第7話 王都到着

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 背嚢……大きめのリュックサックを背負い、アルは一人街道を行く。既に王都は目と鼻の先。


「(フラムたちを捜索しているのが、始末した連中だけのわけもない。いずれその足取りは掴まれるかも知れないけど、とりあえずの時間稼ぎは出来ただろ。辺境領まで追いかけるとかは流石にないと思いたい……そこまで想定してない気もするし……)」


 アルはビーリー子爵家の動きをボンヤリと考える。


 追手を放った者が何処まで本気だったのかは知らないが、遭遇した私兵の質や装備をみるに、他領にまで逃げるなど思っていなかったのでは……と、アルは予想する。


 大事な生贄とはいえ、実態は幼き日より幽閉していた子供に過ぎない。逃げたところで何ができるのか? ……そんな舐めた思いが透けて見えた。

 まさか王家管轄地で、田舎領地と同じような振る舞いをするとは。あの程度の者を追手に出す時点で間抜け過ぎる。

 そもそもアレが公になれば、王家から何を言われるか……ビーリー子爵家としては知らぬ存ぜぬを突き通すしかない。本当に詰が甘い……と、アルはビーリー子爵家に内心で盛大なダメ出しをする。


「(はぁ……調子に乗ってイロイロやらかした気もするけど……まぁやってしまったモノは仕方ない。それにフラムは微かにストーリーに関わる存在のようだし、これでゲーム本編と時代が重なっているのがハッキリとした。彼女と出会ったのも何らかの啓示だったのだと……そう思っておこう。これがストーリーにどう影響するかを考えると怖いけど……民を犠牲に外道な実験をする者どもは確実に悪役だ。いずれ主人公たちに成敗されるのは変わらない。フラムは元々死んでいた設定の実験体だし、別に保護しても大丈夫だろ……?)」


 アルは自分の行動がストーリーに大きな影響はないと信じたいが……すでに遅い。


 魔道実験の成れの果て。


 ゲームではフラムの名前すら出ない。ただ語られるだけ。悲しき実験体の末路が。

 魔道実験の実験体は一度逃亡し、農村で老夫婦に匿われる。

 しかし、心穏やかな日々は長くは続かず、追手たちは実験体を匿った優しき老夫婦を殺害。

 その後、絶望した実験体を連れ戻し更に追い込む。

 死にたくても死なせてもらえない。死ぬことを許されない。

 そうした日々が続く中、哀しみと諦念に囚われた実験体は遂にその命を散らす。引き換えに、外道共の実験が不完全なりに成果をみる。……というエピソード。


 アルがフラムを保護するのはゲームシナリオ的には少し早い。結局のところ、魔道実験を頓挫させる結果となり得る。

 もっとも、外道を征く者としては、アルが考えているようにビーリー子爵家は色々と詰が甘過ぎる。なので、所詮は自業自得とも言えるが。


「まぁこれ以上は考えて無駄か。切り替えて次は学院だな」


 アルは良くも悪くもファルコナー。

 父のことを大雑把と評していたが……果たして?



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 マクブライン王国。

 至尊の御方が座する場所。

 王都。

 その規模は広大。

 この世界においても有数の都市。


 かつては一帯に、今で言う辺境地域を超え、大陸の果てまでを征したと言われる「帝国」があり、その帝国が衰退するに従い、各地で国が興ったという。その一つがマクブライン王国であり、既に建国から四百年を過ぎている。


 ちなみに、帝国時代から続くとされている貴族家を古貴族家と称しており、マクブライン王家もまた、帝国時代の地方貴族に過ぎないことになる。もちろん、口に出すことは不敬であり、それを口に出して咎められないのは一部の限られた者たちだけだ。


 王都は第一、第二、第三と大壁で区切られており、今や一番外に第四となる外壁が建造中でもある。


 第一の壁は、王城、国家運営に関する設備や施設、大貴族の邸宅などの地区を隔てる。第一区域。至尊区。


 第二の壁は、大貴族家の邸宅や別宅をはじめ富裕層向けの施設が並ぶ地区を隔てる。第二区域。貴族区。


 第三の壁は、一番広い地区であり、一般に王都と称される場所を隔てる。

 王都に生まれても、その生涯で第二の壁を超えることがない者も多いと言われており、通常の都市機能はこの区域に集中している。

 貴族区に住まうのは専ら力ある大貴族や歴史ある古貴族家であり、その他の貴族家はこの地区に邸宅や別宅を構えている。同じ地区と言っても、一般の民衆と貴族家ではハッキリと分けられている。

 ちなみに、貴族に連なる者が通う「ラドフォード王立魔導学院」もこの地区だ。第三区域。民衆区。


 更にはその第三の壁の外には、かつては貧民窟……スラムと呼ばれた場所があったが、いまでは整備されて町となっている。

 他の町よりは栄えてはいるが、元スラムであり、どこか安っぽい、気安い、怪しい、危険な雰囲気も未だに漂っている場所もある。アルからすれば、ファルコナーの領都より活気を感じる程度の違い。

 もっとも、王都に在住する者は、第三の壁の外を「王都」とは認めていない。王都の区域ではなく、あそこは外民の町だと。


 そんな王都にアルは足を踏み入れる。



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「え? 入学はまだ先?」


 建造中の第四の外壁を超え、田舎者丸出しのまま外民の町で一泊。

 アルは次の日にさっそく、民衆区にある学院に行くが……


「はい。申し訳ございませんが、この時期ですと次節の入学となります。つまりあと半年は待って頂かないとなりません」

「…………」


 数日のズレなどまったく関係が無かった。

 どうりで周りに、他の貴族家の令息令嬢が誰も居ないわけだ。


 ……

 …………


「はぁ……さて、どうするかな……」


 幸いなことにアルには金だけはある。そもそも必要な物は王都で買い揃えるつもりで出てきた。


 この世界の貴族や貴族に連なる者たちは、基本的には「戦う者」であり、身の回りのことを全て使用人たちにさせる……ということはほぼない。自分のことは自分で行うのが基本。


 式典の礼服なり、ドレスなりの着付けの際には他者の手を借りるが、通常は簡易な物であっても咎められることもない。

 

 戦場働きが元の貴族社会。

 戦場では自分の身は自分で守る。

 誰も助けてはくれぬ。

 さりとて、力在る者は力無き者を助けよ。


 比較的太平の世となったいまでも、そのような考えが形骸化されず、儀礼のみの発展はそれ程にはない世界。


 王都を中心とした都貴族……特に戦いを離れて久しい古貴族家の間では、徐々に儀礼的な態度に重きを置く風潮となりつつあるが……そんな様を鼻で笑う貴族家も多いという。


 アルは特に辺境の者。

 別に外民の町で宿を取ることも、寮に入れない半年を一人で凌ぐことも殊更に問題視はしていない。

 ただ、勝手が分からずに戸惑うだけならまだ良いが、うっかり犯罪者にでもなったりしないかと……ソッチの方を心配していたりもする。

 アルは、自分が王都では異物であるという自覚は持ち合わせていた。


「(ここまでも何らかのイベントらしきモノに遭遇してきたんだ。適当にふらつくだけでまたベタな展開が待ってるかも知れないし……外民の町の裏通りとか行ってみるか?)」


 あくまでも、アルはゲーム的な世界の流れに乗っているようだが……『そうだ。裏通り。行こう』という、その発想が常人のモノではなく、アタマが危険なヒトっぽいという、客観的な自己評価はない。



 ……

 …………

 ………………



「……なぁ、坊っちゃん。ちょっと金を恵んでくれねぇか? ククク……」

「おいおいジャック。そう威圧してやるなよ? 可哀想に声も出せなくなってるじゃねぇか? ぷぷッ」


 さっそく絡まれるアル。


「(……コレはただのチンピラか? イベント的にはありがちだけど……むしろ冒険者ギルドとかに行った方が良かったか? いや? この世界にはそんなの無かったっけか?)」

「坊っちゃん。ほら、ちょっと金を出すだけで、こんな怖い思いからはすぐに解放されるんだぜぇ?」


 アルは別のことを考えながらも、裏通りにザッと気を向ける。

 目の前のチンピラは二人。しかし、周りにも気配。恐らくはこの二人の後、更にアルにタカるつもりなのか。じっと身を潜めて様子を覗っている。


「おい! 聞いてるのガ……ッ!?」


 ごッと鈍い音がして、男がその場で垂直に崩れ落ちる。拳が顎先を打ち抜いた結果。


「……ぅッ!」


 もう一人が急に倒れた男を気にした瞬間、拳が腹にめり込む。こちらはまともに呻き声も出せずに崩れ落ちた。


 アルは手早く二人の体を調べて、金目の物を抜き取る。靴底に隠していた硬貨もだ。アルの持ち金からすると足しにもならない額だが、それとこれとは別とばかりに容赦はしない。

 もしかするとこの後、様子を覗っていた連中が更に身ぐるみを剥ぐのかも知れないが、もう用はないとばかりにアルは裏通りを後にする。


 何をしに来たのやら。


「(そんなにポンポンとイベントとかち合う筈もないか……それよりも主人公でも探すか? いや、男女ともに主人公は辺境貴族だったか……もう既に学院にいるかも知れないけど……流石に入学前に立ち入るのは無理だろうしな……)」


 アルの記憶にあるゲームの主人公。


 男女から選択するのだが、性別を選ぶだけでなく、共にそれぞれの背景設定や性格も違う。

 男女の主人公同士はお互いに顔見知りであるという設定もあり、選ばなかった性別の主人公も重要キャラとして本編に出てくる。ルートによっては、お互いがメインの恋愛対象にもなるという。

 少なくとも寡黙系主人公の『はい・いいえ』を選択するタイプではなかった。


 アルは既に主人公のデフォルトの名前も覚えていないが、そのビジュアルは流石に判別できる。逆を言えば、見なければ思い出せない。つまり、学院に立ち入ることが出来ない今はどうしようもないということ。


「(はぁ……別にすることも無いし、ちょくちょく裏通りのチンピラ狩りでもするかな……あんまり主人公の正規イベントに絡みそうなのは避けるか)」


 何とも判断基準がブレブレのままだが、一応、アルは『主人公がガッツリ関わりそうな正規ルートのイベントは避ける』という指針でいくようだ。


 そんなこんなで、アルの王都での生活が始まる。



 ……

 …………



 ちなみに、一ヶ月もするころには、裏通りでは『チンピラ狩り』の異名を持つことになり、誰もアルに絡まなくなったという。



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