ジョナサン・ハーヴェイの名を継ぐ者

 端正な立ち姿の後ろに虹色の後光が差しているように見える。ブランドンは人形のようなカクカクとした動きで頷くと、用心棒に対して指示を出した。


 信じられない。一万ゴールドは昨年のクーパー商会の売り上げにほぼ等しかった。それを、たった一度の取引で実現できたのだ。しかも、かかった経費の大部分である「商品」の負った借金まで別で支払うという気前のよさ。同時に二千ゴールドの売り上げもある。そちらも元手はかかっておらず、おまけに気の毒な兄弟を離れ離れにすることなく一緒に売ることができた。おかげで良心の咎めを感じることもない。


 強いて言えば商品を横取りされた客の対応が悩ましいが、元々違法であることを理解したうえでの依頼である。商品の身元が身元なだけに、万が一の場合は取り引きが不調に終わる可能性も想定していた。どうにか上手く言いくるめられれば、今後の商売に支障をきたすこともないだろう。

 ブランドンは上機嫌で考えを巡らせた。そもそも高い値段を付ける客の元に望む商品が届くのは世の習い、市場原理というものだ。

 確かに予約客のほうも面倒な相手ではある――目の前の客ほどではない――が、クーパー商会の今後を考えれば、ミスター・Aを取るのが賢い世渡り方法だろう。


 じわじわと実感がこみ上げるにつれ、ブランドンの全身をアドレナリンが駆け巡る。やった。やった。やった! これで今年は創業以来最高益となることが確定した。しかも、金払いのいい富豪とのパイプまで作れたのだ。

 部屋中をスキップしてまわりたいくらいのブランドンを他所に、ミスター・Aは至極冷静だった。むしろ冷静というには厳しすぎる目で、じっと舞台の上を見ている。だがブランドンは浮かれるあまり、それに気づくことができなかった。


 やがて、ガラガラという音とともに商品が舞台へ運ばれてくる。台車に乗せられた商品を、客は冷ややかに見下ろした。


「……薬を使ったのか」


 ひやり、とするほど冷たい声に、ブランドンは客の機嫌が急降下したことを察した。気のせいか、舞台の隅にいる兄弟も怯えているようだ。


「薬、と言いましても、ほんの少し寝つきのよくなる程度のもので。決して後遺症の残るような、危険なものではございません」


 ブランドンはあわあわと両手を振って説明した。

 

 大型の台車には、身体を丸めるようにして眠る若い男が乗せられている。顔だちは悪くないが、目を閉じているため今一つよく分からない。金髪で色白。長身のミスター・Aよりは背が低そうだ。

 

「この格好は? 元々の注文者の希望なのか」

「あ、はあ……左様でございます。あのう、こちらがご希望のお品でお間違いないでしょうか」


 男は素っ裸で、腰に一枚小さな布きれが巻かれているだけの姿だった。無防備に眠り込んでいるせいで、金色の陰毛と立派なイチモツ、白く筋肉質な尻が丸見えになっている。


 ひやひやしながらミスター・Aの横顔を見上げるブランドンだったが、客は黙って小切手に金額を書き込み、先の兄弟の分まで合わせて差し出してきた。


「あ、ありがとう、ござい……」


 ブランドンの目は小切手に書かれた金額以上に、流麗な文字で記された署名へ釘付けになった。


 アレクシス・ジョナサン・ハーヴェイ


 ザッと全身の血液が引く音が聞こえた。

 ハリントン男爵家当主アレクシス・ハーヴェイ。まさか、まさか本当にこの男が。いや、このお方がかの有名な……!


 ハリントン男爵家は大富豪だ。

 王都の一等地に広大な土地を持ち、莫大な資産を基に再開発した市街は高級店の立ち並ぶ目抜き通りになっている。隣接する宅地は高級住宅地となり――もちろんそこもハリントン男爵家の所有地だ――資産価値は年々高まるばかりだ。


 さらに、業種業態様々な事業を展開しており、それも悉く当たっている。元々商才のある家系で、遡れば平民だった先祖ジョナサンが敗戦の色濃い戦いで国を勝利へ導き、その褒賞として爵位を賜ったのが全ての始まりだった。


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