第2話 思惑

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 広めの部屋ではあるが、所詮は安宿。

 しかし、そこで織りなされる関係性と、配役された者によって、安宿と思えない程に場は華やいでいた。


「アリエル! 何はともあれ、無事でよかった!」

「……セシリー……」


 再会する友。

 ただし、アリエルとしては、このような場でセシリーと再会するなど考えていなかった……というよりも、争乱が一段落しても、お互いの立場と心情が決定的に変わってしまい、無事を喜び合うことなど、もうないだろうと思っていた。


 自分の無事を喜ぶセシリー。彼女とて内心で思うことがあるだろうに……と、アリエルは複雑な心境。浮かぬ顔になってしまう。


「……アリエル? どうしたんだ?」

「あ……い、いえ。私はセシリーを騙していました。それも長年に渡ってです。貴女に無事を喜ばれるような者では……」

「はは……アリエルは生真面目だな。私だって君に思うことはある。ただ、友の無事を喜ぶのはまた別だ。王都においても、ここまでの道中でも襲撃に遭ったと聞いている。アリエルとこうして無事に再会できて私は嬉しいよ」


 本心。真っ直ぐな想い。アリエルには眩しいほど。

 セシリーは戦士としては甘い。貴族に連なる者としても、都貴族相手であればカモにされるだけ。ただ、その性根はヒトとしては好ましい資質。計算や打算で感情や想いを外に出すような者ではない。


「……セ、セシリー……ありがとう。私も……私も貴女が無事で嬉しい……ッ!」


 改めて共に心から再会を喜び、抱き合う二人。麗しい友情ではあるが、それだけで済まない現実も待っている為、その横では別の話も展開されていたりする。


「ヨエル殿はそのままセシリー殿と?」

「ええ。正直なところ、私は今のこの状況もクレア様の手の平の上だと思っています。彼の御方はセシリー殿にナニかをさせようとしている。どうせ余白のような命だ……せめて何の為にこの騒動が起きたのかくらいは知りたいと思う」


 そう語るヨエルのマナは凪いでいる。鏡のような湖面に差し込む、暖かな陽射しのような光が拡がっている。彼はすべてを受け入れ、既に己の命を手放しているとも言える。


 アルからすれば『彼もまた死兵か』……と、葬列を見送るような気持ちになってしまうが。


「……まぁ僕もここまで来たらオルコット領までは付き合いますけど、ヤバそうなら撤収しますよ」

「はは。らしいですね。……ただ、クレア様はどこかアル殿に執着があった。気を付けて下さい」


 そう言いながらも、アルはどこかで確信している。クレアとは対峙することになるだろうと。少なくとも、あの死にたがりな冥府の王側の使徒はどうにかしてもらう必要がある。向かってくるなら始末するが、そもそもの管理責任を問いたいと、アルは内心でぼやく。


 感動の再会と麗しき友情。それはそれとして、手の空いているアリエルの従者や護衛達はテキパキと出立の準備を進めており、その中にはエイダの姿もある。セシリーの従者として認識されている様子。

 もっとも、本人はセシリーに恩を受けた、小間使い兼使い捨ての盾だと周囲に話している。


「アリエル様、麗しい友諠に浸っているところを申し訳ないのですが、出立に際して配置はどうします? 前と同じような感じですか?」

「……え? あ、ええ、そうですね。返事は当然にありませんが、一応、こちらがオルコット子爵領へ向かうことは独立派の者に伝わったとは思います。ただ、やはり念の為、襲撃者については確認したいので、私はアルバート殿と同じ馬車でお願いします。余計な荷は減らしたので、行きの時ほどに窮屈ではない筈です」

「……なら、ついでにセシリー殿も交え、託宣や独立派について少し深い話をお願いしても?」


 アルの本題。いや、むしろセシリーにとっての本題と言うべきか。アリエルもその意図には当然気付く。今まで避けてきた話題にそろそろ触れてもらう。暗にそう迫られていると。


 アルとしてもそろそろハッキリとさせておきたい。自分がどのように振る舞うかを。

 この争乱が、もはや大局を動かす連中のパワーゲーム……権力者同士の暗闘で済むのなら、ある意味ではそれに越したことはない。血は流れるだろうが、国を割って真っ向からいくさになるよりはマシ。民への被害に関してもだ。


 それほどにはアルも期待していないが、パワーゲームの過程や結果によっては、腐った都貴族達が正当に排除される可能性もあるだろう。


 別にその期待が外れたとしても、後は王都に戻って、ほとぼりが冷めた頃に腐った都貴族を始末すれば良い。それについては、いまもコリンがせっせと準備をしている筈。あくまで対症療法であり、大元を正すことは難しい。しかし、学院の在籍期間いっぱいまで粘れば、それなりに掃除はできるだろうとアルは見越している。

 時間的に難しければ、ギルドのこともある為、王都に腰を据えて活動を続けても良いとさえ思っている。


「……ええ。承知致しました。私が知る限りの情報をお伝えすると約束しましょう」

「ま、僕が知りたいのは、単純に民への被害の有無だけですけどね。……セシリー殿はまた違うでしょう」


 問題なのが、神子を……ダリルを押さえたクレア。彼女の目的がどうしてもな場合。平和的に託宣から外れるというなら、別にアルが口を出すことでも無い。既に“平和的”ではないのは確実と思われるが。

 彼女のその目的が、一体誰に血を流させるのか、そしてそれはどの程度なのか。ダリルやセシリーではないが、アルにはどうしても嫌な“予感”が拭えない。


「(……託宣からの脱却だけなら、別に神子を手元に確保する必要はないだろ。いや、もしかしたらその必要があったのかも知れないけどさ。どこか不自然だ。

 あと、そもそもの“物語”の敵勢力。外法の求道者集団。確かゲームでは邪教徒だのなんだのだったか? 連中のこともクレア一派は叩いているみたいだけど、魔族領に居るだろう本丸に関しては、わざわざ神子であるセシリー殿に始末させようとしている。何故に今さら託宣に沿わせる?)」


 託宣からの脱却はほぼ成された。ではその次は?

 コリンには『どうでもいい情報』とバッサリ切られたが、アルはビクターの今際いまわきわの言葉が気に掛かっている。


『世界の安寧』

『理不尽に超越者に踏みにじられない世界』

『神々の支配からの解放』


「(綺麗事には裏があるってね。そりゃクレア殿は超越者だろうさ。でも、世界の安寧って何だよ。神にでもなるつもりか? ……かと思えば、神々からの支配からの解放だの……スケールがデカすぎてまるで現実味がない。ゲーム終盤で、広げてた風呂敷をバタバタ無理矢理たたむ感じだな。こじつけ感がハンパない)」


 もっとも、前世の薄い記憶を頼りに考えたところで、正解が出てくるわけでもないのはアルも承知の上。ただつらつらと考えているだけ。

 とは言え、胸に抱く嫌な予感もあり、状況に流されたままというのも座りが悪い。



 ……

 …………

 ………………



 ビーリー子爵領の領都を出るに際して、かなりチェックはされて時間が掛かかりはしたが、特に問題はなくアリエル一行は旅路へ。


 襲撃者や監視者を寄越す割には、手を回して行動を阻害するようなことがない。そんなチグハグなやり方に違和感を覚えているのは、決してアルだけではない。当たり前にアリエルも、自分たちが何らかの意図を持って泳がされていることを理解している。


「王都を発ったときは初日から襲撃がありましたけど……今回はそこまで性急な感じではなさそうですね」

「……アルバート殿がそう感じるならそうなのでしょう。しばらく襲撃が無さそうだと言うなら、今の内に話をしておきましょうか」


 荷を減らした分、広くなった馬車の中でアル、アリエル、セシリー、ヨエルの四人が向き合うように座っている。アリエルの護衛達は、それぞれが馬に乗り馬車に随伴している。今回、ヴェーラとエイダは別の馬車の護衛という形に落ち着いた。


「ま、ただの勘ですからね? あまりに期待しないで下さいよ?」

「……ご謙遜を」


 アルとて、周囲を広範囲で探知や感知しているという訳でもない。むしろその辺りのちゃんとした索敵については、ヴェーラの方が得手としており、主を上回っている。

 ただ、アルの場合は何となく、戦いののようなモノを嗅ぎ取っているだけ。今回はそんな匂いが薄い。本当にただの勘。

 しかし、アリエルはその勘が決して当てずっぽうではないことを知っている。これまでに思い知らされている。アルが襲撃者が来ると感じて、襲撃者が来なかった試しがない。なら、逆もまた然りだろう。


「……話してくれるか、アリエル」


 もっとも、襲撃が予想されたとしても、アリエルは話をするつもりではあった。目の前にはセシリーがいる。神子や託宣のこと。ダリルの変心についても、一番知りたいと願っているのは彼女だ。


「……まず、神子のことを話しましょう。ダリルとセシリーは神子として役割があると託宣に示されていました。その託宣の中には、私とダリル、セシリーとアダム殿下が結ばれて子を生すと示されていたそうです。流石に原典を確認した訳ではないので、飛躍した意訳だったのかも知れませんが……」

「ち、ちょっと待ってくれ……!」

「……セシリー殿、まずはアリエル様のお話を一通り聞きましょう。質問や疑問はその後で……」


 早速にセシリーには疑問がいっぱい。ただ、話が進まないために軽くヨエルが制する。


「……そ、そうだな。すまない。アリエル、続けてくれ」


 静かに頷いてアリエルは続ける。


 彼女曰く、託宣においては、神子と子を生すアダム殿下が至尊の冠を受け継ぐ。そして、ダリルとアリエルも子を生し、次代となる子供同士が結ばれることで、王国の千年の繁栄の礎となる。

 神子の血と力は王家に、マクブライン王国に取り込まれ、瘴気に侵された東方辺境地や魔族領を遠い時間を掛けて浄化していく……と、託宣には示されていた。


 それぞれの個人の想いを別にすれば、幸せに暮らしましたとさ……という物語の終わり。

 アルにとっては既に記憶の彼方ではあるが、ゲームにおいても、そこまで直接的ではないにしても、エンディングで示唆されていたこと。もっとも、マルチエンディングであるため、あくまでその内の一つ。ただし、公式に採用されたストーリー。


 為政者や権力者からすると、セシリーやダリルは望外の幸せを得られるというだけのこと。不平不満を口にするなどあり得ない。そう考えた。いや、神子個人のことなど考えてもいないというのが正しいか。

 用が済めば始末するだけ。国母、国父となり、名を遺せたのだから良いだろうと。


「……ダリルはそんな自分の未来を否定したのか?」

「……いいえ。少し違う。託宣のままに進むことで、ただただ千年の繁栄が約束されているなら、私だって託宣を遵守しようと思っていた」


 アリエルは更に語る。

 かつてアルに語ったことでもある。託宣が示すのは王国の繁栄であって、民の安寧ではない。


 繁栄に辿り着く前に、東方辺境地を切り捨てるかのような記述も多い。

 魔族領や大峡谷などは壊滅するとまで示されている。一体どれほどの命が喪われるのか。そして、大峡谷で産出される資源を丸ごと失い、王国にどれほどの打撃となるのか。その悪影響がどれほど続くと思うのか。


「その上で、王家や教会は、役割を果たした神子は始末するというのが念頭にある。恐らく、私や……陛下となったアダム様さえ処分の対象でしょう」

「王家の方は何となく分かりますが、教会もですか? 神子は女神の遣いでは?」


 暗部を知るヨエルの疑問に、アリエルは微笑む。


「ふふ。死んだ者の方が扱い易いというのは、王家も教会も変わりません。彼等からすれば、私達は“千年の繁栄”の為に配役されただけの者です。託宣が為された後のことは、特に女神からの啓示もありませんしね」

「……そういうことですか。しかし、こう言っては失礼ですが、アリエル様はそれすらも飲み込んで役割を果たすことも有り得たのでは?」

「ええ。私も貴族に連なる者。必要があれば大局に立って、我が身や命を惜しむことはありません。しかし、託宣は民の安寧を無視しています。託宣アレが示す未来は王家や教会からの視点のみ。そして何より、神をこの世界に顕現させようなどと……」


 神の顕現。

 託宣は女神の啓示。その託宣が神と表しているにも関わらず、教会はそれを頑なに認めはしない。神とは女神エリノーラのみであると。教義に固執する余り、矛盾していることを知りながら無視するという力業。


 託宣に示された神とは冥府のザカライア。不完全に顕現した冥府の王を追い返すのが、所謂“物語”のクライマックス。ラスボス戦。


「託宣にはハッキリと示されていました。不完全な神の顕現により、この世界は決定的な傷を負うと。その傷が膿み、不浄の者が溢れやすい世界へと移ろっていくと。解釈はヒトによって違うようですが、千年の繁栄の対として描かれている百年の暗黒というのは、どちらか片方という訳ではなく、それらは同時に起こることではないか、神の顕現で負う世界の傷のことを指すのではないか……そう考え、教会側にも託宣に沿うことを是としない者もいます」


 アリエルは語る。託宣が誘う道の先を。


「まぁ、僕にはそれらが本当に起こる事かは分かりませんが……魔族との戦争を起こさせない、東方辺境地や大峡谷を切り捨てない、神の顕現とやらで世界に傷を負わせない……この辺りが独立派の言い分ですか?」

「ええ。私としては戦火を防ぐ、都貴族の腐敗を取り除く……というのを優先に考えていますが、父や祖父、クレア殿は、私よりも更に情報を持った上で……神の顕現にまで言及しています。つまり“有り得る話”だと判断しているのでしょう」


 アルはすっとぼけているが、託宣の……“物語”の通りに事が進めば、神の顕現が為させることを知っている。ラスボスだ。


「(もしかしてコレか? 女神や冥府の王の望みは? ただ単に『上から押さえ付けられてやってられねぇよ! 何が“物語”だ!』という反発だけじゃなく、普通にこの世界を保護するためか? 不完全とは言え、神が顕現することで世界が壊れる? ま、それでも千年の繁栄とか言う以上、ヒト族の寿命なんかよりは遥かに長持ちするんだろうけど……)」


 アルの中では『上司に無駄に反抗する中間管理職』……というイメージだった女神と冥府の王。もしも、“物語”からの脱却がこの世界を守る為なのだとすれば、アルの持つ印象は少し変わってくる。


「話が壮大過ぎて私には何が何やらだ。アリエル、 結局ダリルは何を望んでいるんだ? アイツに情報を与えたのは君なんだろう?」


 女神の力を身に宿しながらも、セシリーはアリエルの語りを御伽噺のようにしか感じない。

 託宣云々をどこかで馬鹿馬鹿しいとさえ感じている。何故に皆々が、そんな御伽噺に振り回されているのかと。勝手に自分を巻き込むなという思いは強い。

 ダリルもダリルで、何故に私に相談しなかったのか。神子というなら私も当事者だろうにと……


 ただ、そんなセシリーの心中を察してか、アリエルは少し呆れる。

 自分には覚悟があった。ダンスタブル家の者としても、託宣に役割を示された者としてもだ。

 ダリルとセシリーは違う。情報を遮られ、覚悟を決める猶予もなかった。そして、その事を知りつつ、アリエルはダリルの想いを利用した。仲間に引き込むために。


 しかし、結果として、アリエルはダリルの底抜けの馬鹿さ加減を見誤っていた。

 すべてを知らぬ間から、彼が望むのはただ一つだけ。

 ダリルはその想いの為に、アリエルが苦悩した日々などアッサリと飛び越え、己の命すらも投げ出してみせた。


 真正の馬鹿。


 アリエルはダリルのことをそう評価する。哀しみと罪悪感にまみれながら。


「……これを私から貴女に伝えるのもどうかと思うのだけれど、ダリルの……あの人の望みは、ただセシリーが幸せに生きることよ。民への被害を看過できない。故郷である東方辺境地を守りたい。そんなことを口にはしていたけど、ダリルの真の望みは貴女のことだけ。貴女から、神子であるという運命すらも奪い去るつもり。セシリーが、ただのセシリーとして生きられればそれで良い。ダリルは……あの人はホンモノの馬鹿なのよ」


 アリエルは真っ直ぐにセシリーを見つめて、ダリルの馬鹿さ加減を語る。


「…………は?」


 ただセシリーの為だけ。本当にそれだけ。


 思考が停止するセシリー。


 ダリルが馬鹿なのは仕方ない。


 しかし、セシリーも大概に馬鹿なのだと、この時、アリエルはそんな風に思っていたという。



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