咄嗟にかけよる男性教師たち。

「む、虫」

 部屋の隅を指差し、それを見て全員が後ずさりをした。

 びっしりと埋め尽くされた虫。ムカデ、ゲジゲジ、ヤスデ、ダンゴムシ、わかったのはそれぐらいか。とにかく多くの種類の虫がそこに集まっていた。

「だ、誰か殺虫剤持ってこい!」

「い、いや、刺激したら余計まずい! いったん部屋を閉め切ってバルサンだ!」

 全員がいったん職員室を出て、中でバルサンをたくことになった。

 しばらくして、男性教師がおそるおそる中に入って様子を伺う。

「……もういいだろう。全部死んでる。片付けるの手伝ってくれ」

「わ、わたしたちもやるんですか?」

 女性教師は心底嫌そうに言った。鮎川も嫌だった。ムカデもゲジゲジも、見ただけで身の毛がよだつ。

 結局、男性教師数人が片付けることになった。

「よし。もういいですよ」

 鮎川たちはほっとして、中に入った。

 夏休みに入る直前の虫事件。

 鮎川はその程度に思った。



 用務員の男は、校舎の周りを掃除していた。ゴミ箱の中身を回収し、ゴミ処理場まで持って行く作業だ。それだけならまだ良いのだが、ゴミをゴミ箱に捨てない生徒が多く、花壇に捨てたり植栽の木に引っ掛けたりしてあり、集めるのが大変だった。

 まったく、ろくな大人にならねえな。

 男はぼやきながら、他にも空き缶やガムの吐き捨てたのを、つまんでゴミ袋へと回収していた。

 生徒たちは夏休みに入るが、部活でまた校舎へとやってくる。ジュースやらお菓子やらのゴミがなくなることはない。

 男は校舎を見上げ、ため息一つ吐いた。

 ふと、足元がぬかるんでいるのに気づいた。

「ん? どっかから水漏れか?」

 最近は雨が降っていない。水が出てくる場所を探したが、近くに水道の蛇口やホースはなかった。となると地中の水道管だろうか。

 見てみるか。

 男はぬかるんだ地面を掘って水道管を見た。亀裂が入っていて、水が漏れ出している。

「あーあ、こりゃだめだな。業者呼ばないと」

 とりあえず、男は理事長に携帯で電話をして、水道の元バルブをいったん止める旨を伝えた。そして、了解を得てから、元バルブを閉める。

 亀裂から水は出なくなった。

 しばらくして業者がきて、水道管を修理した。

「よし。これで大丈夫です」

 業者の作業員たちは、土も埋めて元通りにした。

 これでよし。ゴミもあらかた片付いたし、そろそろ俺も帰ろう。

 男はその場を去った。

 その数分後。

 直したはずの場所からは、再び土が湿り気を帯びてきていた。

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