第10話 役割に縛られた者、外れた者、そもそもない者

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 一族の生き残り。


 それは死に場所を求める者たち。


 うつろう時の流れの中でやり切った者たち。


 一族という単位ではなく、各地に散った生き残りたちの血の中で受け継がれていくナニか。そのナニかがどのように結実するのかは誰にも分からない。


 ただ、その種を撒いた。十分だ。やり遂げたと満足した。


 後は皆がそれぞれに〝生きる〟という戦いを続けていくのみ。


 未来を託した者がいて、託されたナニかを受け取った者がいる。


 それだけ。


 かつての一族の長。


 ヴィンスは死に場所を求めていた。今さら生き方を変えることのできない、不器用な者たちが彼に付き従うのみ。


 肝心な時に重度のマナ酔いによって使いモノにならない神子ポンコツ。今はエイダに支えられ、付き添われないとまともに歩くこともできない。まったくもって締まらない話。


 見据える先には敵の一団。瘴気を……黒きマナをその身に宿す外法存在。死と闇の眷属であり、総帥ザガーロの手の者たち。


「どうせあやつらの狙いはクレア殿と同じく神子殿じゃろうて……ヨエル殿にクスティ殿。ここがわしらの死線。神子殿を連れて征くが良い……あぁ、ついでにネストリ殿を連れて行ってくれればありがたいんじゃがな」


 穏やかに凪いだマナのまま、気負いなくヴィンスが静かに語る。


 その手には常に携帯していた杖。まさに老人という風体でありながら、大峡谷の道なき道すら問題としないほどに頑健な肉体を持つヴィンス。そもそも彼に杖など必要ない。誰もが知りつつ敢えて触れなかった。


 彼の得物。湾曲した杖の中には細身の曲刀。所謂仕込み刀。


「……御老体よ。貴殿の決意に水を差すようだが、連中を相手に御老体たちだけで時間が稼げるとは思えん。ここは私も残ろう。アル殿への戦士の償いは神子セシリー殿の身の安全が最上。敵がいるなら殲滅する方が手っ取り早い」


 クスティも既に臨戦態勢。当然のこと。気付かなかった。諜報を主とする彼が、ここまで接近されるまで敵の一団に気付けなかったのだ。個々人の隠形などではない。何らかの魔法によるものだと見立てる。


「ほほ。神子殿の身の安全を考えるなら、異様な魔法を使う相手にここまで近付かれた以上、一目散に逃げに徹するのが常道じゃろうて。なぁに、わしは耄碌したジジイではあるが連中を怯ませる程度の〝手〟は持っておるよ」


 力不足を指摘されても、からからと笑いながら流す。ただ、ヴィンスはゆっくりと仕込み刀に手をかけて……そっと引き抜いた。


 杖の中から現れたのは真っ白い刀身。鋼ではない。恐らくは魔物の骨を加工した儀礼用のような代物。一瞬クスティは訝しむが、ヴィンスのような古兵ふるつわものが実用に耐えない得物を持つはずもない。


 仕込み刀の銘は『殿しんがり』。


 名すら忘れ去られた一族が、その流浪の旅路の中で編み出した魔法そのもの。一族の長から長へと受け継がれ、最期の長であるヴィンスが受け継ぎ……百年以上の封印を破り、今ここに発動抜刀された。


 殺すための魔法ではない。仲間を守るため、逃がすため、命を棄てて敵を食い止めるための一手。まさしく殿しんがりの役目を体現した魔法モノ


 刀身が露わになったことにより、ヴィンスの周囲に異様なマナが満ちる。


「……こ、これは……?」

「ヴィンス殿……これが貴殿の〝手〟か?」

「ほほ。護身の妖刀『殿しんがり』を抜いた以上、この場はわしの……わしら滅びし一族の戦場いくさばよ」


 ヴィンスに付き従う一族の者たちが前に出る。もはや語る言葉はない。異様なマナは妖刀『殿』を中心に一族の者たちを包む。


「……ヴィンス殿。先ほどの言を取り消し、非礼を詫びます。ここは貴殿にお任せいたします。……ヨエル殿」

「……承知しました。私はネストリ殿を抱えて行きます」


 エイダは重度の酔っ払い……もといマナ酔いの患者であるセシリーを既に抱えている。彼女は知っている。ヴィンスが妖刀『殿』を抜く……その意味を。


「……ぅぅ、すまなぃ……ェィダ……」

「気にするな。主たるセシリーはそれだけの仕事をした。今は休めば良い。ただの順番だ」


 多少の距離はあるが、敵の一団であるロレンゾたちも異様なマナを感知している。流石に無策で飛び込んでくるほどに迂闊ではない。向こうは向こうで何らかの準備をしている模様。


「……エイダよ。さらばじゃ。真の戦士に恥じぬ生き方をせよ」

「大老たる戦士ヴィンス様。真の戦士たる者たちよ。黄泉の国での語らいを楽しみに待っていて欲しい。貴方たちに恥じぬ土産話を持っていくことをここに誓おう」


 ヴィンスをはじめ、一族の戦士たちは誰も振り返らない。その背でエイダに語るのみ。


 ここに〝物語〟の役割を外れた者たちの戦いがある。それは枝葉のエピソードに過ぎないのかも知れない。しかし、紛れもなく彼らは自らの人生においての主役。


 ヴィンスたちをここまでいざなったのは〝物語〟に非ず。とあるモブの行動がきっかけではあったが、あくまでもきっかけに過ぎない。全ては彼らの選択。生きるということの積み重ねの結果。



 ……

 …………



「……ロレンゾ。ここまでです。流石に気付かれました」

「ここまで接近できれば十分だ。出来過ぎなほどだな」


 一方のロレンゾたち。セシリー一行を辛うじて目視できる程度の距離にまで迫っていた。


 特殊な風魔法による擬似的な隠形により、集団の気配を隠しながら敵を避け、目的である神子一行への接近を果たす。


「連中、足を止めて戦う気のようですね」

「いや、神子の気配があまりにも弱々しい……一部を足止めとして残し、神子を逃がす算段のような気がする。何やら異様なマナを感じるが……分かるか?」


 ロレンゾはいち早くセシリー一行の、ヴィンスたちの狙いを察知する。相手からすれば、自分たちは突然に現れた異質な敵。敵の能力や戦力が不明瞭な状況で、全員で向かってきたり、迎え撃つとは思えない。


 話を振られたダークエルフの女……ミルヤが、術を解いて小休止していたマナの感知をセシリーたちへと向ける。当然に彼女も気付く。場に漂う異様なマナの気配に。


「……これは……少し変則的ではありますが、にえを用いた禁術のような気配がします。あの禁術の支配下にある者たちは侮れないかも知れません」

「そうか。禁術……外法のわざか。目的のためなら手段を選ばんのは誰もが同じということだな。多少時間はかかるが、黒きマナを練り上げ万全の状態で動く。私は最優先で神子を追う。ミルヤは禁術を使う足止め連中を抑えろ」

「承知しました」


 ロレンゾ・オルコット。


 この世界の託宣にも詳しく語られているわけではないが……彼は本来の〝物語ゲームシナリオ〟において、ラストダンジョンの中ボス。正真正銘のラスボス(連戦)の前の……前哨戦的な場面で出てくる。


 元・ヒト族であり、幼い頃のセシリーとダリルの師匠であり、王国と教会を裏切ったヒト族社会の敵。


物語ゲームシナリオ〟のイベントでは、中盤以降に度々主人公たちの前に現われ、敵側の事情の説明だったり、総帥の代弁者的な役割を持ったキャラだったりする。


 また、そのイベントの一つである一対一の師弟対決を経て、ダリルやセシリーが秘奥義を会得するというものまであった。


 この世界においては〝物語ゲームシナリオ〟から細かい部分が改変されており、託宣通りに進んだとしてもロレンゾが同じような役回りだったかは不明。


 ただ、彼が〝物語〟に囚われているのは確かなこと。総帥一味の幹部たる外法存在として主人公たちの前に立ち塞がる。


「手勢の指揮権は全てミルヤの任せる。私は神子を封じるための準備ができたら即座に行動する。分かっていると思うが……私の魔法の影響範囲には決して近付くなよ?」

「はい。改めて注意しておきます」


 彼らは気付かない。


 動かせる戦力は動員したが、それでも数は多くはない。


 何故に自分たちは少ない手勢で神子を追うのか。


 敵への警戒があるとはいえ、ここまで接近していながら、何故に神子の離脱を許すような真似をするのか。


 ロレンゾの魔法は広範囲に影響を及ぼすが、何故に彼一人で出向く前提なのか。


 この世界は〝物語〟の縛りがある。しかし、アルが感じていたように、ソレを自覚すれば個人への強制力はそう強いものではない。


 もちろん、ラスボス的な総帥やこの世界の土着の超越者である〝古き者〟に対しては強い制約がかけられているが……ほとんどの者たちは影響を受けている自覚すらない。できない。だからこそ恐ろしいとも言える。


〝物語〟の世界への働きかけは確かに強いが、個人へはほんの僅かな思考の誘導に過ぎず、あとは各々の個性なり特性なりによって物語を紡いでいるだけ。


 女神エリノーラと冥府のザカライアといった神々も、総帥ザガーロも勘違いしているのだ。


 自分たちが強力に縛られているからこそ、他の者たちも同じなのだと。


 道化は誰か?


 それがハッキリするのも近い。


 まずは〝物語〟の役割を外れ、未来へ想いを託したヴィンス一族と、役割と過去に囚われたままのロレンゾとの対決。


物語ゲームシナリオ〟にはないエピソード。この世界が紡ぐ物語現実の中での戦い。



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 ……

 …………

 ………………



 役割に縛られた者たち。縛られていると


 この世界は狂騒曲……形に囚われない自由さが許されていると知らぬままにここまで来てしまった。


 そして、そんなことなどお構いなしの者もいる。冷静な思考を保ちつつ、己の情動に従って動く者。


 彼の名はアルバート・ファルコナー。


 マクブライン王国の〈貴族家に連なる者〉ではあるが、〝物語〟にはそもそも登場しない。所謂群衆モブキャラ。


 女神エリノーラたちの適当な思い付きのような差配により、〝物語ゲームシナリオ〟の記憶を中途半端に残された……前世の記憶を持った状態でこの世界へばれた者。


〝物語〟の進行と共に、都合の良い駒としてシナリオに途中参加している状況だ。もっとも、今の状況は本人の逸脱した言動によるところも大きいが……。


 要は彼には〝物語〟の役割などない。意思の誘導を受けているという自覚はあるが、無理矢理に縛られているわけでもない。


 彼は自由。


 だからこそ、相手の都合など知らない。行動の理由や意義に興味はない。聞く気もない。言い訳など無用。ごめんなさいでは済まない。ただ死ね。


「くッ!! ア、アルバート・ファルコナー……ッ!」

「僕は〝やられたらやり返す〟だけだ……死ねよ」


 振り抜かれた裏拳によってレアーナ四号の頭部が消し飛ぶ。もはやただの作業だ。


 ただし、その身の内のマナに乱れはないが、アルも無傷というわけでもない。激戦の痕跡がその身に刻まれている。


 周囲には、死体。死体。亡者のなれの果ての残骸だらけ。


 そこはクレア一派の隠された地下神殿内。


 レアーナが不用意に外へ伝令を走らせた結果。復讐者にアジトを嗅ぎつけられただけのこと。


 もちろん、アジトである神殿は特殊な術式により出入り口が封じられていたが、何のことはない。まさに〝やられたらやり返す〟だ。


 戻ってきたレアーナ四号が出入りする際に襲撃をかけて、分身体を人質として彼は神殿内への侵入を果たす。


 地下神殿の中には、侵入者対策というよりは魔法陣の生贄いけにえとして集められていた死と闇の眷属……ザカライアの使徒が一斉にアルを阻んだ。それは死を望む亡者の本能だったか。


 流石に多勢に無勢であり、これまでのアルであれば引いていた。だが、今の彼は止まりはしない。


 視界に映る者は敵。殲滅する。


 襲撃の波が一段落し、用済みとなったレアーナ四号も壊した。


 ただ、レアーナ戦隊はまだ残っている。残すところは一号と二号……と本体オリジナルだけという、寂しいラインナップになってしまっているが。


「はぁ……まだいるのか? 一体何体いるんだか……」

「……分かっているの? こっちには人質がいるのよ? 彼女たちの身の安全を気にもしていないの?」

「人質? 身の安全? はは。……いいから黙れよ。ヴェーラを殺したオマエらを僕は殺す。クレア殿の計画とやらも壊す。……それだけだ」


 話など通じるはずもない。レアーナは知らなかった。大森林においては『人質』というシステムなどない。


 昆虫ムシケラどもとの交戦中に姿を消した者は……死亡だ。そもそも助かることはない。ファルコナーが戦う上での基本中の基本。


 つまり、レアーナがヴェーラ(とジレド)をアルの視界から、気配が感知できる領域から連れ去った時点で終わっていたのだ。


 どこにも〝交渉〟の余地などない。


 そして、今のアルは厳密にはファルコナーの者でもない。流儀からも外れた。


を喪った復讐者。一人の〝ニンゲン〟として、激情のままにこの世界で得た力を振るう。


「(……こ、ここまで話が通じないとは……ッ! わ、私オリジナルはなんて奴に手を出してしまったんだ……ッ!!)」


 クレアの駒……生ける亡者ザカライアの使徒たちもこれ以上減らされるわけにはいかない。連中はもはや戦力ではなく、魔法陣を起動するための贄。部品なのだから。


 だからといって、既にお互いが目視できる距離。この距離でレアーナ二号が単身で挑んで勝てる相手アルではない。彼女もそれを承知している。要は時間稼ぎに過ぎない。が整うまでの。


「……」

「……な……ッ!?」


 刹那。レアーナ二号の思考の間隙を縫って、復讐者が音もなく踏み込んでくる。


 まるで遅い。認識した時点で、レアーナ二号の腹には風穴が空いている。アルの拳が彼女の纏っていた防御魔法ごと貫いた。


「……ガ……ッ!?」


 と、同時に逆の手で下から顎を打ち上げるような掌打。呆気ないほどに首が


 時間稼ぎにもならない。


 アルはついこの間に過去を思い出し、超越者としてのヨチヨチ歩きが始まったばかりだったが……激情のままに力を振るいつつ、場数を踏んだことにより一足飛びで馴染んでいった。


 レアーナたちとの初接触となった三号と戦った時よりも、アルは一段と速く、強くなっている。


 エルフもどきの美しき化生。人外たる超越者が警戒するほどには。


 クレアが……切りたくもない切り札を、この場面で切らざるを得ないと感じるほどには……今のアルは脅威。


 音が聞こえる。


 地下神殿の更に深部へ続く道。その通路の奥から気配が近付いてくる。


 神殿内は灯りがあるが全体的には薄暗い。通路の奥などは暗闇が蠢いているのだが……アルの眼には暗闇など見えない。


 かつん、かつんと、ゆったりとした足音が神殿内に響く。徐々に近付いてくる。


 その存在はまさしく〝光〟。


 清浄なる女神の力が煌々と周囲を照らしている。


 圧倒的な存在感。


 ふと、アルは初めて彼らを目にした頃を思い出していた。


 女神の神子。


 主人公の一人。それは〝物語ゲームシナリオ〟においても、この世界が独自に紡ぐ〝物語〟においてもだ。


 の者は光の勇者と呼ぶに相応しい威容を纏っている。


 ただ、皮肉なことにその瞳に意思の光だけがない。


「なるほどね。僕の持つ女神の一突きを警戒している感じがあったけど……より強い女神の力で抑えつけようってことか……」


 ダリル・アーサー。


 いつのことだろう?


 彼の凶兆の〝予感〟は的中したことになる。


 狂戦士と光の勇者の戦い。


 盤上から外れた、いわば場外乱闘の開幕。


 さて、の行く末は如何に?




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