96作品目

02話.[それはいいです]

「うわーん！　もー！」

　う、うるさい……。

　基本的に落ち着いているのにたまにこうなるから彼女は難しい人間だった。

　普段抑えている分、こうして出していかないと駄目なんだろうか？

　もしそうなのだとしたらせめて場所だけは考えてもらいたいと言わせてもらう。

「隣の席の子が嫌なんだよー」

「隣……え、水和のお友達でしょ？」

「そうだけどさー、すぐにからかってくるんだよっ」

　知っているからこその行動ではないだろうか。

　彼女と話したくて、きっかけを見つけたくてそうしている可能性がある。

「水和ー――」

「来ないでっ、孝太郎（こうたろう）なんて知らないよ！」

　よほど嫌なのか彼女は教室から出ていってしまった。

　残された彼、伊佐は「なにも逃げなくていいのにね」と話しかけてきた。

　素直になれないお年頃だからとか冗談で言ってみたら笑われてしまった……。

「素直になれないのは伊佐だった」

「え、僕は素直だけどな」

「じゃあどうしてからかう？」

「それは……水和のリアクションが面白いのが悪い」

　いつか距離感を見誤って本格的に悪い仲になりそうだ。

　でも、高校生であればちゃんとやめなければならないラインを分かっているはずだから言ったりはしない。

　私としては水和と自分が仲良くできていればそれでいいからだった。

「町枝先輩、今日の放課後ってお時間ありますか？」

「特に用事はないけど」

「それなら放課後に付き合ってください、あ、ひとりで嫌なら河桜先輩も一緒でいいですから」

　こう言っていることだから一応この話を教えておいた。

　そうしたら今日は参加しないということだったので、私ひとりだけという旨のメッセージを送っておいた。

　ふたりで集まってどういうところに行きたいのか、実はその後も気になって集中できない時間になってしまったという……。

「お待たせしました……って、どうしたんですか？」

「どこに行きたいの？」

「私は町枝先輩といたかっただけです、行く場所もこれから考え――町枝先輩っ？」

　なんだ、あくまでそういう緩い感じだったのか……。

　こちらを騙すようなことをする子ではないだろうが、なんとなく期待や不安があって落ち着かなかったところにこれだと少し微妙だ。

　それでも一緒にいたいと言ってもらえるのは嬉しいということが分かった。

　水和に言うことはあっても言われることがないからなおさらそう感じる。

「少し歩きましょうか、外にいれば行きたいところとかも出てくるはずですから」

「分かった」

　放課後になったらすぐに帰ることにしている自分としてもその方がいい。

　あれ程度で集中できなかった自分が恥ずかしいのもあったので、できるだけそれに触れられないようにする必要もあったから。

　ちなみに、相手が長く一緒にいる水和というわけではなくても落ち着かないとかそういうことはなかった。

　合わせてくれているのは分かっているが、相性というのはあまり悪くないのかもしれない。

「町枝先輩、手を繋ぎましょう」

「いいよ」

　多分、傍からすれば姉妹のように見えると思う。

　姉力というのがないからそれは仕方がないことだ。

「秋草は面白い、私と手を繋げて嬉しいの？」

「はい」

　そういうことならこれからふたりだけでいるときはしてもいいかもしれない。

　冬というわけではないから温かくて助かるというわけではないものの、人の体温というのは落ち着けるから悪くはない時間だった。

　あの話をしてから落ち着かなくなっていた分、なんかこれですっきりできた。

「雨、降らなくなりましたね」

「確かにそうだ」

　出会った日からそう時間もしていないが、季節外れの雨ばかり、なんてことはなくなっている。

　特別嫌いというわけではないからいいと言えばいいと言える。

　ただ、こうしてお友達と過ごせているときはゆっくりしたいからせめて曇りではあってほしい。

「あの、今日教室に行ったときに話していた人は誰なんですか？」

「伊佐は水和の幼馴染みたいな存在」

「つまり、町枝先輩と特別な関係というわけではないんですよね？」

　うなずいたら「それならよかったです」と気持ちのいい笑みを浮かべていた。

　自惚れでもなんでもなく彼女は私のことを気に入っているみたいだ。

　そうでもなければ手を繋いだりとか、いまみたいなことを言ってはこない。

　あのとき水和が言っていた「ヒーローみたい」というのもそこまで間違ってはいなかったのかも。

「抱っこしていいですか？」

「重いと思う」

「大丈夫です、それなりに自信がありますから」

　移動するのは危ないから止まって試してみることにした。

　そうしたらひょいっと持ち上げたうえに「ほら、強いでしょう？」といい笑みを浮かべて彼女が言ってきた。

　勉強も運動もその他色々な能力も含めて、彼女はハイスペックなのかもしれない。

　そのハイスペック少女が腹痛には負けてしまうということなんだから不思議な話だと言える。

　また、あのとき変にプライドなどを優先して暴れたりしないところが意外だった。

　何故なら水和は絶対にこちらを頼ってはくれないからだった。

「町枝さん、今日はちょっと付き合ってくれないかな？」

「付いていくことぐらいならできる」

「うん、それでいいからさ」

　水和のお友達だから男の子だからって怖いということはない。

　私は私らしくできることをしていればいい。

　で、どうやら水和に渡す物を探しに行くようだった。

　お誕生日というわけでもないのにプレゼントなんて面白い考えだと思う。

「やっぱり水和なら服かなー」

「サイズは知っているの？」

「知ってる、だから下着だってプレゼント――そんな顔をしないでよ……」

　何度も渡せばいいというわけではないからこちらはお誕生日のときになにかを選んで渡そうと決めた。

　それからも彼は「これはどうかな？」とか「こっちの方がいいかな？」とか聞いてきたものの、その度に大丈夫と言っても探し続けることをやめなかった。

　結局、他者の意見なんてどうでもいいということなら聞かなければいい。

「ちょっとお腹空いたからハンバーガーでも食べようか」

「ハンバーガー」

「お、その顔は町枝さん的にも悪くないんだね？　じゃあ行こう」

　ポテトも食べられるから悪くないことだった。

　実は結構食べられるからこの後兄のご飯も味わえることを考えるといいコンボだ。

　無茶を言ってくるような存在でもないし、一緒にいて不安になることもないから意外な存在だと言える。

「伊佐はなんか落ち着く」

「はは、じゃあ嫌われているわけではないということだね」

「ん？　嫌っていたらそもそもこうして行動していないけど」

「ははは、確かにそうだ」

　彼は「僕だって嫌いな子とはこうして一緒に行動しようとしないよ」と。

　なんとなく水和や彼はそれでも上手くやれてしまいそうだった。

　本人がいるところでやらなければ全く問題にはならない。

　まあ、できることなら他者の悪口を言わないで済む方がいいんだけど。

「これかな、町枝さんは？」

「伊佐と同じのでいい」

「分かった」

　まとめて注文をしてくれたから席に座って待っていた。

　平日だからそこまで混んでいるというわけではなかったため、いい場所を確保することは容易だった。

　その途中、そういえば今日は秋草が来なかったなと思い出した。

　行くのも行かないのも自由だからそのことについてとやかく言うつもりはないが、なんとなく不安になってしまったという……。

「お待たせ――って、そんな顔してどうしたの？」

「ごめん、持ってきてもらって」

　お金は渡してあったからその点については問題ないが、注文から運ぶことまで任せてしまうのは違う。

　普段からお手伝いとかをしていないということがこういうことではっきりとしてしまっていて恥ずかしい。

　別に怒られるというわけではないんだからやろうと思えばやれるのに、それにも関わらず私は正当化みたいなことをしてなにもしていないからだ。

「本当はそれじゃないでしょ？」

「今日は秋草が来なかったから」

「ああ、そういえばそうだったね」

　言ってしまえばお腹が痛いときに運んでくれた相手、というだけでしかない。

　そのときに感謝することはあっても、長くい続けたいなんて考えないかも。

　むしろこの前までがおかしかった可能性がある。

　手を繋いだりとか抱っことか、同性に求めたって仕方がないことだし。

「だけどとりあえず食べようよ」

「うん」

　かなり久しぶりに食べたハンバーガーは本当に美味しかった。

　甘いジュースもそう、揚げたてのポテトもそう。

　食事という行為をしていればそこまで仲が良くない相手とも全く気にせずに楽しめるというのはすごいことだ。

　これを秋草ともすれば仲良くなれるだろうか？

「明日、話しかけてみようかな」

「ちゃんと相手をしてくれると思う」

「うん、僕的にもそういう風に見えたから」

　一学年とはいえ、先輩が相手のときは疲れるだろうからゆっくりやってあげてほしいなんて偉そうに言わせてもらった。

　そもそも離れたがっているのであれば私の考えていることも迷惑になるから。

　もしかしたらそういうところの見極めが下手で失敗してしまうかもしれない。

　そうしたばっかりに嫌われてしまっても嫌なので、そうなるぐらいなら逆に来てくれない方がいいかななんて弱気な自分がいた。

「ふぅ、水和にあげる物も買えたし大満足だよ、付き合ってくれてありがとう」

「気にしなくていい、伊佐のことは嫌いじゃないから」

「そこは人としてでも好きだと言ってほしいなー」

「私達はまだ仲がいいわけではないから」

　途中で別れて帰路に着いた。

　兄の家まであともう少し、というところで秋草と遭遇した。

　移動することなく立っていたから少し休憩していたのかもしれない。

「どこに行っていたんですか？」

「伊佐とお店に行ってきた」

「伊佐先輩とですか」

　一年前の自分が自分からこう聞かされたらこういう顔になったと思う。

　お出かけするなら水和と、そういう考えで行動していたからだ。

　もちろん他者を拒絶していたわけではないが、どうしてもあまり仲が良くない相手といると気まずくなるから、避けたいという気持ちはあったから。

「町枝先輩、少し付き合ってくれませんか？」

「いいよ」

　動けばお腹も落ち着くからありがたいことだった。

　このこともしっかり連絡してから彼女に付いていく。

「今日は同級生に勉強を教えていて行けなかったんです」

「無理する必要はない、来たくなったときだけ来ればいい」

　強制してしまったら仲良くなれることは延々にないだろう。

　あくまで一緒にいたいと思って近づいてきてほしい。

「私は町枝先輩といたいです」

「それなら今度は私の方から行く、来てもらってばかりだと悪い――」

「それはいいです、私の方から行きますので」

　あ、そうか、それだと水和といられなくなってしまうのか。

　私としてもどうせなら三人で仲良くなれた方がいいため、偏らないようにしたい。

　あくまで水和と仲良くなることが目的だったとしても構わない。

　それに自分の教室以外は正直緊張するからありがたいことだった。

「町枝先輩を友達に見られたくないんです」

「どうして？」

　そこまで駄目な感じというのはないと思う。

　先輩らしくはないかもしれないが、一緒にいて恥ずかしい人間というわけではない気がするんだけどな。

　自己評価が高すぎるということなのだろうか？

「だって取られてしまうかもしれないじゃないですか」

「と、取られる？」

　命を？　なんてそんなわけがない。

　単純に物理的に私自身を、ということか。

「まあ、そのことはいいです、とにかく私の方から行きますので」

「うん」

「私、結構独占欲が強い人間なんですよ、だからもしかしたら暴走してしまうなんてことがあるかもしれません」

　これが所謂、肉食系、なのかもしれなかった。

　明らかにこちらを見る目に力が込められている。

　別に怖いことをしてこなければ構わないからなにも言わなかった。

「っと、これ以上はさすがに迷惑をかけてしまうので帰ります」

「送る」

「え」

「お兄ちゃんが作ってくれたご飯を美味しく食べるためにするだけだから気にしなくていい」

　お家の場所は既に知っているからあの日みたいに探り探りみたいにはならない。

　あと、彼女と手を繋ぐという行為を既に気に入っているというのもあって、なんかぽかぽかしていた。

　今日はあのときみたいに冷たくないから安心できる。

「今度、私の家に遊びに来てください、ある程度の時間までは両親もいないのでその点での心配もありませんから」

「分かった」

「ひとりで不安なら河桜先輩と一緒でいいですから」

「大丈夫、あ、だけど参加したいと言ったら連れてくるかも」

「大丈夫です、ある程度の広さがありますからね」

　客間とリビングを見ただけでしかないがそれはあのときだけでも分かっていることだった。

　実家と違って兄の家は一軒家ではないということも影響していて、なんか物凄く広く感じたぐらい。

「あと、伊佐が秋草と話したいって言ってた」

「そうですか」

「大丈夫？」

「はい、全く問題ありませんよ、町枝先輩に変なことをしない人であれば大歓迎ですから」

　さすがにお家に着いたら別れてすぐに戻ってきた。

　早くしないと秋や冬じゃなくても暗くなってしまうから少し急ぐ必要があった。

「ただいま」

「おかえり」

　寄り道をしない私よりも早く帰ってきているぐらいだから違和感はない。

　しっかりと手を洗ってからご飯を食べさせてもらうことにした。

　セットを食べた後でも美味しく感じられるんだから結構な余裕がある胃ということになる。

「ごちそうさまでした、今日こそ私が洗い物をやるから」

「そうか？　なら頼むわ」

「お兄ちゃんは先にお風呂に入って」

「あいよー」

　ふたり分だから時間がかかるということはなかった。

　兄が出てくるまでにそれなりに時間がかかるため、出されていた課題をやる前に伊佐にお礼のメッセージを送っておくことに、あ、忘れずに秋草の方にもだけど。

　ずっと見ていても仕方がないから課題をやり始めて少ししたタイミングで兄が出てきたため、どうせならと終わらせてから着替えを持って洗面所へ。

　一軒家でなくてもトイレとお風呂は別々の場所にあるから慣れないということはなかった。

「ふぅ」

　食べられるとはいっても食べすぎてしまったことには変わらないから気をつけなければならない。

　胸も出ていないのにお腹ばかりが膨らむようになってしまったら嫌だ。

　多分、体型変化などをしてしまったら秋草が来てくれることもなくなるから。

　単純だと言われればそれまでではあるが、やはりああやって嬉しいことばかり言ってくる存在がいると変わってくるということが分かった。

「ん、そう考えると私も結構気に入っているのかもしれない」

　自分に甘い言葉を放ってくれる存在だから、だろうけど。

　そういう前提がなくなったらなにもかもが駄目になる。

　きっと堂々と対応することができなくなって、あの子から逃げるなんてことになることもあるかもしれない。

「お兄ちゃ……寝てる」

　今日はお手伝いをさせてくれたからなにか変だと思っていたのだ。

　こういう理由でもない限りはありえないことだからと片付け、布団を持ってこようとして運んでしまうことにした。

　二十センチも離れている兄だから少し不安だったものの、頑張ったことによりなんとか運び切ることができて安心できた。

「……雲月、悪かったな」

「いい」

「よし、今日は一緒に寝るか」

「寝るにしてももうちょっと後だよ」

「はは、そうだな」

　一旦戻って返事をしていくことにした。

　お出かけしても、その後に秋草と過ごしたうえでも時間があるからゆっくりできていい。

　しかもそれからもやり取りを続けられたから退屈な時間とはならなかった。

　食後及び入浴後はどう時間をつぶすのか考えることも多かったため、こういうことが当たり前になればいいなんて感じた。