第7話 狂戦士を使役する者

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 アリエル一行は急ぎオルコット領都へと駆ける。

 先に潜ませた手の者からの情報を精査できた訳ではないが、アリエルは自身が早急に排除される可能性は低いと見越す。騒ぎの外で様子を見極めるという手もあったが、今回、アリエルは敢えて鉄火場へ飛び込むことを選んだ。


 王家の使者が動いているこの段階で、独立派の動きに横槍を入れる勢力。


「(……オルコット領主館を襲撃したのは、恐らく教会側の手の者たち。連中はどこにでも潜んでいる。教会の暗部相手に分散するのは悪手でしかない……お父様ならそう考える。そして、教会側はそれを見越し、集結しようとする独立派の各個撃破か、内部犯に偽装した暗殺などを仕掛けてくるはず。お父様やお祖父様はそんな教会連中に対して決して引かない。必ず逆撃を仕掛ける。オルコット領都に血の雨が降る……ッ!)」


 アリエルは想定している。“敵”の正体とその動きを。そして、呼応する独立派の動きもだ。

 そんな自身の考えをセシリーには伝えない。確定情報ではないということもあるが、彼女はアリエルの想定を超えていた。その甘さと危うさ。

 甘いだけならまだ良かった。清く正しく眩しい存在として、愛でることも守ることもできた。だが、いまのセシリーには制御できない危険な力が在る。ファルコナーの戦士が、『正攻法では勝てない』と評価する程の力だ。


 一人の友人としてではなく、『独立派の幹部』としてのアリエルにとって、いまのセシリーは、下手をすれば敵側の刺客よりも遥かに危険な存在。騒動から遠ざけるべき存在だ。

 いまはそんなセシリーよりも、戦士貴族としての矜持と流儀を持つアルにこそ、彼女は価値を見出している。目指す道が重なるのであれば、アルこそが同志と呼ぶに相応しいと。


「……アリエル様。私は既に命を捨てています。派閥のしがらみもない。この先、私は神子セシリー殿を守ることに専心致しましょう。幸い、いまはエイダ殿という戦士もいる。貴女は貴女の役割を望むままに果たせばよいかと……」

「ヨエル殿。私の“友人”を……お願いします。ここからの私は、もうセシリー彼女の友ではいられません。我が道を邪魔する敵を討つ。悪鬼羅刹と化してでも……。私は、道を征くための道具となります」


 揺れる馬車の中、真っ直ぐに見つめ合うヨエルとアリエル。

 もはやヨエルは死を覚悟している。己の命の捨て所を探していると言っても良い。そして、アリエルの想定と同じ考えに辿り着いている。いや、彼女の思考と気配を察して、流れゆく先の結果を読んだというべきか。


「……ふ、二人は何を言っているんだ……?」

「主たるセシリー。いまは無粋だ。ここはヨエル殿とアリエル殿……二人のが歩むべき道とその覚悟を語らう場だ」

「……エ、エイダ……?」


 馬車の中、未だに覚悟のない戦士未満はセシリーのみ。彼女には、アリエルとヨエルの語らいに参加することはできない。


 彼女が戦士として覚醒するのを、時は待ってくれない。



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 ……

 …………

 ………………



 アリエルの想定通り、オルコット領都へ入ることも、独立派の潜伏先を探り当てることも、ダンスタブル侯爵との合流についても……表立った妨害は無かった。ただ、が、新たに数体誕生した程度。


 “正体不明の襲撃者”と独立派の面々との抗争は激化しており、その渦中でアリエルは立ち回ることとなる。


 ダンスタブル侯爵が潜伏していたのは、富裕層の別荘区域の邸宅の一つ。一応、不規則に場所を変えたり、申し訳程度の偽装はしているものの、完全に隠蔽しようとはしていない。

 アリエル達が領都に到着して、僅か三日ほどでその場所を探り当てることができた程度。王家の使者であったり、襲撃者には既に居場所は割れているのも当然のこと。それはダンスタブル侯爵側の『逃げることも引くことも無い』という意思表示とも言える。


「明日には待望の父君との再会ですか。……これで『アリエル様を東方へ送り届ける』という、王都での約束は果たせたということでよろしいですか?」

「アルバート殿。万の感謝を貴殿に捧げます」

「アリエル様の感謝を受け取りましょう。……とはいえ、元々は腐った都貴族を間引くついでに、僕が欲張って下手を打っただけです。今考えると、別にあの時点でビクター殿と死闘を繰り広げる必要はありませんでしたからね。まぁ、遅かれ早かれという気もしますが……。僕的にはあの時のビクター殿との戦いが、大森林での感覚を思い出すキッカケでした。おかげで微温湯ぬるまゆ気分はすっかり抜けましたよ」


 アルにとって、王都での日々は概ね好ましいものだった。

 都貴族関連の胸糞悪い出来事はあったにせよ、ヴェーラやサイラス達との出会い、学院やギルドを通じての人々との交流、敵や“物語”の探求、命の保証がある不自由のない生活……決して嫌いではなかった。楽しかったとも言える。


 だが、ファルコナーの戦士としての自分を思い出してしまうと、“平和で好ましい生活”に戻れないのを痛感した。少なくとも、今すぐ王都へ戻って元の生活を……というのは無理だと。


「(はは。セシリー殿のことを甘いだなんだと言ったけど、僕の方こそ度し難い。いまは生きるか死ぬかの戦いを欲している。王都で感じたしがらみからの逃避とは違う。ただ純粋に、大森林での昆虫どもとの戦いを懐かしんでいる。これは女神だか“物語”だかに植えつけられた衝動なんかじゃない。完全に僕のモノ。僕だけが欲するモノだ)」


 ファルコナーの戦士。その悪癖。アルはもう父であるブライアンのことを、脳筋だの戦闘狂だのと言う口を持たない。思い知ってしまった。自分も同類だと。


 もっとも、コリンなどに言わせると『いまさらコイツアル様は何を言ってんだ?』というところか。そして、現在進行形で付き従うヴェーラは、そんな戦闘狂なアルにツッコミを入れることもない。『アル様が活き活きとしている』……と、微笑ましく見守っている有様だ。ヴェーラ、違う違う、そうじゃないそうじゃない。


 その上、アリエルは彼に免罪符を与えてしまう。狂戦士を解き放つ一手。


「……アルバート殿。ここまでの旅路について、当然目に見える形で謝礼は致します。ですが……それはそれとして、次の話です」

「お聞きしましょう」


 狂戦士としてのさが

 アリエルはアルのことを知った。ヴェーラのように、その全てを肯定的に包み込むような事はしないが、アリエルは紛れもなくアルの理解者と言える。彼が望むことを与え、自らの利益を考える。そこには計算がある。


「いまの私には……独立派には、『明確な敵』と『曖昧な敵』がいます。双方との戦いにおいて、アルバート殿の助力を請う。貴族に連なる者に対して非礼ではあると百も承知の上で……兵として、私の為に動いてもらいたい」


 アリエルにとって、アルが話を受けるかは流石に賭け。貴族の矜持や一族の流儀を持つ者に対して、己への出仕を申し出るのではなく、ただの兵として雇うなど……本来であれば無礼千万な所業。


「アリエル様。ソレは貴女にとって必要な一手ですか?」


 心して答えろ。アリエルはそう言われていると感じた。試されていると。

 アルは平坦でいつもと変わらない口調ではあるが、ここで間違える訳にはいかないと……アリエルは己を叱咤し、虚ろな瞳のアルを見据える。


「はい。私には覚悟があります。目指す道が血に濡れていることも承知の上。ですが、如何せん私は弱い。武力が足りない。私は表だろうが裏だろうが『都貴族として戦う』ことは出来ても、直接的な暴力にはあまりにも弱い。この先、甘っちょろい綺麗事だけで済む筈もありません。私は、武力が……暴力が欲しい。ただただ貴殿が欲しい……ッ!」


 熱烈な誘い文句。

 必要な一手か? そう問われても、アリエルは『当たり前だ』としか答えようがない。暴力が欲しいんだと、素直に訴えるしかできない。アルが金や名誉で動くような者でないことは知っている。


「僕を兵として使うということの意味を理解していますか?」

「……承知の上です。貴殿は力無き者を援ける。害意を向けられるまでは……確信を得られるまで基本的に手は出さない。『殺す』ということの意味を知っている者です。……たとえ戦いを欲していても、己の欲望の為にその力を振るうことは無い。力が在るだけの愚か者ではない。力を振るう意義を知る者。貴殿は、古き貴族の矜持を持つ者です」


 アリエルの言は本人も気付いていないが、まさにセシリーの逆を語っているに等しい。自覚があるとは言え、多少のショックを受けるセシリーのことを、今のこの場で構う者はいない。


 そんなセシリーの内心のショックは放置しつつ、アルの虚ろな瞳がアリエルを見ることなく観る。『そこまで知った上で、僕を兵として使役するのか?』 彼はそんな疑問を投げかけているかのよう。


「貴殿にはそう映らないかも知れませんが……私もそう在りたいと……真に貴族の矜持を持つ者で在りたいと願っています。そして我が道の征く先がそうであると信じています。独立派は既に王家との『落としどころ』の調整に入っており、この先、私が道半ばで斃れるとしても、貴殿がマクブライン王国の逆賊として裁かれることはありません。ダンスタブル侯爵家がそれを許さないと誓います。独立派は王家へ弓引く道を征く訳ではありません。……私は国の為に、民の安寧の為に戦います」


 それは詭弁。独立派が王家と交渉を行い丸く収まったとしても、ダンスタブル侯爵家が王家に弓を引いた逆賊という事実は変わらない。それに付き従う者も同じくだ。ダンスタブル侯爵家の者が何を誓おうが『だから安心だ』と、そんな風になる筈もない。


 当然、アリエルにも解っている。しかし、アルが問うたのは道理ではなく覚悟。彼女が示したのは『民の為に戦うから兵として力を貸せ』ということ。


「アリエル様。僕は貴女が貴族の矜持を持つ者だというのは知っていますよ。目的の為なら泥水を啜り、汚名を被ることも厭わないだろうってこともね。ファルコナーは戦う者を……弱さから逃げない者を尊ぶ。流儀に反しないなら、そこに善悪の区別や王家への忖度はありません。……アリエル様、一つだけお願いがあります」

「……何でしょうか?」

「僕は『千を生かす為に百を切り捨てる』……ということを許容はしますが、それはあくまでも「戦う者」に関してです。……民を、力無き者を切り捨てる場合はそうじゃない。最後の最期まで、百を援ける為に足掻いてもらいたい。結果として百を切り捨てることになろうとも、その過程に死力を尽くしてもらいたい。いずれ大局を動かす者となるアリエル様だ。僕の言い分を甘い理想だと笑うかも知れませんけど……」


 アルは自身が大局を動かす者にはなれない事を知っている。ようやく知ったというべきか。所詮は一介の戦士に過ぎない……にも拘らず、前世の記憶によって、この世界を俯瞰して観ることがあり、勘違いをしてしまっていた。自分の行動が、この世界に影響力を及ぼすのだと、知らず知らずの内にそんな傲慢な思いがあった。


 影響力は確かにある。ただし、それは己の身内にだけだ。アルは自身の両手がそれほどに大きくも長くもないことを知った。コリンに教えられた。


「現実的には守るべき民と言えども、多数の為に少数を切り捨てる事もあるでしょう。しかし、そのような場合であっても、私は最期まで諦めない。諦めたくない。……私は絵空事の理想を持った『大局を動かす者』となることを誓います……!」

「……その誓いを“いま”は信じましょう。ただ、やはり僕は命じられるがままに戦うことはできません。僕自身が確信を得たのなら……その時はアリエル様の為に戦うでしょう」


 つまりは、アルが確信できるナニかを示せということ。敵が“より”害悪であると。


「……感謝いたします。アルバート・ファルコナー男爵令息。私は貴殿が、その矜持と流儀に則って力を振るう道を示しましょう。もし、私自身が己の道を外れ、貴殿の流儀に反する者となったなら、その時はこの命を終わらせて下さい」

「そうならないことを祈っていますよ」


 アルはアリエルのその覚悟に触れた時から『彼女はマシ』だと感じてはいた。彼女が今の性質のままに大局を動かす存在となるなら、多少は都貴族の腐敗臭も薄くなるのではと期待している。ただ、そう上手く事が運ぶことも無いだろうという、現実的な判断もあった。


「(もう大きな戦争にはならないみたいだし、僕の当初の目標は達せられつつある。この後の治世だけど、そこまでは流石にどうにもならない。アリエル様のような御方に頑張ってもらうだけだ。ま、その為にはキッチリと“物語”を終わらせる必要があるってことなんだけどさ。コッチについては、戦力の差はあるが、あくまでも戦争じゃなくて“個の戦い”。……僕にも出番があるというものだ)」


 冷静に気が触れている。考える狂戦士。

 アルは既に先を見据えている。何だかんだと言いながら、アルはアリエルの敵と戦うことになる。彼女の指示でだ。つまり結果に関しての責任は、雇い主であるアリエルや独立派の首魁であるダンスタブル侯爵家が背負うのが道理。なら、アルは好き勝手にやる。王都での窮屈な立場とは違うのだから。


 アリエルには覚悟があり、アルという武力を手にする為ではあるが、そこで語ったことは本音。真剣だった。


 アルもアリエルの覚悟を戦士として、貴族に連なる者として、好ましいモノだと感じてはいたが……だからと言って、別に心を動かされたという訳でもない。はじめから目的があってのこと。


『民の害悪になりそうな連中を始末する』

『腐敗を助長するような武力モノを排除する』


 アルはその点に関してブレなかった。


 そしてアリエルは見誤る。この時、アルのもたらす暴力の結果を甘く見積もっていた。ファルコナーの流儀や貴族の矜持への期待値が大きく、彼女自身も忘れていたのだ。


 アリエルが王都を脱する際の経緯。アルも語っていただろうに。


 元々は、アルの考えなしの行動の結果だったと。従者にこっぴどく説教をされて小さくなっていた姿もアリエルは見ていただろうに。


 そんなアルに大義名分や免罪符を与えればどうなるのか……想像は出来ただろうに。


 アリエルが己の迂闊さに頭を抱えることになるのに、そう時間は掛からない。


 狂戦士を飼うことはできない。


 オルコット領都に降る血の雨の量が、加速度的に増していく。



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