第3話 もう一つの可能性
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結局のところ、ダリルの思惑は単純明快。『セシリーの分まで自分が』というある種の独善的な思いのままに動いている。その押し付けとも言える想いを当事者であるセシリーが受け入れるかは別として。
「……それで、ダリルは私の神子としての運命? とやらも何とかしようと?」
「ええ。クレア殿と行動を共にしているのは、それが主な理由と言っても良いかと。私にはよくは分かりませんが、少なくともダリルは『女神の力を制御するようになり、クレア殿の言葉が嘘でないことが改めて分かった』とも言っていました。彼にはそれなりの確信があるのでしょう」
セシリーの神子としての運命を奪い去る。具体的に何をするのかは皆目見当もつかないが、何らかの方法があるとダリルは確信しているという。まさかとは思いつつも、超越者であるクレアであればもしかすると……と、アルやヨエルなどは思ってしまう。そう思わせるだけのナニかが彼女にはある。良くも悪くも。
「(神子の運命ねぇ。ダリル殿の想いはそうであっても、クレア殿は? まさか彼の想いに心を動かされたとかではないだろうし、当然に無償奉仕でもないはず。そこには何らかの意図や目的があるんだろうな)」
アルは自身の今後の身の振り方をと考えているが、アリエルの話を聞くにつれて確信に近い想いを抱く。自身に選択の余地が残されていないと。
女神に喚ばれた使徒としての影響なのか、それとも“物語”の強制力なのか……はたまた自身で選び取った道なのか。
『神子を護る』
『クレアの目論みを阻む』
アルはそんな目的……衝動のようなモノが、自身の中に芽生えているのに気付いた。
この世界は現実であり、個々が意志を持っている。必ずしも“物語”の想定通りに行く筈もない。
確かにそんな風に考えてはいたが、時には意志云々ではどうしようもないことも起こり得る。己の出自、立場、利害による関係、抑えられない感情……誰しもが何らかのしがらみや意図によって踊らされている。それは現実世界であっても同じ。むしろ現実故のこと。仕方ないと流されることも多いのを知っている。納得できるかは別としてだ。
「(クレア殿と初めて対面したときから『気に入らない』とは思っていた。ま、その延長だと思えば自分への言い訳にはなる。ただ、この身の内の奥から湧き出てくる衝動のようなモノ……少し面倒くさいな。自分が自分じゃないみたいだ)」
もし、この場にヴェーラが居たなら、アルの不愉快さには気付いていただろう。そして、アルもヴェーラと二人きりであったなら、その想いを素直に吐露していたはず。自分の感情や流儀とはまた別の衝動。そんなモノに少し戸惑っていると。
「クレア殿の目的は不明なままですが、アリエル様を始末したいという意図があるのはハッキリしているでしょう。とりあえずは、それが独立派全体に波及していないことを願うばかりというところですか」
「……独立派と言っても、父たちとルーサム家側では熱量に違いはあります。父たちの目的には王家との交渉、都貴族の排除が含まれますが、ルーサム家側はその辺りにはあまり興味がありません。彼等の優先は当然のことながら東方辺境地や大峡谷、魔族領すらも守ることです」
「アル殿の言では、いまのところルーサム家の手練れは、こちらの監視に徹しています。クレア様の眷属である者たちが死しても、一切の介入がありませんでしたね。ラウノ……私やセシリー殿と共に虜囚の身だった者も逃げ果せたようですし……」
ルーサム家とクレア一派との関係性などについても話は及ぶが、如何せんアリエルの持つ情報も不完全であり、参考程度にしかならない。後は、オルコット子爵領に集結しつつあるという、独立派に接触してから。独立派の首魁であるダンスタブル侯爵の下に辿り着いてからの話。
もっとも、アルは直近での襲撃の匂いは感じ取っていなかったが、道中に襲撃を受けないとまでは思っていない。それはアリエルも同じ。
案の定、次の日から襲撃者さんこんにちは状態が続くことになった。
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……
…………
………………
「神子ダリル殿。少しよろしいカ?」
ダリルを呼び止める声。抑揚は平坦で、どこか不快感を催す少し甲高い声色。ただ、そう感じるのは、彼自身が大峡谷での戦いを経験しているが故とも言える。声の主は尊敬に値する者であり、立場としてもダリルが軽々にやり取りすることが難しい程の者でもある。
「……ええ。どうされましか?」
「感謝ヲ。少し、クレア殿のことでお尋ねしたク……」
ゴブリン。
ダリルが大峡谷での戦いにおいて、親の顔よりも見たと言っても過言ではない邪妖精、悪しき魔物。もっとも、それは教会の定義によるものであり、東方辺境地においてゴブリンは亜人種として、ヒト族と同等以上の知能や社会性を有する存在であると認知されている。ルーサム家の私兵の中にもゴブリンは少なくはない。
そして、この度ダリルを呼び止めたゴブリンは、ぱっと見の印象はただのゴブリンではあるが、貴族に連なる者……「戦う者」であれば、彼をただのゴブリンと思わないだろう。誤認する者は早々に死ぬだけ。
ルーサム家の軍団長の一人。精鋭中の精鋭。名をダーグ。ゴブリンの中でも特異なる者。
本来、ゴブリンは生まれ付いた格……ゴブリン、ホブゴブリン、ゴブリンジェネラル等々……によって、個体として限界があるのだが、ダーグはゴブリンとして生まれたが、アッサリと格の違いを凌駕する。そして、ただのゴブリンのままに強者となったという逸話を持つ。
更に、五十年で長いとされるゴブリンの寿命すら超え、齢は証言があるだけでも軽く八十を過ぎており、嘘か真か百や二百を超えるとも言われている。先々代のルーサム家当主と死闘を繰り広げた末に軍門に下ったと伝えられており、現当主の幼き日の指南役を任されるほどの信望もある。まさにゴブリン種の超越者。
「クレア殿の? 俺で答えられることなら良いのですが……?」
「神子ダリル殿。貴殿ハ……このままで良いのカ? クレア殿が貴殿に仕掛けてきているのだろウ? 我々は……ルーサム家は、貴殿を救う手立てがあル」
ルーサム家の生きた伝説といえるダーグ。そんな彼がダリルに問う。そして選択を迫っている。ルーサム家の手を取れと。つまりは、クレアの存在を危険視しているとも言える。そして、ダリルは救う対象だという判断がある。
「……身に余ることです。ルーサム家の軍団長ともあろう御方に、こんな俺の先行きを案じて頂けるとは……」
ダーグは察する。殊勝な言葉を口にしているが、ダリルの瞳には迷いがない。他者の言葉で動くことはない。
「(若さ故の愚直さカ……だが、その意気やよシ。せめて、無駄死にせぬように見守るしかないカ……)」
無言のやり取り。
ダリルも、自身が揺らぐことがないということがダーグに伝わったことを知る。ルーサム家は、クレアを滅することは出来ずとも、撃退することは出来るだろう。だが、そこには犠牲が伴う。自身に仕込まれたナニかについても、ルーサム家の者であれば目星がついているのかも知れない。それでも、ダリルは彼等の手を取ることはない。
「(神子の力……女神の影響を排除するには、クレア殿の示す手しかない。俺の中の“予感”もソレを肯定している。女神すらもクレア殿の一手を支持している。こればっかりはルーサム家では無理だ)」
いつの頃からか、ダリルは“予感”が示すものが違ってきていることに気付いた。これまでは、自身の身の安全や不利益に関してのことが多かったのだが、クレアと行動を共にする……託宣から外れるに従って、この“予感”で身の安全を確認はできなくなったが、代わりに、女神の意思のようなものを感じるようになっていた。“予感”の示す先、それは女神の願いだと。
ダリルは密かに気付いている。クレアの決定的な勘違いに。彼女は神々の影響から恒久的に脱することを……神殺しを望んでいるが、“予感”としては是だ。つまりは、女神がクレアの神殺しを願っている。
神を排除する。女神や冥府の王からこの世界を取り戻す。
クレアの前提では『神は世界の支配を望んでいる』ということだが、ダリルは『神の方こそこの世界に縛られているのでは?』という疑問を持つ。
クレアと……少なくとも、女神エリノーラの望みは一致している。ダリルはそう確信している。クレアは、神々が気まぐれで生み出した哀れな亡者達を取り込んだことで、彼ら彼女らの代弁者となった。神への憎しみがその身に渦巻いており、一連の行動はいわば復讐なのだろう。
「……ダーグ殿。俺は近い内にクレア殿の操り人形となるでしょう。詳しくは明かせませんが、そこには俺の意図もあります」
「そうカ。神子ダリル殿……いや、愚かな若僧ヨ。私は
皮肉な話だ。クレアは神々を憎むが、神々はクレアを愛している。その存在、行動を肯定している。そして、それこそがダリルが付け入る隙間。
「ならば今は一つだけ……もし、俺の目論見が外れて本当にクレア殿に取り込まれた際には……速やかに殺してください。俺はそうなった姿を、彼女に……セシリーには見せたくない」
「……本当に馬鹿な奴ダ。だが、確かに助けると言っタ。それが其方の望む助けなら、私はそれを叶えよウ。そして、もしそうなるなら、私はルーサム家やダンスタブル家の縛りを破り、古き者としての盟約すら棄て、そのまま悪鬼クレアを殺ス。そもそも
ゴブリンの戦士はダリルの望みに思わずため息を吐く。そして、クレアに対しての後悔もだ。
「ダーグ殿は過去にクレア殿と……?」
「昔の話ダ。私がルーサム家に仕えるよりもずっと前、私も彼奴もお互いに今より貧弱だった頃、考えの相違から殺し合ったことがあル。ふっ。いつの間にか大層な気配を纏うようになってはいるガ、彼奴の本質ハ、望み通りにいかずに癇癪を起すガキと変わらン」
ルーサム家に仕えるよるもずっと前。殺し合った。クレアは癇癪持ちのガキ。
不穏な言葉が並ぶ。ダリルは目の前にいるダーグのことを只者ではないと知っていたが、まさかそれ程の謎を持つ者とは思いもしなかった。
「ルーサム家に仕える前……失礼ながら、ダーグ殿は一体……?」
「戦士の過去を聞くのは野暮というものダ。……愚かで馬鹿な若僧ヨ。安心しロ。私が命を懸ければ……妖しげな化生の首魁と成り果てた彼奴の命にも届ク。其方は己の気の済むままに往くがいイ」
そんな語りとダリルの疑問をその場に残し、謎多き戦士は踵を返して去っていく。その語りが嘘ではないと、若僧に証明して見せるかの如く、去り往きながらのほんの刹那、ダーグはマナを解放して見せる。
「……なッ!!?」
恐らくお遊びの範疇。それだけでダリルは十二分に理解した。
去っていくその後ろ姿は、正真正銘のゴブリンではあるが、ダリルの目には、遥か彼方に連なる霊峰のような“巨大さ”と手の届かない“遠さ”が視えた。クレアとはまた違う方向性を持った超越者の姿。
「(ち、違う……ク、クレア殿のような異質で得体の知れない
ダリルの記憶にはない。触れたことがない。それ程の力。
驚きを持ってダーグという超越者の存在を知り、いざなれば彼の助力を得られるという安心感が
『
それは今までの“予感”よりも強く強くダリルに響く。思わず頭痛を覚えるほどに。
「(……女神がここまで警告するということは……本当にダーグ殿はクレア殿を“殺せる”のか……?)」
ダリルが疑問を思い浮かべる度に“予感”が、女神からの警鐘が彼の中を巡る。つまり、その疑問は是という事に他ならない。
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……
…………
………………
「くはッ!! あの
「……ク、クレア様。今のマナの気配は……?」
昼間でありながら漆黒の闇に包まれた邸宅内のとある一室。死と闇の眷属が控えるまさに人外の間。邸宅は広いとはいえ、同じ敷地内である以上、当然に人外達もダーグのマナを察知していた。
「ふん。アレはワタシがこうなる前の別の可能性。近くて遠い同類だった者よ。託宣や使徒とは無関係ではあるが、この世界が独自に生み出した……始祖の可能性とでも言うか」
「……クレア様と同類? 始祖の可能性とは……?」
暗闇にてその表情は見えない。しかし、クレアは喜色満面であり気分が良い。
古き馴染みたる者が、古きままに道を歩み、自分とは違う可能性へ辿り着いた様を確認できた。それは今のクレアにとっては何の意味のないことではあるが、彼女の“個”の部分が騒ぐ。
「貴様らには分からんさ。これは古き者の連帯の証よ。もっとも、奴からすればワタシは邪道中の邪道を征く者だからな。許せんという気持ちがあるのだろうさ。くははッ! ワタシは奴を愛しく抱きしめてやりたいというのになッ!」
「……は、はぁ……?」
暗闇の中、復讐者でも人外でもない、ただのクレアの笑い声がしばらく止むことはなかった。
古き者。
この世界の正統な継承者たち。“物語”が本格的に介入してくるより以前に、神々が世界に蒔いた可能性の種、因子。それを受け継ぎ、遂には因子を芽吹かせた者であり、新たな種族の始祖となり得た者達。
もっとも、“物語”の介入後は明らかに不確定要素である為、縛りを受けた神々の手で刈り取られた芽も多い。
神々はクレアを愛する。
それは“物語”を脱却する道具としてだけではなく、彼女が、かつてこの世界の正統な継承者の一人だったからこそ。
神々は継承者同士の争いを望まない。
片方がその資格を喪失していてもだ。
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