第5章 隠しエリア

第57話 プレゼン

「――ということで、ランニングコストなんて心配する必要ありませんよ。正直、が大きければ大きいほどバックも大きそうじゃないですか? 自分徳を積むのになりふり構っていられませんから、いくらでもポイント赤字になります!」


 握り拳でドン! と薄っぺらい胸板を叩くアズ。後先なんて全く考えていない破滅論者なのか、それとも先を見据えているからこそ迷いなく無謀な動きをするのか。

 こういうところが正に異端児、ハーフエルフたる所以ゆえんなのだろうか。しかし同じハーフ、しかも双子の妹であるトリスはここまでぶっ飛んでいない。恐らく彼はハーフの中でもとびきりの異常者だ。


「掛金も何も、そもそも神罰を受けずに済むかどうかも定かではないんだが……まあ良い、それで? マイナス五百万ポイント、貴様の考えを聞かせてみろ」

「また自分のあだ名がマイナス五百万ポイントになってしまった」


 ナルギから鋭い眼差しを向けられても一切堪えた様子がなく、アズはポリポリと頬を掻きながら「収納」の倉庫へ右手を突っ込んだ。そうして出てきたのはホワイトボードと、そこに張り付けられた数枚の企画書である。

 アズは赤い水性ペンを手に取ると、ボードの余白に図を書きながら説明を始めた。


「クレアシオンのダンジョンは洞窟型ですけれど、地下に潜るタイプではありません。中はそれなりに入り組んでいますが岩山をそのままトンネル状にくり抜いてつくられたもの――ですので、ゴブリンの巣から真横に穴を開けると外へ繋がってしまいます。自分の設計では、少なくとも短辺十五メートル長辺三十メートルの空間を確保したいですから」

「まあ、そこは地下に向かって掘り進めるしかないだろうな。ほんの少し下に潜るだけで一気にカビが生えやすくなるし、そうなると汚し屋の仕事が増えるからあまり気は進まないんだが……そうも言っていられないか」


 腕組みをしたシャルが呟けば、すぐさま「ご安心を!」と自信満々に高い声が返される。


「隠しエリアですから、わざわざ他のエリアと造りを合わせる必要はないと思うんですよ。掘りっ放しの洞窟で終わらずに四方をコンクリートで固めてしまうとか……モンスターとの乱戦に耐えられるほど丈夫で、修復のしやすい素材ならなんでも良いです。カビを生やさないように塗料を吹き付けて、単純なパテ埋めで直せるよう真っ平にしてしまえば――」

「それなら、一角ウサギの角を砕いてコンクリートに混ぜれば良いんじゃねえか。まるで古代魔法に近いレベルの妙な化学反応が起きて、ただのコンクリートがダイヤモンド並みに硬度を増すからな」

「あっ、自分もその話聞いたことあります! じゃあその案で行きましょう、できるだけ一角ウサギを確保できると良いですね」


 ロロの提案に、アズはパンと拍手を打って破顔した。

 一角ウサギとは、その名の通り頭から一本の角が生えたウサギ型のモンスターである。角自体がそもそも硬いものの、しかしノコギリなどで切り取ることは可能だ。

 これをパウダー状に砕いてセメントと混ぜ合わさると、なぜか謎の化学反応が起きてとんでもなく硬度を増すのだ。その原理を科学的に説明しろと言われたら、その昔神に没収されたらしい『魔法』のような不可思議な現象が起きているとしか言いようがない。


 もちろんこれは――別の動物の骨や、余計な化学物質が混ざっていないモンスターの方が効果が高い。

 冒険者に狩られたウサギを大釜で復活させる際、もしも戦利品として角を持ち帰られていたら別のもので代用するしかなくなる。その時に使用するのが動物の骨や化合物だ。

 残念ながら、見た目で純正品かどうかを確かめる術はない。可哀相な話ではあるが、生まれたばかりの子ウサギから拝借するのが一番確実で手っ取り早いのである。


 元魔族であるモンスターにも繁殖能力は残されているので、巣の奥地で出産、子育てが行われる。モンスターが狩り尽くされて絶滅しては困るので、エルフ族は割と頻繁に巣からつがいや生まれたばかりの子供をさらう。


 そうして「収納」の倉庫内で繁殖させて、適当なところでプチッと息の根を止めたら死骸を大釜に放り込み、モンスター水晶を量産するのだ。とんでもなく非人道的なことをやっている訳だが、このサイクルこそがヒト族のため――神に科された労役だから仕方がない。

 この世からモンスターが消えて全てのダンジョンを封鎖してしまうと、ヒト族の成長機会どころか憧れや夢まで奪い去ってしまうのだから。


「一角ウサギのコンクリなら、そもそもモンスターとの戦闘で破損することもないかも知れねえよな。万が一パテ埋めする時には、角の在庫がないと面倒なことになるけどよ」

「そこはまあ、繁殖を頑張りましょうってことで! 幸いシャルルエドゥ先輩と違ってウサギは年中発情期ですから、安心設計!」

「いちいち僕のをディスるんじゃない」


 目を眇めるシャルに構わず、アズは続けた。


「モンスターの話が出たので、ついでに隠しエリアの運営についてなんですが――出現するのはモンスターのみで魔族は除外。ただ、いとも簡単に攻略されては存在意義がありません。次から次へとモンスターをけしかけて、当面の間は『永遠に終わらないレイド』で行こうかなと」

「高難易度どころか、そもそも攻略させる気のないレイドという訳か? クソザコのヒト族を思う存分いびれるいい機会だな」

「もちろん悪戯に冒険者を死なせると赤字ですから、死なない程度に……逃げ出せる程度には余力を残します。そうして休む暇なくモンスターが出現すれば、彼らは採取ができない。モンスターの素材が採取されないということは、復活コストも安く済む。しかも冒険者がエリア移動するまでその場に死骸が残り続けますから、連戦が長引けば長引くほど足元が悪くなって戦いづらくなる。すると、一時撤退せざるを得なくなる時が来ます」

「冒険者が疲弊して退避したのち原状回復開始。エリアに残されたモンスターの死骸を丸ごと大釜に放り込むだけで、全てのモンスターが復活する……か。確かに便利で、しかも効率がいい」


 ハーフエルフ――というか、不真面目なアズ――を敵対視しているナルギ。しかしアズの提案はストンと腑に落ちたのか、口元に手を当てながら真剣に熟考しているらしい。

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