第6話 お前の名は
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静寂。
アルとコリン以外には、何が起きたのかが分からない。
ぼんッという鈍い音と共に、いきなり馬上の男が頭部を失った。
いまだに馬の背において、残された身体が揺らめいているが……誰がどう見ても絶命している。まるで上級アンデッドである
「……アルバート・ファルコナー男爵子息だ。お前の名は?」
「……う……うぇ?」
アルはお構いなしに下馬して手に縄を持つ一人に名乗り、誰何する。
「……よし、コリン。コイツは名乗っていないな?」
「はい。この男はアル様の名乗りに対して応えていません。未だに名乗りもしていません。王家直轄地において名乗りに応えない者は賊です」
「ッ!? ちょっ!! 俺は……ッ!!」
ばんッと頭部が弾ける。
『銃弾』の角度によるのか、湿った炸裂音と共に男の顔が二つに裂け、中身をぶち撒けながら後方に吹き飛んで倒れた。斃れた。確実に死んだ。
「……アルバート・ファルコナー男爵子息だ。お前の名は?」
「……あ?……」
もう一人の下馬している男にアルは誰何する。
アルとコリンは、首無騎士や頭部がザクロのように裂けて斃れた男を気にもしない。淡々と作業を繰り返すが如く問いかける。その姿が更に異常性を引き立たせる。
「……よし、コリン。コイツは……」
「うわああああッッ!! わ、私の名前はディグと申しますッ!! ディグです! ディグです!! ディグですぅぅッッ!!」
「……ちッ……名乗りやがったか……」
ファルコナー男爵家。
辺境の狂戦士一族。南方五家の一つ。
オーガよりもオーガらしいとは誰の言葉だったか。
アルバート・ファルコナー男爵子息。
通称アル。
正真正銘、ファルコナーの血を引く者。
狂戦士としての方向性は多少違うも、この惨状をみれば、誰もがアルをファルコナーと呼ぶだろう。
……
…………
………………
「それで? ディグと言ったな? 貴方たちは何なんだ?」
もはや誰もアルの言葉に逆らわない。当初は隠れ蓑として利用しようと近付いてきた筈の赤毛の少女たちも、視界の端で震えあがるのみ。彼女は再度思っただろう。『マズい相手だ』と。
「……は、はい! わ、私たちは……ビ、ビーリー子爵家の私兵でございます……」
「ビーリー子爵家? この辺りの貴族家か?」
「い、いいえ! 王家直轄地に隣接するような貴族家ではございません! ビ、ビーリー子爵家はここより東へ、馬で四日ほどの距離にある領地の貴族家でございます!」
アルの単純な疑問ですら、機嫌を損ねたのかと必死になって答える。アルが満足するように。当然だ。すぐそばにまだ「実例」が横たわっているのだから。
「ええと? その……ここからは少し遠方にあるビーリー子爵家の私兵が、王家直轄地まで出向いて子供を攫うのか? それとも、この子供たちは重罪人か何かか? もしそうなら、さきほど僕たちに野盗紛いのことを仕出かしたから、この場で殺して打ち棄てて終わりでどうだ?」
いまのアルには熱がない。『こいつをぶッ殺してやるッ!』というような熱さがまったくない。だが、既にこの場の者は全員が知っている。アルはやる奴だと。平熱のままでヒトを呆気なく殺せる奴だと。
淡々としたアルの発言を聞いて、赤毛の少女は一気に青褪めた。その恐怖はいかほどだったか。
「い、いいえ! 攫うなどと! た、確かに部隊長……あ、あの最初にお声をかけた者ですが……あの者からは誤解を招く発言がありましたが! わ、私どもは決して人攫いなどではございませんッ!」
「ッ! あ! わ、私たちは重罪人なんかじゃありません!! し、信じてください!!」
少女以外の三人の子供たちの内、二人は先ほどの惨劇……その恐怖とショックのあまり失神してしまってる。赤毛の少女も必死にもなる。
わーわーとアルへの言い訳を述べる者たち。なかなか収拾がつかず、その上であまり有用な情報もないという体たらく。
「……だから言っただろ、コリン。とっとと王都へ向かおうと……関わると気になる上に面倒ばかりだ」
「そうは言っても、流石にこのまま知らん顔という訳にもいかないでしょう? 少なくとも、そのビーリー子爵家に申し開きはするべきでは? 学院はまだ余裕もありますし……」
結局のところ、ビーリー子爵家の私兵たちも、詳細は知らされぬままに子供たちをただ追っていただけとのこと。
子供たちは子供たちで、私兵たちのいる前では話をしたくないの一点張り。それだけは譲れないと、震える声と体で赤毛の少女はアルに立ち向かった。
そんな少女の覚悟に対して、アルとしては別に話たくなければ話すなというだけだったりする。勿体ぶって小出しに情報を出されるよりは、黙秘する方が潔いとも考えていた。
「まぁとにかく貴方たちは一旦帰れ。僕たちは近辺の村に逗留することにするから、ビーリー子爵家からの指示があるなら待つよ。ただし、十五日を過ぎれば王都へ向けて発つ。それで良いか?」
「は、はいぃぃッ! そ、それでよろしいでございまするぅぅッ!」
もはや言葉遣いもおかしくなっている。
ビーリー子爵家私兵。残された三名の彼らは二つの遺体をもって、一旦ビーリー子爵家へ戻ることになるが……『戻ってきたくはない!』と切実に願いながら帰路に着いたという。
……
…………
「それで? 改めて聞こうじゃないか。 他者に聞かれたくないなら、村へ行く前に話してくれ。ああ、そうそう。別に話したくないならそれでも構わないから。僕は知らない。ここでお別れするだけだ」
「……ひッ!?」
「大丈夫だから。アル様の言った『お別れ』は、別に殺すとかの意味じゃないから……」
赤毛の少女の中では、「殺し屋のアル」という認識になってしまっている。言葉の一つ一つにそういう意味や意図を汲み取ってしまう。
「……あ、あの……わ、私は……フラムで……す。じ、実はビーリー子爵家に幽閉されていました。こ、この三人も、同じく幽閉されていたのですが……半月ほど前に、みんなで逃げてきました」
赤毛の少女フラムは語る。
幼いころ、ごく普通の平民だったフラムの家にいきなり兵士が押し入り、彼女の父と母、祖父母、兄が殺され、フラム自身は攫われて幽閉される。
痛めつけられることはなく、食事についても、彼女が普段食べていたよりも数段良い物が出されていたという。
一体何が起きているのかはまったく分からないまま日々が過ぎるが、見張りの兵士たち、部屋の掃除をしてくれたり食事を運んでくるメイドたち、そして時折訪れる魔道士と思しき者たち……彼ら彼女らの話を総合すると、フラムは系譜としては途絶えてしまった、とある貴族家の血を引く者であり、その血統を利用した魔法の構築をしているとのこと。つまり、その幽閉された部屋自体が魔法陣となっており、緩い生贄のような形で、日々フラムのマナを吸収しているという仕組み。
血統が必要なのであれば、何故家族を殺したのか?
アルやコリン、フラムが知り得ることではないが、魔法陣を構築した者たちは、感情の昂ぶりによってマナも昂ぶるということを実践しただけ。つまり、ただフラムの感情を揺さぶるためだけに家族を殺した。目の前で。外道。
現在フラムが連れている三人の子共たち。彼らもまたフラムの感情を揺さぶるための“アイテム”。
孤独な生活を続けるフラムに友人を作り、関係が深まったところで、彼女の目の前で殺す。それだけのために用意された子供たち。
そもそも、フラムが脱出できたのは仲良くなったメイドたちのお陰。彼女は単純にそう思っているが、実際は違う。
メイドたちもフラムの感情を揺さぶるアイテムに過ぎなかった。あと少しで脱出できる! そんな時に、信頼していたメイドたちに裏切られる。そんな揺さぶり。その後、絶望を感じながらフラムは魔法陣へ連れ戻される予定だった。
しかし、計画は狂う。メイドや兵士たちの中の数人が、本当にフラムたちを逃がすために死力を尽くしてくれた。何が協力者たちの心と命を動かしたのかは分からない。だが、まさに協力者数名の命を引き換えにして、いま、外にいる。既に協力者たちがこの世にいないことをフラムたちは知らない。
ビーリー子爵家では、魔法陣の要であったフラムが外へ出てしまったため、これまで時間をかけて積み上げてきた魔法の構成が、どんどん失われている状態であり、一刻も早く彼女を連れ戻そうとしている。
そういう事情。状況。
「ふ~ん。だから逃げていると?」
「え? えぇ、そ、そうです……」
「フラムと言ったっけ? 君はある程度は魔法が使えるでしょ? 戦う力はない?」
アルは問う。口調はこれまでと同じだが、その瞳に宿る真剣さが違う。流石にフラムもそれに気付いている。
「……わ、私には、ありません。魔法はほとんど使えず、ただマナの流れが多少視えるだけです……で、でもッ! た、戦う力があるなら……ッ! ……逃げてなど……いません……ッ!」
フラムも決して逃げたいわけではない。力があるなら……家族を殺したアイツ等を殺したい。復讐したいという思いもある。だが、現実にそんな力はない。
魔法については、幽閉中に魔法陣構築の効率化という名目で多少の手ほどきは受けたが……家族の仇である連中。そいつらの都合で好きに利用されるなんて……そんな思いが消えたことはなかった。
そんな想いが鈍い光となって瞳に宿る。
「……コリン。どうだろう?」
「そうですね……ビーリー子爵家がそのような魔法研究を行っているのが事実であっても……どうにもならない気もします。貴族家の行うことですし……」
フラムの話が本当であれば、まさか個人の魔道士が勝手にやっている筈もない。ビーリー子爵家が承知の上で行われている。つまり、貴族家を敵に回すということ。
流石に個人でどうにかなる問題ではない。
「……ふう。フラム。他の子たちも。君達はこれからどうする? 生きる場所がないならファルコナー領に行けばいい。コリン、それぐらいは良いだろ?」
「はは。もちろん大丈夫です。アル様の口添えがあれば、ファルコナー領の誰も反対などしませんよ」
アルとコリンは視線をフラムに向ける。
「……は? ……え? ……も、もう、私たちには行くところがありません。か、帰る場所はありましたが……もし、その、ファルコナー領で生きられるなら……お、お願いしたいと……思います……」
「(帰る場所……か。まぁ胸糞悪い話だね。……家族を惨殺されて攫われただのなんだのっていうエピソードはゲームにもあった。少し覚えている気がする。フラムとかビーリー子爵家とか、名前はあやふやだけど……確か、魔族の魔法を研究している男の話だ。ゲームの設定通りなら、フラムの先祖は魔族とヒト族の混血のはず。先祖返り的に力を発現した者を攫ってきて実験体にしたとかなんとか……そんな感じだった。
結局このエピソードはどうなるんだったか……? 少なくとも実験体は主人公たちが乗り込んだ時には死んでいた筈。魔法の研究を不完全ながらも形にした男が、後天的に魔族となって襲い掛かって来るとかなんとか……まぁ後は普通の戦闘になって終わりだったかな? フラムがその実験体だったなら、やはりゲームの時代と被っているのか……?)」
一人黙考するアル。
不安になったフラムをコリンが取りなしている。『アル様のあれは発作みたいなモノだ。気にするな』と。
……
…………
「……じゃあコリン。図らずもここでお別れだな。後は僕一人で行くよ。フラムたちを連れてファルコナーへ帰ってくれ」
「承知いたしました。アル様、どうかお元気で。フラムたちは俺が責任をもってファルコナー領へ連れて行きます。……ビーリー子爵家の私兵の後始末もお任せしても?」
薄く昏い灯がアルとコリンの間に揺蕩う。
「当然だ。ただ、あくまで僕には、フラムとビーリー子爵家のどちらに正義があるかは判別がつかない。全て伝聞に過ぎないからな」
「ッ! ……そ、そんなッ!? わ、私は嘘などついていませんッ!?」
アルはハイライトの消えた昏い瞳を向ける。
思わずうッと言葉を飲み込むフラム。
「フラム。そんなことはどうでも良いんだ。さっき言っただろ? 『戦う力があれば逃げていない』と。あの言葉だけだ。僕が尊重するのは。ファルコナー家の者は戦う力を求める者を尊ぶ。弱さから逃げない者を尊ぶ。一応、僕もファルコナー家に連なる者だからね。
フラム。ただ逃げるだけじゃない。ただ生きるだけじゃない。力をつけろ。いつの日か、逃げずにビーリー子爵家と戦え。……コリン、彼女たちに流儀を教えておけよ?」
「承知いたしました。……やはりアル様はファルコナー家の者です」
嫌だ嫌だと言いながらも、アルはファルコナー家を体現する者。
そもそも、アル以外の者は誰も疑ってはいない。
「……あ、ありがとうございます……わ、私は、戦います……」
「はは。まぁ精々頑張ってくれ。ファルコナー領の生活は過酷だからさ」
あっさりとした別れ。アルは行く。一人で。
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……
…………
………………
その数日後、ビーリー子爵家の私兵が、領地への帰路で何者かに襲撃されて命を落としたという。
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