第3話 神話
この世でダンジョンの仕組みを知らないのはヒト族ばかりだ。ダンジョンで倒したモンスターやエリアに生じた汚れについて、謎の力で自動吸収されるものだと本気で信じている。アイテムだって壊れた壁だって、どこからともなく無限に生み出されると決めつけている。
しかしその実情は全く違う。まさに
殺されたモンスターを生き返らせて、採取された薬草を植え直す。開けられた宝箱の中身を補充して、戦闘で破損した装飾を修復する。冒険者の発動した罠を設置し直して、ダンジョンの原状回復に勤める者が。
――そう。エルフとはヒト族が別のエリアへ行っている間に「時間停止」の魔法を操り、汚れたエリアを元通りにする掃除屋なのである。
ダンジョンに生息するモンスターも正確に言えばモンスターではない。彼らは
魔族はモンスターという役割を与えられてダンジョンに閉じ込められるどころか、自分たちが居住するエリアの外へ出る事すら許されない。その上、冒険者に狩られてはエルフの大釜で蘇生されてまた狩られるという煉獄を味わっているのだ。
なぜエルフ族と魔族がそんな役割を負っているのか。それについては、今から数千年どころか数万年前の出来事が関わってくる。
かつてこの世界は魔族とエルフ族のものだった。どちらも強力な魔法を操り身体能力も優れていたため、大陸の覇権を巡り度々衝突が起きた。しかし力が拮抗していたせいで雌雄を決する事ができず、戦争と休戦を繰り返しながら暮らしていたのだ。
そんな両種族の共通認識と言えば力こそが正義である。ゆえに魔法が使えず身体能力も大幅に劣るヒト族は、搾取されて当然の
愛玩動物のように飼育して、奴隷のように労役を科して遊んで。気に入らなければ殺すか捨てるかすれば良い。魔族の中には「この臭みと雑味が堪らない」と、ヒトを好んで食すモノも多かった。
仮に数が減少しても交配して増やせば良いだけの存在だ。エルフ族には、品種改良を楽しむヒトブリーダーなる職業に従事する者まで居た。
飼い主から逃げ出して束の間の自由を得られたところで、ヒト族は結局強者に庇護されなければ生きられない。何せ当時の大陸には、魔族とエルフ族という化け物が溢れていたのだから。
しかし、そうして一方的に搾取されるヒト族を憐れむ存在が現れた。天上の神々である。遥か上空にある天界から下界まで降りてきた神は、魔族とエルフ族へ懇切丁寧に苦言を呈したのだ。
魔族ともエルフ族とも似た姿形をした二足歩行の存在。理性と知能があって感情もあるヒト族を虐げて、一体何になるのか。
毒にも薬にもならぬ弱者からわざわざ搾取しなくとも良いではないか。愛玩動物も食べ物もヒトの他にいくらでもあるのだから、自然に放してやれば良い。
隷属するにしたって、人力での肉体労働よりも魔法を使った方が遥かに効率が良い。単なる憂さ晴らしならば、見苦しいので辞めるように――と。
ヒト族は神々の慈悲に感涙し傾倒した。誰も彼もが信心深くなり、神のためならば身すら投げるというくらい献身的に祈りを捧げた。そのいじらしい姿に神々はますますヒト族を憐れんで、深く愛した。しかし、魔族とエルフ族は当然のように反発する。
神々はなぜヒト族にだけ目をかけるのか。ヒト族が犬猫、牛豚鶏にやっている事と一体何が違うのか。戦う力も意思もないくせに、ただ弱いだけで庇護されるなど不公平ではないか――と。
特に血の気の多い魔族は大暴れした。瞬きする間に神に向かって弓を引いたのだ。エルフ族の歴史書には
これまで楽しくやって来たのに今更水を差すな、この世は力こそが正義だぞ。弱いヒト族が悪いのだ――それが魔族の主張だった。
そうして声を大にして歯向かう魔族を見るなり、彼らと敵対していたはずのエルフ族まで神々に弓を引いた。敵の敵は味方なのである。かつて大陸の覇権を巡り散々争った二種族は、手を取り合って神に喧嘩を売った。この時エルフは魔に
――とはいえ結果は惨敗。それも当然だ。所詮創りだされた存在である魔族やエルフ族が、創造主たる神々に敵うはずなどなかったのだから。
戦時中も祈りで神々を支えたヒト族は寵愛を受けて、不興を買った魔族とエルフ族は魔法を奪われた。「時間停止」と「収納」、「次元移動」――この三つを除いた全ての魔法をだ。
その上、罰として数億年単位の労働を命じられた。それこそがダンジョンの運営である。
神はまず弱すぎるヒト族の成長と繁栄を促すために、世界中にダンジョンを生成した。魔族はモンスターとしてダンジョン外で生活する事を許されず、ヒト族の糧――経験値となる役割を科された。
エルフ族はと言うと、手元に残された魔法で世界の時間を止めて、その間にヒト族が汚したダンジョンの掃除、復元作業をするハメになった。ダンジョンの管理人のようなものだ。
ダンジョンに設置する罠、小道具、アイテムなどは、全て神に与えられた『ポイント』、そして魔法のアイテムを使って備える。モンスターの再生についても同様だ。
ポイントとは、ダンジョンの管理を正しく行うと増えていくもの報酬のようなもの。魔法のスカウターを見れば、それぞれが保持するポイント数が分かる仕組みになっている。
十億ポイント貯めると労役から解放されるともっぱらの噂だが――果たして、生きている内にその領域へ到達できた者はどれくらい存在するのだろか。
ちなみに、強力なモンスターやえげつない罠ばかり用意して無益にヒトを殺し過ぎるのも減点対象だ。効率よくポイントを増やすには、冒険者に人気のダンジョンをつくりだすに限る。そうして利用と掃除の回転率を上げるのが一番の近道だ。
だからこそ、ダンジョンの雰囲気を損ねるような掃除の仕方はいけない。
血液や死骸が残っている? いつもあるはずの蜘蛛の巣がなくなった? 洞窟の岩壁をキレイに磨き過ぎる? 壊れた柱を修復せず、そのままにする? 配置するモンスターをいきなり違う種類に変える? ――言語道断だ。
ヒト族がエリアに戻って来た際、少しでも違和感を覚えればアウト。ダンジョンの原状回復が正しくできていないというのは、他の何よりも大きい減点対象なのだから。
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