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Nora
01話.[終わらせていた]
梅雨というわけでもないのに毎日雨が降っていた。
特にそれで不満を抱いているというわけではないが、周りの子からすれば雨ばかりの毎日は嫌だということがゆっくり過ごしているだけでよく分かる。
「どうしたの?」
そんなことを考えながら歩いていたときのこと、傘をさしながらではあるが蹲っている子を見つけて近づいた。
一瞬だけこっちを見てきた彼女ではあったものの、なにかを言ってきたりはしなかったからどうしたものかと今度は考えることになった。
「……お、お腹が痛くて」
「分かった」
そうすることを言ってから抱き上げて歩き出した。
少し濡れてしまうが、ずっと留まっているよりはマシだと思いたい。
怖いだけ、お腹が痛いだけかもしれないものの、彼女も特に暴れたりすることなくお家までの道を教えてくれたから助かった形となる。
が、ここでひとつ問題になってしまったのは上がることになってしまったことだ。
「下ろすよ」
ソファに優しく寝転ばせたら持ってきていた綺麗なタオルで彼女の濡れてしまった場所を拭いていく、これは自分のだから拭き終わった後に自分の方も拭いておいた。
「大丈夫?」
「……はい」
「なんか掛けるものってある?」
「客間に……」
「それならそっちに移動しよ」
許可を得てから布団を敷かせてもらう。
終わったら運ばせてもらって、その隣に静かに座らせてもらった。
ところで、もう帰った方がいいんだろうか?
というか、勝手にそういう類の腹痛だと判断したけど……。
「……あの、まだいてくれるんですか?」
「大丈夫なら寝て、起きるまでいる」
「それなら少しだけ手を握っていてください」
「ん、分かった」
お互いに初対面なのに慌てない彼女がすごかった。
だけど受け入れたからには別にこちらも普通に存在していればいいと決め、違う方を見ておくことにした。
ちなみに彼女の手が物凄く冷たくてどうしても意識がいってしまっていた。
「ありがとうございます」
一時間が経過した頃には少しだけマシになったようで苦しそうな顔ではなかった。
「お礼なんかいい、だけどそろそろ帰らなきゃいけないから」
「はい」
外に出たらそこまで来てしまったから戻るように言って歩き出した。
一応、他者のために動けたことになるからそう悪いことではないと思いたい。
でも、同性とはいってもリスクのあることではあったからああいうことはなるべくない方がいいかもしれない。
「ただいま」
「お、丁度いいところで帰ってきたな」
「ん? どこかに行くの?」
「違う違う、今日は鍋だからさ」
「お鍋っ!? ど、どうして……」
特別なことがない限りはそんなことありえないのに……。
恐る恐るリビングに移動してみたら確かにそこに堂々と存在していた。
実家というわけではないから両親がいるということではないものの、にこにこ楽しそうな兄の存在がどうしても気になってしまう。
「おいおい、突っ立ってどうしたんだ? 早く食べようぜ」
「わ、分かった」
食事中も当然のこと、兄はとても楽しそうだった。
いつもは会社に行きたくないとか、出かけたいとか言っているのにどうしたんだろうとまで考えて、そういえば今日はお給料日だったことを思い出す。
が、お給料日になっても「あんなに働いてこれだけかよ」とよく言っている兄であったため、どうして今日だけは違うのかは分からないままだった。
「ふぅ、食った食ったー、もうなにもしたくねー」
「洗い物をするね」
「いやいい、
「それじゃあ……」
着替えを持って洗面所へ移動する。
冬というわけではないから脱いでも特に寒いということはなかったが、自分の体の成長具合を見て心が寒くなったから浴室にさっさと移動した。
「雲月ー、入るぞー」
「うん」
ご飯を食べたら三十分ルールを守らずに歯を磨いてしまうのが兄だ。
丁度いいから先程のことを教えて聞いてみることにした。
そうしたら「悪いことじゃないだろ」と言ってくれたものの、どうしても妹贔屓的なものがありそうで不安になってきた。
腹痛の種類は複数あるからそれを見誤っていたらやばかった気がする。
「ところで、その子は小さかったのか?」
「ううん、多分、百六十センチ以上だったと思う」
「ち、力持ちだな」
全く重いとかそのようには感じなかった。
運んであげなければならないというそれに意識がいきすぎていただけなのかもしれないけど。
「ちょっ、まだいるんだが……」
「お兄ちゃんに見られても全く困らない」
「いや、俺が困るからやめてくれ……」
いつだろうと風邪を引いてしまう可能性があるからしっかり拭いて服を着た。
そうしたら兄がこっちの頭を撫でつつ「少し心配になるよ」と何故か言われてしまったのだった。
「雲月、おはよう」
「おはよ」
自分の椅子に座ったら友達の河桜
彼女とは高校に入学してすぐのときに話すようになった。
きっかけは移動教室のときに隣同士だったからだ。
「水和はいつも通りだね」
「そりゃそうだよ、むしろ変わっていたら怖いでしょ?」
「うん、だからそのままでいて」
人と関わることを避けているとか恐れているとかではないが、怖い人が相手だと縮こまっていることしかできないからそのままでいてほしかった。
もっとも、お前に言われなくてもそうするわ、なんて声が聞こえてきそうだけど。
だって他人になにかを言われて変えるということはあまりないからだ。
それに自分らしさを見失ってしまう可能性があるから怖い部分もあるし。
「それより昨日見たよ? 女の子をお姫様抱っこしていたところ」
「うん、お腹が痛いみたいだったからお家まで運んだ」
「へえ、その女の子からすれば雲月はヒーローみたいだっただろうね」
「どうだろ」
必要以上に悪く考える必要はないが、なんでもかんでもいい方に考えてしまうというのも問題だった。
他者が関わっているということならなおさらのことだ。
それでもあそこで見て見ぬ振りをするような人間ではいたくなかったのと、お家に着いてからの時間も少しぐらいはあの子のために役立てていたということで、まあ、大丈夫だろうということで終わらせていた。
「どういう子なの?」
「どういう……」
と言われても腹痛に襲われていた状態だから素がどういう感じなのかは分かっていないままだ。
また、関わることができたとしても半分理解することすらできない気がする。
知ろうと努力をしていても相手が本当のところを隠していたら意味がない。
とはいえ、やはり関わるからには相手のことを知りたいという気持ちが出てきて難しいのだ。
「町枝先輩、昨日はありがとうございました」
「あ、もう大丈夫なの?」
「はい、昨日が本当に酷かっただけなので」
それならよかった。
彼女は全く緊張した様子もなく水和にも話しかけていた。
こうして見てみた限りは委員長とかをやっていそうな感じだった。
「それでは私はこれで」
「うん、ばいばい」
このまま関わり続けることはない、かな。
どんな理由であれ一緒に過ごしたのであればなるべく一緒にいたい、が、あの子からすれば一方的に絡まれただけにも恐らく見えてしまうだろうから……。
「いまので大体分かったよ、あの子は真面目ちゃんだね」
「みんなそうだよ?」
「そうかなあ? みんながみんな真面目というわけではないでしょー」
捉え方はそれぞれ違うからそれについてなにかを言ったりはしなかった。
喧嘩になっても嫌だし、こちらがコントロールできるわけでもないから。
私が彼女を作った人間で、意図しない感情とかだったら強制的にそれ関連のことを消したりするだろうけど。
「面白そうだからこれからも一緒にいてみようよ」
「うん」
「よし、じゃあお昼休みになったら私達の方から行ってみよう」
探すのもひとつの楽しさ、ということか。
彼女は特に動けているときの方が楽しそうだからそこも影響しているはずだ。
私は……お休みのときぐらいはしっかり休みたいと考えている。
なんだかんだで学校生活というのは大変だから。
いつも通りのはずなのに家に帰ってベッドに転ぶとかなり楽になるから。
もしかしたら無自覚に気を張っているのかもしれなかった。
とにかく、お昼休みになったら約束通り移動を始めた。
早くしないとどこかに行ってしまう可能性もあるし、私達もご飯を食べなければならないからその方がいい。
仮に探し回ったのに見つからなかった、なんてことになったら大慌てなお昼休みとなってしまうから。
「あ、出てきた」
「どうしたんですか?」
「あなたに用があったんだよ、お相手、お願いできるかな?」
「私なら大丈夫ですけど」
一瞬だけこちらを見てから再度「大丈夫ですよ」と。
私的にはいまの反応が気になるが、ご飯を食べたいから気にしないようにした。
「へえ、秋草
「はい」
「私は――」
「河桜水和先輩、ですよね」
「おお、よく知っているねえ」
生徒会で頑張っているとか、なにかで目立ったとかでもないのにどうして知っているのだろうか?
彼女はとにかくとして、私の方も知っているみたいだから違和感が凄くなる。
自分達が知らないだけで実は有名……だったりはしないか。
「今朝、河桜先輩達の同級生の人に教えてもらったんです」
「そんなことしなくても昨日、雲月は自己紹介をしたんじゃないの?」
「いえ、町枝先輩は一緒にいてくれましたけど教えてくれませんでした」
「もー、なんで雲月はそうなの」
「だ、だって一方的なところもあったから……」
そもそも感謝してほしくてしたわけではないからだ。
人といたい人間であったとしてもあれだけで関わり続けられるとは考えられない自分もいたからそんなことはしなかった。
「私は凄く嬉しかったです、本当に辛い状態でしたから」
「当たり前という考えになってはいけないけど、自分のために行動してくれたってことは嬉しいよね」
「はい、それに町枝先輩は全く知らない相手であっても動けて格好いいです」
か、格好いいなんて人生で初めて言われた。
可愛いと言われないというわけでもないものの、それすらもほとんどないと言っても過言ではないからその珍しさに驚いた。
こういうことがある度に言葉に力があるということを知ることになる。
「おお、それは自分で作っているの?」
「はい、家事は基本的に私がやります」
ぐっ、なんでもかんでも兄に任せきりなこちらに突き刺さる。
住ませてもらっている身なのになんにもしないのははっきり言って問題だ。
が、言い訳をさせてもらえば兄がさせてくれないというのが現状だった。
一応、母に教えてもらって色々できるようになったのに、だ。
初めてあの家に移動した日に作ってみせたのに信用してもらえていない。
「町枝先輩のお弁当は――」
「雲月のお兄ちゃんが作っているんだよー」
「お兄さんがいるんですね」
こくりとうなずいて改めてお弁当箱に目を向ける。
これにしたって兄が選んできてくれた可愛らしい物だった。
その中に詰められているおかず達も食べたくなるような魅力を放っている。
作る人によって露骨に変わる部分だから同じようにできるとは考えていなかった。
「いいよねー、幸せ者だよねー」
「誰かが作ってくれるというのはそうですね」
少しずつさり気なくやっていこうと決めた。
さすがに後輩の子がしているのに自分はなにもしないなんてできない。
変なプライドかもしれないがそれで少しぐらいは楽になるんだからいいだろう。
「河桜先輩、町枝先輩ってあまり喋らない人なんですか?」
「ん? あー、違うよ、あれは考え事をしているだけだね」
「なるほど、じゃあ私が参加したことが気になっているというわけではないということですよね?」
「当たり前だよ、むしろ私達の方が誘ったんだから」
正直、どのタイミングで加わればいいのか分かっていなかっただけだった。
変にいつも通りにいても秋草が困ってしまうだろうから。
私達だけが一方的に話しているという状態にならなかっただけでよかったか。
ご飯を食べ終えた後は足を伸ばして座っていた。
食後は毎回こうしているから日課みたいなものだった。
「隣、座らせてもらいますね」
「うん」
そういえば静かになっていると感じて見てみたら水和は突っ伏して休んでいた。
水和にとってもこだわりがあるということなんだと思う。
「そういえば聞きたいことがあったんです、どうしてあんなに力持ちなんですか?」
「なんでだろ」
「お兄さんを背負ってよく歩いていた……とか?」
「ううん、そんなことは一切なかった」
むしろこちらが眠たくなったときに運んでもらったことが多くあった。
あのときは若干の申し訳無さもあれば、大好きな兄に触れられていて安心できる状態でもある。
あ、だからこそ私もそういう風に感じてもらおうと努力を――していないか。
「筋肉はこんな感じ」
思い切り力を込めてみても物凄く小さな膨らみにしかならない。
ついでに胸の方も胸筋すら貧弱なため、後ろ姿だけではなく前から見ても男の子に間違われてもおかしくないレベルだった。
彼女には分かりやすく綺麗な髪があるし、高身長ということでそれこそ格好いい雰囲気をまとっているからそんなことはないだろう。
「あんまりないですね、それなのにどうして私を……」
「多分、秋草がじっとしてくれていたからだと思う」
あとは何度も言うようにお互いに意識が違う場所にいっていたからだ。
そうでもなければ持ち上げようとした瞬間に気づいて固まっていた、かな。
全く知らない人を頼るわけにもいかないし、やっぱりなしということにして離れるわけにもいかなかったから本当によかった。
「私でも持ち上げられるということは軽いということ、だからその点で不安になる必要は全くないよ」
「は、はい」
水和が特にそういうことを気にしているから言わせてもらった。
実際にお腹を見て他者である私が大丈夫だと言っているのに「駄目なんだよ」とか「これじゃあモテないよー」とか言うから困る。
だから男の子が実際にそう言ってくれないと駄目なんだというそれで終わらせた。
ごちゃごちゃ考えたところで本人に変える気がないなら意味がない。
「私、町枝先輩と仲良くなりたいんです、大丈夫ですか?」
「うん、私は大丈夫」
「それならよかったです、あと、連絡先交換もお願いします」
スマホ使用は禁止にされていないからポケットから取り出して交換した。
家族と水和以外のアカウントが登録されているところを見て、別に初めてというわけでもないのに少し嬉しかった。
「迷惑にならないような頻度で送らせてもらいますね」
「大丈夫、別に送ってきたかったら送ってくればいい」
「いいんですか?」
「大丈夫」
夜ご飯を食べてお風呂から出た後は結構退屈な時間だったりするんだ。
兄は結構早い時間に寝てしまうことが多いのと、こちらもそれを真似して早く寝てしまうと夜中に起きることになってしまうから。
暗闇は残念ながらあまり得意ではないため、あまりに早い時間に寝なくて済むということならありがたいことだった。
「よいしょっとお、私も参加させておくれよー」
「河桜先輩もお願いします」
「おけおけ……っと、教室に忘れてきちゃったみたいだ」
「あ、それならこれを」
「え? あ、うん、後で登録しておくよ」
まさか既に書き込んでいる紙を持っているとは思わなかった。
もしかしたら求められることが多いからなのかもしれない。
また、いまみたいに相手が持っていなかったときもすぐに対応できるからかも。
「予鈴だね、そろそろ戻ろうか」
「分かった」「分かりました」
忘れないようにしっかり確認してから別れて教室に戻った。
いまは三人で仲良くできればいいなんて考えている自分もいた。
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