第80話 来訪者

 神魔戦争が人魔戦争に成り代わり、魔族はダンジョンのモンスターやボスに成り下がり。現代を生きる人々からすれば、過去ヒトとそれ以外が敵対していた歴史など無関係の遺物であった。


 クレアシオンの街は、ダンジョンの異変が原因ですっかり日常を失ってしまった。それはヒト族だけでなく、彼らから熱心に助けを求められるエルフ族も含めて。

 ここ数日間クレアシオンでは、年中無休を謳っているはずの店が軒先に『臨時休業』の看板を下げっ放しだった。道を見れば大通りが埋まるほど大量の馬車が並んでいて、その荷台に大慌てで家財を積み込むヒトの様相はまるで夜逃げするかのようだ。

 街の保有する馬車は数に限りがあるため、数週間先まで予約が埋まっているらしい。馬車屋を営むヒト族は笑いが止まらないはずだ。


 やはり、少しでも危険な場所から離れたいと思うのがヒトのさがか。例えどれだけ遠くに逃げたところで――ダンジョン内だけでなく街中までやってくる魔族人さらいが居ては――全くの無意味だが、それでも逃げ出さずにはいられないのだろう。


 ちなみに、怖いもの見たさでギルド会館まで赴いたらしい好奇心旺盛な少年エルフ曰く、ギルドは恐慌状態のヒト族でごった返していて連日お祭り騒ぎとの事だった。

 ひよっこの冒険者しか居ないにも関わらず、「クレアシオンのを討伐してくれ!」なんて依頼が張り出されている。他にも「今すぐに別の街へ引っ越したいから手伝ってくれ!」や「四六時中俺の護衛を頼む!」などの依頼書が目立つらしい。


「その後、熟練冒険者の動きはどうなっている?」


 今日も今日とてダンジョンの原状回復に勤しむシャル一行は、ロロの「収納」倉庫内で待機しつつ小会議を開いた。もちろん、異変が起きているのは街中だけではない。始まりのダンジョンと呼ばれるこの場所の利用者は、街に魔族の噂が蔓延して以来激減している。


 時に命知らずの若者が隠しエリアの扉前までやって来るものの、鍵がなければ開かないのだから無駄足だ。何も打つ手なしのまま魔族の動向を待つしかないとくれば、いくら蛮勇を持った者でも徐々に恐怖心を煽られる。

 結果、この場所を訪れる冒険者は日に日に減少した。たまにやって来たかと思えば、居もしない魔族を刺激せぬよう入り口付近でスライムを退治して、足早に帰っていくのだ。

 恐らく、街の雰囲気も良くないのだろう。大人が発する「現実の見えていない馬鹿な若者め、頼むから余計な事だけはしてくれるなよ」なんて無言の圧に牽制されて、身動きが取れなくなっているのだ。


 しかし、隠しエリアを創る事でボーナスを狙うはずが、ダンジョンを汚すヒト族が居なければ始まらない。そもそも利用者が居なければ、エルフは実働を稼げぬまま長時間待機を強いられるだけなのだから。


「各街から数パーティずつ移動し始めたって話ですよ。いやあ、これは大いに盛り上がるでしょうねえ……隠しエリア!」

「アズちゃんヤダあ、ちゃっかり私物化してるぅ~」

「最低ですね、さすがアザトエルフ……」

「アザレオルルですよ、チビシアパイセン」


 クレアシオンで働くエルフ達はそれぞれシャルの指示を受けて、隙あらば「次元移動」で近隣の街へ噂を広めた。隠しエリアを攻略するため、腕に覚えのある冒険者はギルドでを入手してクレアシオンに集結せよ――と。


 各街のギルドには、既に隠しエリアを開くための宝玉オーブをいくつか預けてある。シャルは結局、仲間内でポイントを出し合って宝玉を買い増したのだ。

 初期投資にしてはなかなか高い買い物であったが、今後爆発的に急上昇するであろう需要を満たすためには、三つ四つと言わずそれなりの数の鍵をばら撒かなければならなかった。架空の魔族を創り出した事によって、良くも悪くもヒト族の反応が運営エルフ側の想定を超えたので仕方がない。


「俗に言うベテラン冒険者がクレアシオンまで来るのに、あとどのくらいかかるか――そもそもこの街に定着してくれなきゃ意味がねえし。てか、あれから外の時間で何日経ったんだ? 実働八時間稼ぐためにかかる日数が大幅に変わったせいで、最近まともに計算できてねえんだよな……」

「現状、ダンジョン内の死傷者が減っただけでも儲けものとするしかないだろうな。確かに僕らの拘束時間は伸びたが、少なくともポイント赤字に見舞われる事はないし」

「確かにぃ。例えば将来的に仕事の時間が十倍になったとしてもぉ、シャルルンと一緒に居られる時間が合法的に増えて良い感じだしぃ~」

「その理論はどうなんだ」

「まあ、あくまでも時間が延びただけですもんね。エリアの原状回復にかかる時間が増えたかと言えば、そうでもありませんし……他のダンジョンは知りませんけれど、こうしてエド先輩とまったり過ごせるなら今のクレアシオンは最高の職場環境かも知れません」

「……君らの寛容な姿を見る度、僕は自分の罪深さを思い知らされる気がするよ」


 自身の特性を重荷に思っているシャルが目を眇めれば、ダニエラが笑顔で「いや~ん、最近のシャルルンちょっぴり自意識過剰で面倒くさくて好きぃ~」と抱き着いた。その褒めているんだかいないんだか分からない態度に、シャルは無言で肩を竦める。


「――ん? おいリーダー、客じゃないか?」


 シャルから離れようとしないダニエラに双子がブーイングし始めたところで、本日担当するエリア内に来訪者が訪れた。しかしそれは、一行が実働を稼ぐために待ち侘びた冒険者ではないらしい。

 低い位置で一つに束ねられた長い金髪に、尖り耳、深緑色をした厚手のローブ。どこからどう見てもエルフ族だが、クレアシオンに配属されている者ではない。見慣れぬ同族の姿に、一行は揃って首を傾げる。


「……なんで」

「シャルルン?」


 しかし、シャルだけはエルフのを見るなり目を瞠った。彼の生涯で唯一と言っても過言ではない『特別』がそこに居るのだから、無理もなかった。

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