第72話 アルビノ美人とガラス玉(1)

「実はですね…」


 俺はどう説明していいのか言葉に詰まる。


 仙狐水晶が盗まれた事、その犯人が半グレ集団によるものである事、仙狐水晶を取り戻して欲しいと神様から依頼を受けた事、そして今ここに居るコンも土地神様である事…かいつまんで説明すると、どうにも難しい。


 俺がイリスさんを見つめて、どう伝えるか言い淀んでいると、彼女の方から口を開く。


「ふふ、女性をそんなじジロジロと見つめるものではなくてよ?先天性白皮症アルビノがそんなに珍しいかしら?」


 ああ、凝視してしまっていたからもしかして容姿の事を気にしていると思われてしまったか。


 まあ、実際に気になっていないと言われたら嘘になる。


 人によっては病的に白いその肌を気味悪がって忌み嫌う人も居るかもしれないが、俺はそんな偏見は持ち合わせていない。


 どちらかというと、彼女の肌は本当に透き通る様なと文字通り形容するのが適切だと思う程澄んでいて、全部を見た訳ではないが、ぱっと見シミ一つ見当たらない。


 モデルや女優だと言われたらそのまま信じるし、何より人間離れしているその美貌は美しいの一言で言い表せない程、優れている。


 正直女性と話すのは苦手だ。


 どうしても緊張して、変に力が入ってしまう。


 俺は姿勢をぐっと正して、真っすぐに背筋を伸ばすと、一度咳払いをして気を取り直す。


「あ、すみません…気にならないと言えば嘘になります…先天性白皮症アルビノですか?知識として知ってはいますが、実物を見たのは初めてです。失礼かもしれませんが、イメージではもっと病的なのかと思っていましたが、ホールの絵画と全く同じで随分とお美しいので見惚れてしまっていました…」


 俺がそう言うと、イリスさんは眉尻を下げ目を細めて少し口角を上げると、ニ三度ぱちくりと瞬きして、口を開く。


「あら、お上手だこと。ふふっ、まあ優秀なスタッフのおかげで元気に過ごせているわ。焦らなくて大丈夫。ゆっくりでいいから、一から話してもらえるかしら?」


 彼女は俺を急かす事はせず、常に優雅に落ち着いた様子で、こちらの言葉を待った。


「その、まず何から話していいやら…」


 と、俺が話を整理して切り出そうと人差し指で頬を掻くと、イリスさんは紅茶を一口含み、音を立てることなく優雅な仕草でそれを机に置く。


「ありのまま、伝えて頂戴?」


 と、イリスさんは膝の上に肘を立てかけ、胸の辺りで手を組み前のめりになり、こちらを見据える。


 見た目からしてかなり若くして当主の地位に就いている彼女の威厳ある真紅の瞳に見つめられると、まるで全てを見透かされている様な錯覚に陥ってしまうのだが、俺はそれよりも、美人に真正面から見つめられてしまうその気恥ずかしさに、自然と頬が熱を持ち、目をそらしてしまう。


 しかし、不思議と彼女が俺をからかっている様には見えなかった。


 恐らく一般人には突拍子もない話になるだろうが、俺は意を決してしっかりと説明することを決めた。


「えと、単刀直入に言いますと…夜桜山の神社にある仙狐水晶が盗まれました。こんなことを言うと信じてもらえるかどうかは分かりませんが、俺は神様から直接仙狐水晶を取り返して欲しいと依頼を受け、現在捜索中です。この子はその神様の子供で…土地神見習いです。一応犯人の目星と水晶の在処は分かっているのですが、半グレ集団が絡んでいるみたいで、手を出せずにいる状態です…」


 緊張していたとはいえ、我ながらよく噛まずに言えたものだと感心してしまう。


 俺は一気に捲し立てる様に声に出すと、イリスさんの返答を待つ。


「なるほど?あの山の上にまさか盗みに入る物好きがいるとはねえ…そっちの方が驚きだわ」


 と、イリスさんは俺の話を聞いて腕を組むと、頷いてそう言った。


「えと、信じて頂けるのですか?俺、自分で言うのもなんですがかなり突拍子もない事言っていると思いますが…」


 実際に自分の所に依頼に来た客さんがいきなり「神様に依頼されてきた」なんて言ってきたら、俺は間違いなく話もそこそこに、切り上げてお帰り願うだろう。


 現代社会でそんなことを言う人間は、敬虔な信徒かただのやばいやつかのどちらかだ。


 圧倒的に後者である可能性の方が高いのだが、イリスさんは、否定せずにこちらを見据えている。


「ええ、確かにいきなりそんなことを言われてしまえば、頭のおかしい人が来たと思うでしょうけど、その子の耳と尻尾。それは偽物じゃないでしょう?」


 と、イリスさんはコンの方を指さして言う。


「あ、見えているのですか?」


「ええ、ばっちりと。というか、ウチの敷地の神社なのだから最初からそうだと思っていたわ。あなたに会うのは初めてだけど、貴方のお母さんにはお会いしたことがあるわ」


 と、イリスさんはコンにそう言うと、ニコリとほほ笑む。


 その表情は久那妓さんと同じく、慈しむ様な柔らかく、優しい笑みだった。


「母様に会ったことがあるのか?」


 と、コンは久那妓さんの話題に食い付いた様で、少し前のめりになりながら、イリスさんに問いかけるコンの表情も少し和らいだようだ。


「最後に会ったのはいつで、どんな話をしたのかは忘れてしまったけれどね?素敵な方だったのは覚えているわ」


 と、イリスさんは窓の外に視線を移すと、恐らく夜桜山の方に無意識に視線を向けていたのかもしれない。


 窓から視線を戻し、カップを手に取り口に含む。


 熱々だった紅茶は丁度良い温度に下がっていて、イリスさんは一杯目を飲み干してしまった。


「お注ぎ致します」


「ありがとう」


 と、そんな様子の主を見てすぐに門倉さんはお代わりを注ぎ入れる。


 門倉さんが、紅茶を入れている間にイリスさんはこちらに視線を戻し、口を開く。


「でも、実際アレに価値があるとは思えないのだけど…ただのガラス玉よ?」


 イリスさんはそう言って首を傾げるが、俺の隣に腰掛けて大人しくしていたコンが口を開く。


「その…確かに物自体はガラス玉かもしれぬ…じゃが、ワシらにとっては大切な物なのじゃ…」


 と、珍しく茶菓子に手を付けることなくこちらの話を聞いていたのか、しっかりと受け答えするコン。


 耳をぴくぴくと揺らし、眉を八の字にして、尻尾を膝の上で抱えて座るその様は、幼子が不安を払拭する様にぬいぐるみを抱いている様だった。


 しゅんとした様子のコンを見かねて一応こちらで得た情報を提示してみる。


「ガラス玉…ですか。一応ネットで調べただけなので信憑性があるかは怪しいのですが、歴史的に価値がある物だと伺っております。調べた限りこちらのサイトが一番詳しく書かれていたので、参考にさせていただきました。どうぞ、ご確認ください…」


 俺はそう言ってスマホを操作して、夜桜山歴史で検索した時に見たあのサイトを表示する。


 するとイリスさんはその画面を見て眉を顰める。


「あら、このサイト…ちょっと失礼」


 彼女はそう言うと、俺からスマホを受け取り指を動かして何度か操作すると、スマホを手渡してくる。


「そのサイト、管理しているのは私よ?」


「え?」


 自己所有の土地のサイトを立ち上げて管理している…まあ、おかしくはないか。


 というか、そんな気がしていてた。


 あんなに詳しい情報、正式に祀られている神様の名前まで分かるってことは、国の役人か、所有者のどちらかだろう。


 何故サイトまで作って管理しているのかは謎だが、やはり彼女なら価値についても分かるだろう。


 しかし、その持ち主がガラス玉だと言っている以上、それ以上の価値は本当にないのだろうか?


 俺は考え込むと、つい顎に手を当ててしまうのだが、フリーズしてしまった俺の様子を見かねて、イリスさんはスマホをテーブルに置くと、俺の方へ返して言う。


「まあ、確かに古い物だから、そこそこ価値はあるかもしれないわね。私としてはガラス玉程度困りはしないのだけど、その子は困っているみたいね?」


 と、コンの方に視線を移すイリスさん。


 コンはイリスさんに見つめらると、ビクッっとその場で跳ねて、背筋をピンと伸ばして姿勢を正しすくみ上っている。


 そんなに緊張するものなのだろうか?というか、コンがこんなに委縮しているのを見るのは珍しいな…単に人見知りしているのだろうか?


 と、そんなことを考えていると、イリスさんはカップを手に取り、紅茶を一口含む。


「まあ、それを取り返してくれるというなら私も協力するわ。具体的にはどうしたらいいのかしら?まずは警察に相談すべきだと思うのだけど?」


 と、イリスさんはそう言うが、俺はそれが出来ない事情を説明した。


「その、確かに警察に言えば取り返してくれるのは間違いないのでしょうけど…その、早急に取り返す必要があるんです…」


「あら、そうなの?」


「はい、実は…この子の母親が今、この仙狐水晶が無くなってしまった事で、凄く大変な状況なのです…」


「というと?」


「えと、詳しく説明するのは難しいので、大体こんな状況にあると思っていただけると助かります」


 と、俺は一度言葉を区切ってイリスさんに説明するのだった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 作品のフォローと☆☆☆を★★★にする事で応援していただけると、ものすごく元気になります(*´ω`*)




 執筆の燃料となりますので、是非ともよろしくお願いいたします(*'ω'*)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る