第136話 ……寝れない

「……寝れない」


 自室のベッドの上。僕は、ごろんと大きく寝返りを打ちました。疲れは溜まっているはずなのに、全く寝付くことができません。きっと、頭の中でごちゃごちゃと考え事をしているせいでしょう。何しろ、今日は、僕が生きてきた中で最も濃い一日だったのですから。


「『戦花の魔女』……か」


 そんな僕の呟きは、しんと静まり返った自室に溶けてなくなりました。


 自分の正体を隠しながら、僕と一緒に生活をする。苦しくはなかったのでしょうか。辛くはなかったのでしょうか。一人の方がいいと、思ったことはなかったのでしょうか。


「……って、やめやめ。早く寝ないと」


 僕は、小さく頭を振って、再度寝返りを打ちました。


 その時。


 ガチャリ。


 自室の扉が開く音。顔を向けると、扉の先にいたのは、真っ黒なパジャマに身を包んだ師匠。


「師匠?」


「あ、ごめん。起こしちゃったかな?」


「いえ。まだ寝てなかったので大丈夫ですよ。それより、どうかしましたか?」


 師匠がこんな時間に僕を訪ねてくるなんて、珍しいこともあるものです。といいますか、今日は珍しいことだらけですね。これくらいでは、もう驚いたりはしませんよ。


「えっと……その……」


 モジモジと恥ずかしそうに体を動かす師匠。言いたいことがあるのに、なかなか言葉が出てこない。そんな様子です。一体何を……。


「で、弟子君!」


 意を決したように発せられる師匠の言葉。「は、はい」という僕の情けない返事。つい先ほどまで静まり返っていた部屋の中に、不思議な緊張感が満ちていきます。


「い……い……」


 次の瞬間、僕は悟りました。今日という日は、まだ終わっていないのだと。珍しいことは、まだまだ続くのだと。


「一緒に…………寝たい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る