第5話 亡者の群れ
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「(……討って出てくるのも想定はしていたけど、ここまでの規模になるとはね……少し見誤った。くそ。
ただ、聖堂騎士団や治安騎士団、都貴族の連中も異変に気付いた上に初動が早い。多少の混乱はあるようだけどちゃんと統制は取れている。……こっちは良い意味での誤算だな)」
一両日中に事態が大きく動くと見越して、アルは貴族区と民衆区を隔てる城壁付近の宿で待機していたが……マナの騒めきを感じたと思えば、あっと言う間に民衆区には亡者の群れ。一部には黒いマナも感知する。
流石に裏でこそこそと引き金を引いた自覚もあり、亡者退治に参戦をと考えたが……アルが想定していたよりも聖堂騎士や治安騎士の動きは早く、尚且つ都貴族に連なる者たち……私兵集団も数は少ないが出てきて即応した。その誰もが統制の取れた動きをしている。
「……引き付けてから撃てよ。…………今だッ!!」
「連中は動きは鈍いがタフだ! 多対一で距離を取れ! 慌てるな!」
「聖堂騎士は神聖術を出し惜しみするな! 魔道士と連携を取れッ! 聖堂からの救援要請など今は無視だッ!」
「とにかく頭を潰せ! 浄化は聖堂騎士に任せて、目の前の相手を優先的に仕留めろ!」
アルが見るところでは、貴族家の私兵などは、五人一組の班構成が基本となっている模様。
女神に属する力を操るという神聖術。その遣い手たる聖堂騎士も、初動の混乱を乗り越えると二人一組で動き、ほぼ一撃のもとに亡者を死の安寧へ還す。相手が亡者ということもあり、個々人の力が目立つが、こちらも現場の指揮に従ってのこと。
アル自身が得手とするのは個による遊撃戦であり、対都貴族家でもそのほとんどが不意を突く形から始まっていた。
その為、彼は知る由もなかったが、都貴族家が得意とするのは組織戦。基礎魔法を数で厚みを持たせて制圧するというやり方。
個別の魔法をひけらかすのは、あくまでも護衛や必要に応じての場面であり、組織戦においては、皆が画一的な魔法を使うことが望まれるという。王国の集団戦の基本。大森林に接するファルコナー領とは真逆。
もっとも、魔法の威力もある為、亡者を撃退するに合わせて周囲の家屋も被害が出ているようだが。
「(……やはり集団での戦いとなれば統制と物量だな。父上やクレア殿のような例外は別として、延々と物量で押されれば、腕自慢程度の個では何も出来ない。“
アルは亡者の群れに多少の驚きはあったが、それ以上に、王国の戦力の層の厚さのようなモノを実感して安堵する。民への被害についてはどうしても罪悪感が残るが……。
目の前の亡者退治に参加する必要性はない。アルが相手をするとすれば、黒いマナの持ち主。聖堂へ向かっているひときわ強い黒いマナを持つ一団だと……彼は“敵”を見定めた。
……
…………
………………
「邪魔だッ!! どきやがれッ!!」
「……くッ!」
瘴気をも含む不浄のマナ。そのマナの構成によって放たれる魔法。
それは基礎魔法のように、マナの塊をぶつけるというだけのモノであっても耐性のない者には脅威となる。いや、耐性を持つ者にとってもだ。
不浄のマナの風が吹きつける。まるで巨大な魔物の瘴気の息吹。その風は触れたモノを蝕む。特に生ある者を。
「……ごはッ!」
「ぐぶ……ッ!」
「ぐばッ!? ぎゃぁぁッッ!!?」
神聖術で障壁を張るものの、そのマナ構成自体を蝕み壊す。
容赦なく聖堂騎士や従者クラスを瘴気が侵し、ある者は血を吐き倒れ、ある者はその身がボロボロに溶けて崩れる。まさに致命の風。
「……ふん。初めからこうしていれば良かった。総帥の指示とは言え、まだるっこしいんだよ……ッ!」
「……しかしフロミー様。流石に肉体が限界かと……」
未だに死ぬことも叶わず、倒れ伏して苦しみ悶える騎士たちを
だが、そんな死霊達の宿った肉体も、斃れ伏す騎士達と似たような見た目にある。普通のヒト族であれば動けるような状態ではない。肉体の活動限界は近い。
「……元より覚悟の上だ。派手に動けば、それだけ王都を脱する連中が楽になるだろ。お前たちも出し惜しみはするな。……くそ。肉体を失うと、次の肉体を得るまでに記憶の混濁があるからやりたくはないんがな……ッ!」
その本質は死霊ではあるものの、肉体を持つことの利点を彼らは十分に理解していた。肉体と言う檻に自らを閉じ込めることで消耗が少ない。高位の死霊ではあるが、自我を持ったままに、自らを世界に固定できるほどの力量はフロミーにはまだない。リッチとなってまだ日が浅く、肉体に縛られた元・ヒト族としての感覚が抜けきっていない。
「……とっとと女神の聖物とやらをぶっ壊すぞ。早くしねぇとな……流石に肉体を失った後にこの領域に留まるのは不味い……ッ!?」
死角から鎖。
フロミーは咄嗟に身を引くが、掠めた鎖が脇腹を削る。削られた肉片が地に撒き散らされるのを見る。敵を確認する。居ない。遮蔽物の向こう側。
「(くッ! ……神聖術じゃないな。馬鹿が! ただの魔道士が俺に勝てると思うなよッ!)」
フロミーは即座に魔法を構成して敵へ向かって放つ。瘴気を含んだ風の刃が敵の隠れた遮蔽物ごと薙ぎ払う。石壁や土は急速に黒ずんで腐食したかのように崩れる。浸食する瘴気。
だが、そこに敵の姿はない。既に退避済み。
鎖の使い手たる
「(……前の黒い手を持つ奴と違い、何とか『縛鎖』は届く。ただ、あの瘴気は不味い。肉体を壊して撤収が妥当)」
既に敵の肉体はボロボロだった為、隠形を解き一気に決めるつもりだったが……ヴェーラのその目論見は外れる。思いの外フロミーの動きは機敏であり戦いの勘所を備えていた。
反撃を警戒して、ヴェーラは咄嗟に『縛鎖』のマナ構成を崩して敢えて消し、遮蔽物に隠れながら一気に距離をとる。英断。彼女は無理に粘ることはない。確実な手を選択する。
「(女神の聖物を壊すと言っていた……確か、本聖堂の貴賓室に飾られていた筈。奴らはそこを目指す)」
聖堂は、中央に主となる大きな建物があり、その半分程度の大きさの棟が左右に一つずつくっついている構造。正面は礼拝のための本聖堂、左右の棟は実務の為のものとなっている。
当然、本聖堂の正面入り口の他に、左右の棟にも関係者用の出入り口がある。ヴェーラは向かって左側の執務棟付近に忍ぶ。いざと為れば室内で待ち伏せをと考えていたが……その考えはすぐに覆ることになった。
「くそがッ!!」
「フロミー様! 今の奴のは神聖術ではありません! 無視して聖堂を……」
それ以上の意見を発することはない。
肉体を纏う死霊。フロミーを宥める幹部格の亡者。
その頭部……胸元から上が消し飛ぶ。
元より命を終えている身。連中にとっては、単に剥き出しの死霊となるだけの出来事。
しかし、予想だにしなかったこと。狙撃。
その様を見てヴェーラの判断は早い。止まらない。
「(アル様ッ!)」
方針の転換。ヴェーラはこの場が終わったと判断。
後始末は
ここには狩人は二人も必要ない。離脱の一手。他を狩る為に動く。次を目指して駆ける。
「なッ!? なんだぁッ!?」
フロミーは戦う者としては優秀ではあったが、それだけ。あくまでも外法の研究者。咄嗟の思考は“戦士”のそれではない。動きを止めてしまう。致命的な隙を晒してしまう……狙撃者に。
「……んがッ!?」
狙いを修正した二射目。
危機を感じて身をよじるが、もう遅い。
フロミーの下顎が吹き飛ぶ。そのまま鎖骨部分から左肩も千切れ飛ぶ。
思わず漏れる。
剥き出しとなるフロミーに対して、即座に聖域の洗礼。生と光の属性が、女神の抱擁が彼を迎える。
『がぁぁッッ! クソッタレぇぇッ!!』
喚いても現実は変わらない。動きを止めたのが悪い。ただの自業自得に過ぎない。
ダメ押しの三射目が彼の肉体を更に壊す。確実な仕事。完全に
庭園部分とは言え、既にここは聖堂の敷地内。女神の聖物により、命と光の属性が満ちる場所。
死と闇の属性。その強力な加護である尊き黒きマナを持ってしても、剥き出しの死霊が長時間留まることは赦されない場所。
『チッ! あと少しのところでェェッッ!!』
不意のことであり、フロミーは咄嗟に自らを守るために力を集中してしまった。つまり、周りへ振り分けていた加護の弱体化を招くことに……そうなれば、周囲の亡者は堪らない。聖域においては、死と闇の加護が弱くなれば亡者は還るのみ。昏き死の安寧へ。
「グぅぅ……!」
「ギャァァァ!」
「あががががッ!」
「ごあぁぁッッ!!」
阿鼻叫喚の図。
敷地内だけで五十はくだらない数の亡者。亡者達の断末魔の叫び。
不浄なる者が浄化されていると言えど、その有様は不吉で不快なことに変わりはない。
「今だ! 首魁を逃すなッ!」
「他の雑魚は無視しろッ!」
しかし、その不快な様子に惑わされない者達もいる。
戦いの
瘴気の風を凌ぐために潜んでいた聖堂騎士がここぞとばかりに攻めに転じる。ここが勝機だと。首魁たる死霊を逃すまいと討って出る。
『……女神の手下の分際で……くそがァァァッッ!!』
既にヴェーラは離脱し、アルも次の狙撃はない。後は専門家へ任せるという判断。あくまでもこの戦いは、王都の治安を乱す外法の求道者集団と、それらを討伐する正規兵という構図を完成させるのがアルの狙い。自分達が表には出ない。
もちろん、今のアルは女神の力を身に宿しており、ソレを『狙撃弾』に乗せればフロミーを浄化すること自体はできる。『狙撃弾』への対処をみれば、いっそ呆気ないほどにそれは可能だ。
ただ心情的に『勿体ない』というだけ。黒いマナを無視はできないが、一度しか振るえない女神の一突き。使い所はここではないと判断した。
アルは聖堂騎士団の力量を正当に評価している。そもそも敵対をも想定しており、仮想敵として戦力を把握していた。結果、聖域において、フロミー程度の死霊に敗けるはずもないという信頼がある。
アルにとってはフロミーはその程度の認識でしかない。『勿体ない』。
もし当事者であるフロミーが知れば業腹だが、彼がそれを知ることはもうない。
自分を追い詰めた狩人の姿をまともに見ることもなく、フロミーは捕捉された。致命的な状況で。周りを固める亡者は女神の抱擁を受けた。己を守る肉体の檻もない。
彼は剥き出しの
先に待つのは永劫の眠り。
あとはどれだけ聖堂騎士を道づれにできるか?
ここから先は聖堂騎士とフロミーのエピソード。
そしてこの戦いは、誉れ高き聖堂騎士の武勇伝として語り継がれる一幕となる。
『がぁぁぁッッッ!!!! 来やがれッ!!』
結局のところ、フロミーは彼が見下していたヒト族……それも女神の手下たちに消耗戦の末に滅される。
亡者の行進の終着点。
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……
…………
………………
空が薄っすらと白みはじめる頃。
王都の争乱をよそに静けさが覆う。学院内にあるヴィンス一族の秘されし屋敷。融和派魔族のアジト。
そこは各地からの連絡を受け、指示を出す本部指揮所的な役割を担っていたが、既に大勢は決した。
明らかに入って来る連絡が少なくなっていおり、ほとんどの“狩り”が終わった。後は治安騎士や聖堂騎士による敵アジトの調査を待つという段階へ移りつつある。流石にソレは今からではなく、編成を整え直して日中に行われる。そうなれば、もはや日陰の存在が出しゃばることもない。
「ヴィンス老。従者のヴェーラ殿が外民の町の城壁付近で逃げる敵集団を潰したそうです。恐らく、それが最後。後は逃げ遅れて王都内に潜伏する少数だけかと……」
「……そうか。流石にアル殿の従者だけはある。ほとんど休むこともなく動き続けたようじゃな。短時間で狩場を転々として尚、その動きは精彩さを保っておったとも聞く」
報告を受けるヴィンスに驚きはない。その程度のことはやってのけるだろうという見込みがあった。
何より聖堂へ向かった敵の一団。その中でも首魁とみられる者は、遠方からの攻性魔法により撃たれ、動きが止まったところを聖堂騎士たちに包囲されて滅したという。
遠方からの攻性魔法。
ヴィンスは幸いにも直接眼にする機会はこれまでに無かったが、それがアルの魔法だということは流石に把握している。
「(アル殿は別の作戦行動中と聞いていたが……ふぅ。片手間で敵首魁の動きを止めるか)」
ヴィンスは改めてアルの脅威を知る。それは単純な戦闘能力や胆力だけの話ではない。今回の亡者の行進までを読んでいたとは思わないが、敵の逆撃自体は想定していた。果たしてアルがどこまで考えていたのか。
「ヴィンス老。此度の敵……奴らが開戦派を騙り暗躍していたのは分かるのですが……それでも連中の構成員の半数以上は『魔族』です。こうも大々的に治安騎士や聖堂騎士が介入したとなれば……王国内において『魔族』全体への排斥の機運が更に高まるのでは?」
「……ほほ。今更そんなことをか? ……恐らくアル殿はそれすら見越しておった。わしらに決断を迫っておるのよ。ヒト族として生きるか、魔族として生きるかを……」
既に動き出し、結果も概ねは出た。
今回はヴィンス一族も直接的に手を出し、王都を脱しようとする連中の動きを先回りして狩り出した。お互いにその血を流した。治安騎士団や聖堂騎士団にも連中に魔族が混じっていることも密告済みであり、“敵”の全容が明らかになるのも時間の問題。
そして、民衆区の局所的に溢れた亡者の群れ。いくら局所的と言えども、王都の民にも死傷や建物の損壊などの被害が出ている筈。出ていないわけもない。
騎士や魔道士についても、戦って散った者もいる。その数は多くはないかも知れないが、決して少なくもない。加害者と被害者の構図ができた。できてしまった。
「アル殿は苛烈じゃ。ある意味では潔癖とも言える。ここに残るわしらに対して、魔族であることを更に深く隠してヒト族の中で生きるか、いっそ開き直って魔族として王都を出ていくか……中途半端は許さないということじゃろう」
「我々と距離をとり、王都へ残ることを決断した者たちは、もとより魔族であること捨てる気です。いえ、もう捨てていると言えるでしょう。西方へ旅立った者たちが現地でどう振舞うかは分かりませんが、以前の我々と同じような所に落ち着くのかと……ならば、後はヴィンス老のもとに残った我々の身の振り方……それを?」
これまでと同じように、“庇護者”の支援のもとで安穏と暮らすことは出来ない。それは当然のこと。では、どうするのか? その答えを出すときが近付いている。
「まず、この度の敵、開戦派を騙る連中はマクブライン王国と魔族領双方の敵じゃ。連中を叩くのは当然のこと。
ただ、本当の開戦派……魔族領本国の連中。わしはこの度のマクブライン王国の東方辺境地での変事、争乱のきっかけに魔族領の者も関わっておるとみている。王国の一部の貴族家と魔族領が手を組んでいる。
そして、それを許さないのは当然の如く王家や教会であり、争乱に与しなかった都貴族家もじゃ。
この先、安易な判断は身を滅ぼす。しかし、それを含めて各々が覚悟を持って進む道を選ぶときがきたのじゃろう。
実のところ、このままどっちつかずのままでも良い……そう思っておったのも事実じゃが、事態はわしの想定よりも早く激しく変化しておる。流されるままだと滅ぶだけだと……そんな風に、アル殿はわしらを叱咤しておるのじゃろう」
「……ヴィンス老……」
ヴィンスは思う。
アルバート・ファルコナー男爵令息。
彼は甘いと。戦士として厳しさを持ち、当然のことながら敵へは情けも容赦もない。合理的な判断で“処理”することもままある。狂気の沙汰とも映る行いを平然と実行する。
しかし、その上で敵以外には甘さがある。それがファルコナー領の特色なのかも知れないが、彼は平時において無闇に血を求めることはない。戦士としては当然のことではあるが、その当然の振る舞いの出来ぬ者が何と多いことか。ヴィンス一族然り、都貴族然り。
「わしがアル殿の立場であれば、わしら一族のことは切り捨てておるわ。組織としての力もかなり薄れた。もはやアル殿側に利点はそれほどにない。
今回のことも、こちらに知らせずに一族を混乱へ引き摺り込み、敵とわしらをぶつけ合い、消耗させることもできた。アル殿であればその程度は考えたじゃろうし、実行もできたはず。むしろ、その方が彼にとっては都合が良かったのかも知れぬ。しかし、実際にはわしらに道を残した。……
アル殿の目的は分からぬし油断はできん……じゃが、その本音はともかく、彼の振る舞いはまさに戦士のそれじゃ。誰もが忘れ去った子供の寝物語に出てくる
この先、もしアル殿と敵対するとなれば……その時は錆び付いた戦士の自分を奮い立たせて、彼と戦い……そして散る。真の戦士と戦ったのだと。その満足を抱いて黄泉路を往く。
ヴィンスはそう自身に誓う。
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