第49話 激うまコロッケとやり手肉屋

 さて、腹の虫が騒ぎ出し、店のダクトから香る美味しそうな匂いの数々が俺の決意を揺らがすのだが、そうも言っていられない。


 何とか俺は鋼のメンタルで誘惑を退け、歩を進めるのだが、俺の数歩後ろを歩く三人は呑気に相変わらずどの店が美味しそうだの、どの店に行くかだの話し合っていた。


 いや、店に入って飯を食うのは吝かではないのだが、とりあえず当初の目的を先に済ませてしまいたい。


 というか、それがメインなのだからしっかりと優先順位くらいは守って欲しいのだが…。


 俺のそんな思いも空しく、三者三様にキャッキャとはしゃぐ女子達(?)を放っておいて、スタスタと歩を進める俺。


 やがて商店街のアーケードが見えてくる頃には後ろの三人は目視で二十メートルくらい離れていて、結局入口付近で待つことになるのだった。


「おっそーい!」


「おいしそうだったんでつい…」


「そうなのじゃ、たっぷりばけつぷりんぱふぇなるものがあってな!」


「そうっすよ、パフェが誘惑してくるのが悪いっす!あ、四季っちあとでその店行くっすよ!もちろん四季っちの奢りで!」


 と、悪態を吐く俺に素直に三人は謝罪(?)とナチュラルに更なる欲求を突き付けて、奢らせようとしてくる。


 全く全然反省していないじゃないか…。


「はぁ…飯はとりあえず後だ。後で奢ってやるから今は我慢しとけ…って、コン!窓ガラスに顔を張り付けるな!中を覗くな!店の人がびっくりしてるだろうが!」


「何じゃ…この、ころっけ?とかいう茶色い塊は…ふふふ、稲荷寿司みたいでおいしそうじゃのぅ…?」


「アッツウゥ!」


 と、肉屋の窓ガラスにべっとり顔を張り付けるコンに、中年太りした毛むくじゃらでガサツな感じで豪快なTHE男と言ったような風貌の店主が驚き、手に持っていたコロッケの種を落とし、その勢いで油が撥ねてのけ反って情けない声を上げていた。


「す、すみません…大丈夫ですか?」


 と、声をかけると店主は豪快に笑い油の跳ねた部分を擦りながら、こっちに顔を向けてキラリと一瞬目が輝き、商売人の顔で営業スマイルを披露してくれた。


「がっはっは、このくらい良くあることだから気にすんなよ!それより兄ちゃんそっちの小さい子ちゃんと食べてるか?腹すかしてるじゃねーか!揚げたてだから熱々よ!うち自慢のコロッケだ!ほら、持ってきな!」


「あ、えと…ありがとうございます…」


 と、包み紙に揚げたてのコロッケを包んで手渡してくる。


 あまりに自然に渡すものだから、咄嗟に受け取ってしまい、申し訳ない気持ちになってしまった。


 しかし、それを見たコンは、目をキラキラと輝かせると尻尾をぴこぴこ、耳もぴこぴこと小刻みに揺らし、スンスンと鼻を鳴らしてこちらに近づいてくる。


「すんすん…あーうー…これは、良い匂いじゃ~のぅ~…ふへへ…」


 と、涎を垂らしこちらに擦り寄ると、上目遣いでこちらを見上げると胸の前で腕を組みじーっとこちらを見つめている。


「のう四季…?それ、食べても。よいか?」


 口を開いたかと思えばのおねだり攻撃である。


 うむ、ナイス美幼女、見事な破壊力だ。


 うるうると潤んだ瞳でこちらを見つめ、耳も期待しまくっているのかピクピクと小刻みに揺れており、更に尻尾をふよんふよんと悩まし気に揺らすコンは、俺の言葉を待っており、その間もお祈りポーズというか、おねだりの姿勢は継続している。


 まあ、貰ったものだし元々あげるつもりだったから良いのだけど何か、引っかかるなあ…。


「はぁ…ほら、熱いからちょっとずつ齧るんだぞ?」


「わぁーいなのじゃ!いっただっきまー…あっつい!」


「だから言ったのに…」


 コロッケを手渡すと、注意したにも関わらず頂きますのまの辺りで待ちきれずに、豪快に齧り付いたコンは案の定口の中に広がるであろう高温の油にアイデンティティであった語尾も思わず付け忘れる程驚いていた。


 べたな反応を返してくるコンは流石というか見ていて飽きないのだが、こうも毎回期待通りの反応をくれると逆にこっちが申し訳なくなってくるが、まあこれも経験を通して成長する過程なのか?


 とかなんとかそんな事を考えていると、そんな内心を他所に、コンは手にしたコロッケに「フーッ!フー…ッ!」と息を吹きかけて、何とか熱を逃がしている様子だった。


 しかし吹き込んだ息で湯気が上がり、それを吸い込み逆に咽ていた。


「うぅ…けほっ、けほっ…!はふっはふっ、しかし、うまいのじゃ!ふほー!」


 涙目になりながらせき込むコンだったが、それも気にせず、程よく冷めたコロッケを今度は学習したのか、少量齧り取り口の中で転がしながら熱くない様に息を吐いて味わっていた。


「ぬふ~ふまひのひゃ~…サックサク、ほっくほくで甘くてじゅわぁ~なのじゃあ…」


 頬をに手を当て、もぐもぐと一口咀嚼しては飲み込み恍惚の表情を浮かべ、身をよじるコン。


 何とも幸せそうにコロッケを頬張るコンの様子を見た俺らは何とも言えない微笑ましい気持ちでコンの様子を眺めていたのだが、丁度コンが半分ほどコロッケを食べ終えたタイミングで、肉屋の店主が声をかけてきた。


「いやーうちのコロッケをこんなに美味しそうに食べてくれるなんて嬉しいねぇ~。ところで、兄さんたちもおひとつどうだい?ま、こっちは有料だがな!」


 なるほど、こいつは一本取られたな。


「…ああ、貰おうかいくらだ?」


「叔父様商売上手ねー!あたし感心しちゃった!」


「見事過ぎてびっくりしたっす…おみそれしましたー!」


 あまりに鮮やかな手法に驚きを隠せない俺らだったが、こうも上手く立ち回られちゃ仕方がない。


 丁度小腹も空いていたことだし、そろそろお昼前だったが軽い腹ごしらえをしてから向かうのも悪くはないかもしれないな。


「まあこれで飯食ってるからな!ほら、三個で三百六十円だ袋はいるかい?」


「いや、歩きながら食べるから大丈夫。


「がっはっは、あたぼうよ!また来てくれよ?次はさせてもらうぜ?」


 の代金を支払いコロッケの包みを受け取り、揚げたてでまだ熱を残したコロッケの温もりが包み越しに伝わってきた。


 ◇


「見事に一本取られたなー…おっちゃんすげえや…」


 と、受け取ったコロッケを齧りながら目的地までの道のりを歩く俺達だったのだが、コロッケは確かに言うだけあって非常に美味しかった。


 ほんのり甘みのあるジャガイモと細かく刻まれた玉ねぎ、そしてひき肉のうま味が絶妙にスパイスと絡み合いマッチしていた。


 揚げたてなこともあって熱が籠っており、コン同様はふはふと息を吹きながら、あっという間にコロッケを完食してしまった。


「悔しいけど、めっちゃ美味しかったっす…リピート確定っすね…」


「ええ、本当に美味しかったわね…」


 と、二人も同意見の様子だった。


 立地的にも事務所から然程離れていない為、晩飯のおかずに困ったらここに寄ろうと、密かに心に決めてしまうくらいにはお気に入りの一つになってしまったのは間違いない。


 それ程コロッケは美味しかった。


 流石肉屋のコロッケだ。


 コクといい食感といい全体的に纏まりが良く、尚且つ深い味わいなのは恐らく牛脂が練り込まれているか、直接良い肉使ってるかのどっちかだろう。


 肉屋だからこそ出来る切り落としや、端材を使っているからこその味わいだと俺は予想していた。


 コロッケ一個食べたぐらいでうちの腹ペコモンスターが満足するとは思えなかったが、案外食べ応えがあったのか、コンはニコニコと満足そうにしており、今は俺と手を繋いで横並びで歩いている。


 とりあえず手土産の一つでも持って行く為、商店街にある手頃な店で菓子折りを購入した。


 無難に煎餅の詰め合わせをチョイスしたのだが、しきりにコンがこっちを覗き込み、上目遣いで覗き込んできていたが、流石に人に渡す物なので、コンを宥めて我慢してもらった。


 そんなこんなで散策しつつ、商店街を歩いていると目的地が見えてきた。


「あ、あった…あそこだ!」


「お、着いたっすか?」


 店の入り口に小さな立て看板が出ており、【寿司、政】とだけ書かれた白地のプラスチックに黒い文字が書かれているシンプルな作りの看板があった。


 とりあえず、入口の方へ近づき店の扉を覗いてみると、準備中の札が掛かっていたが、一応中の明かりは点灯していたので、人の気配はある様子だ。


「ふむ…とりあえず、入ってみるか…?」


 と、俺は扉をノックして中に声をかけることにした。


「すみません、ばあちゃ…ハルの孫の四季です。息子さんの事で少しお話をさせていただきたいのですが、今よろしいでしょうか?」


 と、声を掛けると店内から怒声が飛んできた。


「ああ!?息子だぁっ?あんなやつの事なんて何も知らんわっ!話す事なんぞ無いわいっ!」


 こいつは…困ったな…。


 さて、どうしたもんか…。


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