第56話 話し合い

 ダンジョンが近付くたびに、なんとも言えない違和感を覚える。これは当然「時間停止」の魔法によるものだが、ヒト族の中にはただダンジョンに近付いただけで体調を崩す者も居る。そういった者は「冒険者の素質がない」として、戦いの素養があろうがなかろうが問答無用で英雄の道を閉ざされてしまうらしい。


 ダンジョン周辺と外の世界とでは時間の流れが全く違うため、とんでもない時差ボケを食らうのが原因だ。

 過去、場所によって時の流れが違うことに着目したヒト族が居た。彼らは少しでも長く若さを保ち、そして少しでも長生きをするためダンジョン周辺に住居を構えたのだが――。

 結果は、体調不良によりすぐさま撃沈からの撤退。いや、体調と言うよりも精神を悪くしたという表現の方が適切だろうか。


 朝になって目が覚めて、活動を始めた途端に「時間停止」を食らう。ただしこの魔法、効果範囲がドーム状で割と狭いため空まで届かず、太陽は動くのだ。ハッと気付けば夜どころか、数日経っていたとしてもおかしくない。ダンジョン内の全エリアで全く「時間停止」が発動していない瞬間が訪れるには、それほどまでに長い間隔が必要なのだ。


 ヒトそのものの時間もピタリと止まるため、知らぬ間に餓死するとかいきなり老衰するとかいうことはない。しかし、どうしても頭がおかしくなってしまう。今が何月何日なのか、朝なのか夜なのか――外の様子が分からないダンジョン内に潜っていればまだマシだが、天候まで判別できてしまう外はまずい。


 春に引っ越して来たとして、本人の体感ではほんの数日しか経っていないはずなのに、外の世界では途方もない時間が経っている。外に残した親類があっという間に死に絶えていると言うのも虚しいものだ。

 しかも本人は、ただあずかり知らぬ間に周りの時間が過ぎ去っているだけで、体感的にはごく一般的な寿命で死に絶えるのと一緒。果たして利点が多いのか、欠点が多いのか。微妙なところである。


「――あ! シャルルエドゥ先輩、ロデュオゾロ先輩! おはようございます、早いですね!」


 シャルとロロがクレアシオンのダンジョン入口までやってくると、既にアズが待っていた。彼は、至極迷惑そうな顔つきをしたナルギの横に立ちブンブンと元気いっぱいに手を振っている。


 夜勤のナルギはまだ勤務中なので、恐らく探索にやって来た冒険者に対していつもの口舌を披露していたのだろう。アズは会議に呼ばれたから早めにやって来たのだろうが――それにしても、あのナルギの横で平然とした顔で過ごしているとは侮れない。鉄の心臓の持ち主なのか、はたまた心臓に剛毛が生えているのか。


「おはよう、アズも早いな。ナルギもご苦労……早速だが、全員揃っているからこの場で話し合いを終わらせてしまいたい」

「……? アティの姿がないじゃあないか」


 ナルギがいぶかしむ表情を浮かべたが、しかしシャルはゆるゆると首を横に振った。


「アティは体調不良だ。どのような決定にも従う用意があると言っていたから、気にしなくて良い」

「何? 相変わらず不真面目なクソ女だな……! 何が体調不良だ、俺が交代にやって来るまでいつも通りのふてぶてしい態度で労働していたぞ」

「しかし、無理やり引っ張り出したところでナルギは憤慨しただろう? アティ本人がはっきりと断言したんだ、会議に参加したところで何も発言するつもりがないと」

「当たり前だろう! 全く、あんな自分勝手なヤツをのさばらせているお前が悪いんだぞ、シャルルエドゥ!」


 ナルギから「猛省しろ!」と言われたシャルは、大きく頷いて淡々と「分かった、猛省する」とだけ告げた。全く態度を改めるつもりがないのは丸分かりで、隣のロロが「まあ、アティさんってちょっとだしな……リーダーがきつく当たっただけで死にそうだし……」と呟いている。


「――それはそうと、役者が揃ったなら早速プレゼンさせてくれませんか? 自分もう、一刻も早く徳を積みたくてウズウズしているんですから! さっさと新エリアつくりたいんですよね~」

「まあ、マイナス五百万ポイントだもんな……焦る気持ちは分かる。俺でもそんな事態には陥ったことがない」

「それは言いっこなしですよ、ロデュオゾロ先輩!」

「問題児しか居ないのか? クレアシオンは……」


 ナルギが頭を押さえながらため息を吐き出した。

 ――それをお前が言うのか? という疑問は、言えば二十五倍ぐらいの酷い暴言になって返って来そうなので、誰も口にしなかった。


「とにかく始めよう――と言っても、概要は既に話した通りなんだが」

「新規エリア……魔族ではなくモンスターばかり出現するレイドゾーンの作成だったな? シャルルエドゥに話を聞いてからポイントショップを調べてみたんだが、例の宝玉オーブとそれを鍵にして開く専用の扉。入口に使用するという話だが、どちらも法外な販売額だったぞ? まず誰が購入するんだ、クレアシオンのエルフ全員で折半せっぱんするのか?」

「……そうなのか?」

「なんで提案を受理しておいて調べていないんだ、曲がりなりにも管理者だろうに……ちなみに両アイテム揃えるとなると、三百万ポイントほどだな。しかも扉の鍵となる宝玉は複数個用意して、各地へばら撒く必要もあるだろう? まあ、初めは様子見で三個ほどで十分かも知れないが――ランニングコストが高すぎる」


 もっともな指摘を受けて、シャルは何も言えなかった。なぜ提案を受けた後もポイントショップを確認しなかったのかと問われれば、普段の業務で使用しないアイテムには全く興味が沸かないからだ。

 シャルはただ黙ったままチラリとアズに視線を送り、目だけで「どうするんだ」と問いかける。少年は両手を腰に当てて胸を張ると、自信たっぷりにふんすと鼻を鳴らした。


「ご安心ください、自分もう所持していますから!」

「――所持? おまっ、まさか既にマイナス五百万ポイントどころか一千万ぐらい借金している状態なのか……!? どうすんだよ、そもそもまだ企画提案の状態で受理されてねえのに!」


 自信満々のアズを見て、ロロが戦慄する。しかしアズは頬を膨らませて、「いつか使うかもと思って事前に購入していたんですよ! そういう積み重ねでマイナス五百万ポイントなんです! 立派な先行投資ですから!」と不服げだ。


 シャルはなんとも複雑な表情で「いや、冒険者を見殺しにしまくったという話もしていなかったか……?」と言いたげであったが、あえて何も口にしなかった。

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