第6話 想定内の悪い方

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「という訳でヴェーラ。僕が明らかにおかしな行動に出るようなら逃げてね?」

「アル様……何が『という訳』なのかが一切不明なのですが……?」


 アルはセシリーに「現実」を投げた。ぶつけた。それは覚悟と決断を迫るモノであり、彼女にとって厳しい言葉だったのはアルも流石に理解している。そのまま同じ馬車で……というのもセシリーには気まずいだろうと、アルは小休止の際に馬車を移った。

 もっとも、彼にとってはただセシリーに気を遣ったというだけではなく、ヴェーラとの今後の動きについて検討する為でもあったが。


 街道の先に、もうオルコットの領都が目視できる距離にまで来ている。一行は最後の小休止を取りながら様々な想定をしている。領都に到着後、即座に血生臭い争いに巻き込まれる可能性を考慮してのこと。


「よく分からないんだけど、僕はいま普通の状態じゃない。何らかの“操作”を受けているかも知れない」

「……操作……それは使徒関連ですか?」

「たぶんね。ただの傀儡化の外法とかじゃないのは確かだろうさ。いまの僕は『自ら望んで普段の僕と違う行動をとる』可能性がある。」


 エイダやアリエルの護衛達も距離をとっており、いまはアルとヴェーラの二人だけ。それでも、アリエル側はアル達の会話もしっかりと確認している。いわば配慮していますというポーズだけ。茶番であり喜劇の類。もちろん、アルとヴェーラも承知の上だ。


 お互いに知らぬフリをしつつ情報を共有し、いざとなれば『知らなかった』で切り捨てられるようにという、都貴族的な配慮。辺境貴族に連なる者と言えども、この程度の腹芸にアルが目くじらを立てることもない。


「……具体的にはどのような?」

「僕はギリギリのところまで『セシリー殿を守る』。そりゃ彼女は好ましい気質を持つけど……「戦い」となるなら、普段の僕なら真っ先に彼女を切り捨てる。味方なら見殺しにするし、敵なら一番に始末だ。どちらであっても邪魔だし、彼女は力無き者という訳でもないからね」

「セシリー殿を守る……その思い自体が普段のアル様とは違う……?」

「その通り。現在進行形で違うよ」


 アルはあっさりと言い切る。いまの自分は、普段のアルバート・ファルコナーではないと。それを自覚した上で自身の行動に矛盾を感じていない。この“操作”はとても良く出来ている。そんな風にアル自身が感心するほどだ。


「他には何かありますか?」

「ある。というか、もう一つの方が本命だ。ヴェーラに気を付けてもらいたいのはコッチだ。……僕は、クレア殿をどうしても“舞台”から引き摺り下ろしたいみたいだ」


 アルは語る。己の中に生じた衝動。

 クレアの目論みを挫く。邪魔する。ぶっ殺す。……そんな衝動モノが内から沸いていくると。

 そして、あくまで妄想だと前置きしつつ、アルはヴェーラに伝える。自身の考察を。

 恐らくクレアと神々の思惑は似たようなところを目指している。そんなクレアに敵対しようとする自分は、“物語託宣”の影響を強く受けているのではないかと。


「僕は自分でも不思議なほど、セシリー殿とダリル殿を何とかしたい……と思っている。具体的に何をというのは無いんだけど、このままじゃ不味いという思いがある。明らかに不自然な感情さ」

「……アル様が、過酷な運命を背負わされたお二人を特別に気にしている……という訳ではないと?」

「ないね。ま、相手がヴェーラだったら、それは僕の感情で済ませられるけどね。コリンにサイラス達、ファルコナー領の親しい者たち……“身内”だったならさ。でも、僕はセシリー殿やダリル殿を身内だと思ったことは無い。それほどに接点も無かったしね」


 己の感情以上のモノがそこにある。アルが不自然さ、不快さを感じる一番の原因。

 実のところ『クレアの目論見を挫く』という事に関しては、元々彼女への隔意があった為か、アルはそれほど不愉快という程でもない。ただ、あまりにも自然に納得してしまっている為、もしかすると、何者かの“操作”の本命はコッチなのでは? ……そんな風にもアルは考えている。操作や誘導が巧み過ぎると。


 彼はそんな事を語り、もし、クレアを撃退する為に無茶を仕出かすようなら、ヴェーラがそれに付き合う必要はない。逃げて欲しい。アルはそんな話を重ねる。

 ただ、ヴェーラにはそんなアルの話が上手く入ってこない。


「……って、どうしたのヴェーラ?」

「い、いえ……先ほど、アル様が身内と……それは、わ、私もなのでしょうか……? あ、これまでもそう仰って下さっていたのは知っているのですが……」


 ヴェーラは従者であり、アルの身内と言えば身内。ギルドで保護したサイラス達のことも、アルは事あるごとに“身内”だと語っていた。そんな彼の価値観をヴェーラは知っていたが、彼女が思っていたよりもアルの“身内”への想いは強かった。


「? 当たり前だろ? ヴェーラは僕の身内だ。もし仮に、ヴェーラが神子という立場を与えられて、神々や権力によって望まない傀儡となって苦しんでいたなら、僕はヴェーラを縛るモノを壊す。ヴェーラを守る。当たり前のことだ。……セシリー殿の為にそこまではしないよ。普段の僕ならね」

「……か、過分なお言葉です……」


 ヴェーラは恥じた。アルの言葉を軽く、甘く考えていたことを。


「(……ア、アル様は本気だったんだ。私やサイラス達のことを大切だと語っていたその言葉の全てが……命を懸けるに値する、愛すべき身内だと……)」


 彼女の胸に宿るのは羞恥だけではない。意志。


「(……私は死ねない。いざとなればアル様の為に命を投げうつ覚悟はあったけど……違う。甘かった。私が死ねばアル様は『やり返す』。私は生きてアル様に仕えなければならないんだ! 私の死がアル様を危険に晒すことになる……ッ!)」


 ヴェーラは、アルの従者としての心得を改める。共に果てまで征く。途中で斃れることは許されないのだと。


「(? どうしたんだか……? ま、何やらやる気になってくれてるのは良いんだけど……?)」



 ……

 …………

 ………………



 アルとヴェーラが語り合っている一方で、アリエルもまた準備をしていた。「もしものこと」が多過ぎて、想定するすべてに有用な準備ができないにしてもだ。

 覚悟を決めて飛び込むというのは、無策で突っ込むのとは違う。『あとはもうどうしようもない』という所まで準備をした上でのこと。


 従者や護衛達に意見を聞きながら、それぞれに指示を出すアリエル。アル達が話す内容を確認しろという指示もだ。

 そんなアリエルを少し離れたところから眺めているのはセシリー。


「……アリエルは凄いな。己の命すら駒としているが、決して投げやりになっている訳でもない」

「セシリー殿には馴染みがないかも知れませんが、都貴族の戦いとは、お互いの命や資源を駒とした盤上遊戯のようなモノ。最終的に敵を倒せれば良い。目的を果たせれば良い。そのように考えるのが一般的です。今回の一件を聞く限り、アリエル様の目的は『腐敗した都貴族の排除と自浄作用のある仕組みの構築』……という感じでしょう。なので、仮に自身が道の途上で斃れても、違う誰かが目的に向かって先へ進めば良い……と、考えていても不思議ではありません」


 セシリーとしては疑問を感じることではあったが、ヨエルからすれば、アリエルの行動に特別な疑問はない。それは生まれと育ちの差。辺境貴族家と都貴族家の価値観の違いと言っても良い。


「……主たるセシリー。アンタはどうするんだ? アルバート殿に甘いと諭されたと聞いたが? オルコットの領都は故郷なんだろ。もし相手が敵に回っていたなら……?」

「エイダ。もし貴女だったらどうする? 敬愛する家族が敵となったら?」


 セシリーの表情には陰鬱な影がさしている。憔悴していると言ってもいい。他者にそんな質問をしても、結局は自分がどうするかだけの話であり、参考にもならない。もっとも、彼女はそれさえも理解した上での問いだったが。

 

「難しいが、相手がこっちを襲ってくるなら戦う。勿論、逃げるというのも一つの手だろう」

「……そうか。そうだろうな」


 言葉が続かない。エイダも殊更に自身の考えをセシリーに押し付ける気は無い。自身で答えを出さなければ意味が無いという事も知っている。


「セシリー殿。嫌な想定ですが、オルコット家の者が貴女を捕えようとしたとしても、彼らもまた、別の誰かに脅されているということも当然に考えられます。……考え出すとキリがありませんが……」


 ヨエルは想定を語るが、セシリーがこの短期間でいきなり答えを出せるとは思わない。ただ、思考を放棄しないようにと伝えるだけ。


「……ふっ。考え出したらキリがないか……だが、それでも考えない訳にもいかないな」


 アルに耳の痛い指摘を受けて、意気消沈してしまったセシリー。

 彼女が鬱ぎ込んだからといって、時は待ってくれない。アリエルが彼女を呼びに来る。わざわざ自らだ。


「セシリー、ヨエル殿にエイダ殿も。そろそろ出立します。……あと、伝えておくことも」

「……あまり良い報告ではないのだな?」


 その通りだと……静かに頷くアリエル。


「……ええ。先行して様子を確認させていた者が、伝書魔法で伝えてきました。……オルコットの領主館が襲撃を受けたそうです」

「ッ!?」


 自身の甘さ、覚悟に悩んでいたセシリーにとっては、別方向からの衝撃。もっとも、ヨエルやアリエルにとっては想定していた一つの事象ではあるが。


「ど、どういうことなんだッ!?」

「……落ち着いてセシリー。オルコット家の方々の無事は確認されているとのことよ……“とりあえず”は」


 先行してオルコットの領都に入り、様子を確認していた者が知らせてきた内容によれば、独立派の主だった面々は領都に集結しており、既に王家からの『落としどころ』の打診すらきているとのこと。


 ダンスタブル侯爵が王家との交渉を行うために動こうとした矢先に、オルコットの領主館が襲撃を受ける。

 独立派の面々は、領都に集結しているとはいえ、それぞれが居場所を明かさずに各所で潜伏している状況にあり、直接的な襲撃に対処が遅れた。


 襲撃者は撃退したが、その際にオルコット家の私兵に被害が出たという。


「……襲撃者の正体と目的は?」


 淡々と感情を交えず語るアリエルの姿に多少の落ち着きを得たセシリーではあるが、心穏やかなはずもない。

 今すぐにでも駆けていきたい。家族のもとへ。それが“敵”の思うツボだとしても。


「不明よ。少なくともつい先程のことらしく、手の者も詳細を掴めていない」

「……アリエル様。独立派の他の方々に被害は?」

「それも分からない」


 アリエルとしては覚悟の上ではあったが、想定していた中では、あまり良くない方向に事態が進んでいるのを感じていた。


 独立派の瓦解。


 そんな想定が頭を過る。


「……主たるセシリー。少し感情を抑えた方が良い。感情のままに力を振るうと、その白いマナは冗談では済まない」


 落ち着いたフリも長続きしない。

 セシリーの周囲には荒ぶる白いマナが洩れる。魔道士としては未熟な制御と言わざるを得ない。だが、エイダが指摘するように、今のセシリーのマナ制御のミスによる被害は、未熟な魔道士の失敗では済まされない。


「……すまない。しかし……どうしても感情に引っ張られてしまう……!」


 そんなセシリーの姿を見て、その場に居た者は考えてしまう。どうしても想像してしまう。


 アルの語った『害悪を振りまくセシリー』の姿を。


「……状況が更に読めなくなりましたが、とにかく領都に向かうことに変わりはないということで?」

「ええ。鉄火場へ飛び込むという覚悟の上で……急ぎ領都へ向かいます」


 既にアリエルは“悪い想定”のもとで今後の行動を組み立てている。



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