キスマーク

たられば

第1話 煙


「じゃあRさん、有給消化しといてね」

12月24日、自分はまだ有給を1日も使っていなかった事もあって上司に早めに有給を取っておくよう言われた。

30歳OL独身、周りでは2人目を出産したと言う報告を聞くようになってきた。

「使い道もないわね」

働いている会社では今喫煙所が閉鎖されているため屋上でタバコを吸って1人有給の使い道を考えていた。

「Rさん!」

後ろから突然自分の名前を呼ぶ声が聞こえて振り返ると会社の後輩のS君が立っていた。

「S君、たばこ吸ってたっけ」

この雰囲気、独特の息が詰まるような気分、自分は紛らわす為にも話題から話を逸らす。

「たばこじゃないです、Rさん今日仕事の後、空いてますか?もし良かったらご飯行きませんか」

そうか、クリスマスイブ。

友達達が今日やたら玩具屋さんに駆け込むのを思い出した、そうか、そういう日か。

「たばこ」

「え?」

「吸えるところがいいな」

「探しときます!」

S君はそう言って足早に屋上をあとにした。

「遊んでるのかな」

自分を人として上だと思っているのか、入社したのが先だから上司になって、いい気になっているのだろうか。

「はあ、歳はやっぱりとるもんじゃないわね」

もう少しでお昼が終わってしまう、お昼が終われば毎回恒例の長い会議だ。

「あと1本だけ」

そして会議も終わり、定時

「Rさん、駅近でいい所見つけたんですよ」

「いいね、ありがとう」

「そんなことないですよ、誘ったのはこっちですから」

そんな気遣いを受けながら会社を出た。

「毎年ここのクリスマスツリーは綺麗ですね」

「そうね、クリスマスって感じ」

通勤中にもここは通っていて毎年見てしまっているせいか新鮮味が無くあまり良い感想がでなかった。

「あ、この信号を右です」

本当に初めて行くのだろう、Googleマップとにらめっこしながら先導してくれている。

「ここです!」

言われた場所は少しお洒落な居酒屋だった、入ってみると居酒屋までもクリスマス仕様だった、まあこんな日にくるのなんて独身ばかりなのでクリスマス限定メニュー(お酒、焼き鳥、〆の料理)もこんなものだ。

「人多いですね」

「意外ね」

そして案内されたカウンター席に座って、メニューを見て一通りの注文を済ませてクリスマスイブが始まった。

「Rさんって休日何してるんですか?」

「休日は友達とこうして飲んだり、1人の時は大体読書かな、S君は?」

「僕はよく釣りをしに行きますね、連休だったら船も借りたりして」

「楽しそうだね、船酔いとかしないんだ」

「船酔いは最初は少ししてましたけどもう慣れちゃいました、どうですか、今度一緒に」

「はい、生2つと焼き鳥ね」

頼んだものがちょうど来てしまった、S君は少し残念そうな顔をしていたがビールを上に持って乾杯しましょうと言ってくれ、それからもたわいもない話が続いた。

「あんの上司!絶対僕のこと嫌いですよ!」

もうS君はビールを4杯も飲んでいてあまり呂律も回っていない。

「S君、酔ってるよ、はいお水」

「ありがとうございます、Rさんもそう思いますよね!」

「あの人はS君の事弟さんと重ねてるんだよ、元気で素直な所がいじめたくなるって言ってた」

「子供っぽいってことですか」

「そんなことないよ、愛されキャラみたいな感じだよ」

「Rさんは、好きですか」

またストレートに聞いてきたな、酔ってるせいか、S君が凄く積極的になっている気がする。

「好きだよ、仕事仲間としてね」

「Rさんには僕を異性として見てほしいんです」

そう言ってS君は体を少し寄せてキスを迫ってきた、あのS君が男に見えた、力強く、ゆっくりと、圧迫される空気が重たい。

「水、飲んで」

そう言って水の入ったグラスをS君の顔に着けた。

「たばこ吸ってくるから、それ飲んで落ち着いて」

店内の喫煙が許された所ではあったが、私は店出た。

風が冷たい、さっきの感覚がまだ肌に残っている。

「あれ、火がつかない」

オイルが切れたのか、それにしてもタイミングが悪い、今から中に戻って借りにいきにくい。

「はい、火」

向けられたライターの持ち主は同じく仕事帰りに居酒屋に来た人だろうか、スーツを着ている、身長は自分より少し高いくらいで年齢は自分と同じかそれくらいだろう。

「ありがとうございます」

お礼を言って向けられたライターの火を借りた。

「たばこ、1本くれない?」

「え」

一瞬戸惑ってしまったがライターの火を貸してくれたのはこういう事だったのかと思い、たばこの箱を取り出す。

「すみません、最後の1本だったみたいです」

「あるじゃん、最後の1本」

そう言って男は私のタバコを取っていった。

「あの」

「はい、ライターあげるよ」

男はライターを私の手において店の中に入っていった。

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