第110話 シチュー作ろう!

「……はあ」


 そんな私の溜息は、広い室内に静かに溶けていった。返答はない。まあ、当たり前だ。私以外、ここには誰も住んでいないのだから。


 つい最近、二十歳を超えた私。大人と言っても誰も疑わない。収入は安定し、貯蓄もできた。魔法で家を大きく造り直し、家具もある程度買いそろえた。順風満帆。そう。順風満帆……のはずなのだ。


 でもどうしてだろうか。心の中に、モヤモヤとしたものがうごめいているのは。


「よし!」


 私は、とある決心をして家を飛び出す。ほうきを走らせ、町の大通りへ。お昼前ということもあって、かなりの人出。人と人の間をすり抜けながら目的の商店へ行き、食材を購入する。タマネギ、ニンジン、ジャガイモ。ほとんどの場合、パンと飲み物しか買わない私。ちゃんとした食材を買うなんて、いつ以来のことだろうか。


 家に帰り、さっそく食材をテーブルに広げる。そして、心の中のモヤモヤを吹き飛ばすように、明るい声でこう言った。


「シチュー作ろう!」


 数分後……。


「おかしい」


 鍋の中には、謎の物体。色は紫。妙なにおいもする。明らかにシチューではなかった。試しに、スプーンでそれをすくい、口の中へ。


「……………………は!」


 危ない。一瞬、意識が飛びかけた。


 思わず、鍋から距離をとる私。暗黒のオーラを放つ鍋。


「……はあ」


 私は、再び溜息を吐く。脳裏によぎるのは、孤児院での記憶。シチューをもっと食べたいと訴えた私。貧乏だからと断られる私。お金を稼ぐため、早く大人になろうと決心した私。


「あ」


 不意に気が付く。私の中にうごめくモヤモヤ。その正体に。


 そっか。


 私、まだ分かってないんだ。


 自分が大人になれたのかどうかを。

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